第3話「いせかい」

「じゅんちゃーんっ、聞いてよー。コアがさー僕もご主人って呼べってうるさいんだよー。僕とじゅんちゃんの仲ならご主人とか堅苦しい呼び方、合わないよねーっ」


 あぁ……チュータロー……笑顔が眩しい……。


 3人と1匹になったミナセ達は匂いはしないものの、この様子だと他の2匹(人)もきっといるだろうと思い探す事になった。その間チュータローはミナセの呼び方についてコアと言い合いをしていた。

 チュータローのさらさらのシルバーの髪が光に反射し、その大きな動きに合わせてキラキラと輝いていた。クータローも同じシルバーの髪色で、唯一違うといえば髪の長さと一房だけ黒色の髪の位置だけだろうか。

 チュータローは右側に、クータローは左側に。目の色も同じ深い緑眼で、一方は表情に合わせ忙しく動き一方は不動だ。そのお陰で双子というよりは兄弟を思わせる雰囲気にミナセはやっぱり2人は我が愛猫なのだと思ったのだった。


「チュータロー! あなたって子は何でいっつもそうなのっ。ご主人が寝てる時も暇だって言って無理矢理、起こそうとして……。いつも私達が止めてるのにまったく言う事きかないんだから。もう少し敬意ってものを知りなさい!」


「コア、こあーい」


「……チュータロ……。すべってる……」


 身長も年齢もチュータローの方がクータローよりも上なのに、その笑みを絶やさない表情がクータローよりも歳下に思わせた。


 なるほど。夜中にいつも行われていた大運動会にはこんな裏があったのか……。確かにいつも先頭はチュータローでそれを皆が追いかけてたなぁ。家に帰れたらおもちゃ追加してあげようかな。


 ミナセ家にはそれなりに猫のおもちゃがあったのだが、それでも足りなかったのかと思い、次は何を買ってあげようか悩みながら不満顔のコアに声をかけた。


「コア、気にしなくていいよ。皆家族なんだしご主人じゃなくて名前で呼んでいいんだよ?」


「――っ。そんな……っ。礼儀知らずな事できませんっ!」


 ミナセの言葉に一瞬、嬉しそうに目を輝かせるがすぐさま正面を向いてしまった為、その輝きがどうなったのかは確認できなかった。

 だが、コアの白い頬は先程よりも朱に染められており、不快な思いをしている訳ではないのだと少し微笑ましい気分になった。


 おぉ……美女の赤ら顔……。ご馳走様ですっ。しっかし、コアはキリっとした顔のまさに“美女”だなぁ。歳はちょっと下ぐらいかな? こんな子がうちで一緒に暮らしてたなんて……。俺、幸せ者かも。

 チュータローは明るいし元気だし、顔も女の子か!? ってくらいの美少年だしこんな見た目で高校生活送れたら、俺ももう少し違った人生があったんだろうなぁ…。

 クータローは……無口ね……。でもこの不機嫌そうな顔つきとかやっぱりクータローなんだな。やっぱり美少年だし……。もしかして家の中で俺だけ顔面レベル低かったのか!?


「しかし、チュータローもクータローも本当の兄弟みたいに似てるな。こんな美少年中高生兄弟が近所に住んでたら、腐女子が歓喜して失神するレベルだぞ」


「ふじょしー?? よくわかんないけど、じゅんちゃんが一番カッコイイよー!」


「……ご主人、カッコイイ……」


「お、お前達っ……! 俺は幸せものだぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 またしても屈託のない褒め言葉にミナセは本日、2度目の汗を目から流していた。




「しっかしどこまでいっても木ばっかりだなぁ……」


 チュータロー達と合流してから体感的に1時間ほど歩いたけど、まっっったく景色が変わらん! もしかして森の檻にでも閉じ込められてるんじゃかなろうか……。喉も乾いてきたしここがどこなのかも知りたいし……はぁ……。


 森や山に詳しい人ならば変化に気づけたかもしれないが、ミナセは完全無欠のインドアっ子である。たしかに自分の記憶になかった様な植物が生い茂ってはいるのだが、そんなもの川の石と山の石見分けが付きますか? と言われている様なものだった。

 多少知識があれば角張り方の違いに気づけるだろうが、何も知らなければ両方共ただの石だ。それと同じでミナセもこの森の植物が現実世界の植物にはなかったものだと気づく訳がなかった。

 そんな主人の思いを知ってか知らずか、ちょうどいいタイミングでコアが声をかけてきた。


「ご主人もしかしたらなのですが、ここはいつも生活していた所とは違う世界なのかもしれません」


「え、何で? いや俺もついに異世界デビュー? とか思ったけど今のところ木しかないし、何か変わったところでもあった?」


「何と言えばいいんでしょうか……。木々や風、光から感じた事のないエネルギーの様なものを感じまして……。特に雫や水たまりから強く感じて、すごく元気になると言うか……この姿に変わったから感じる違いなのかもしれませんが、それにしては体の内側からそのエネルギーを欲している様な感じが……」


 顎に手を当てながら思案顔のコアは所々にある水たまりを見ながらそんな事を言った。本人もまだ確証がないのだろう。コアにしては珍しく歯切れの悪い発言だった。


「あっ。僕もそれ思ったー。でも僕は太陽見てるとすっごい元気になるよー! あとねー、何か嗅いだことのない匂いがいっぱいしてー、違うって思ったー」


「……本能がここは違う世界って言ってる……」


「そーそー! 野生の勘的なやつー」


 コアの発言に続き、残りの2人もそれに同意する様に声をあげた。


 野生ってお前ら飼い猫だろうよ。でも、嗅覚もそうだったけど、どうやら猫だった時の感覚や性能は変わってないみたいだし、本当に異世界ってやつに来ちゃったのかもなぁ……。人間と猫が逆転してる時点で普通の世界ではないだろうし、やだなぁ。変な事にならないといいけど……。ってこれじゃフラグ、ゲットだぜ! って言ってるようなもんか。はは……。


 ミナセには分からない感覚に頭を悩ませながら、ラノベならそろそろイベント発生かもと思っていると、その考えを読んでいたかの如く森に声が響き渡った。


「きゃああああああああああ!!!!!!!」


 まじかよっ。フラグ回収屋さん仕事早過ぎっ。


「ご主人、今の声は……」


「まさか……。残りの2人のどっちかに何かあったのか!?」


「いえ、どちらの匂いでもないようなのですが人の匂いの他に嗅いだことのない獣臭がします。多分ですが叫んだ人間に危険が及んでいるかと。どうしますか?」


 正直、残りの2人と合流したい、危険な事はしたくない、喧嘩恐い! 家に帰りたい!! ……ああああ、もうっ……。こいつらの前でかっこ悪ことしたくないし、それにここで見捨てたら寝覚めが悪いじゃないか。


「とりあえず様子を見に行こう! コア、場所はわかる?」


 ここで普通なら助けに行こうとなるのだが、暴力と無縁の生活をしていたミナセにはそれが言い出せなかった。とりあえず見てから決めようと思ったとしても、それは平和に暮らしてきた人間なら当たり前の事だっただろう。

 しかも今はなぜか猫の姿。人の姿だった時より弱気は倍増だ。だが、それを聞いたコアは消極的な主人に対し目を潤ませた。


「はいっ。……さすがご主人、ご主人の勇猛な姿に私は涙が出そうです。さぁ、こっちです行きましょう!」


 え、俺様子見ようって言ったよね? これもしかして戦う流れになってるの? あ、満面の笑みを向けないで。3秒前の俺を殴りたい……。でも俺、喧嘩なんかした事ないし獣臭って狼とか虎とかじゃないよね? 異世界転移なら俺つえーがお約束だし大丈夫だよね? ダメなら……必殺猫パンチでいくしか……いや、無理だろ。


 情けなくても無理だったら脱兎のごとく逃げようと決意を固めていると、コアから嬉しくない報告が聞こえた。


「ご主人、いました! あそこですっ」


 草や木をかき分けて覗くと少し開けた空間に、幼女とそれを取り囲むように鼠が3匹いた。


 何だよ鼠かぁ…………熊サイズの…………。


 えええええええ! 聞いてないよ、鼠だってあんなに大きくなったらただの熊だよ!? 必殺猫パンチ繰り出したって髭ブラッシングして終わりだよ! うわっ、顔恐っ! 何あれ、様子を見に行こうと言った3分前の俺っ、カムバック! 訂正を要求しますっ。


 無理だったら逃げるしかないと思っていたミナセだったが、鼠に囲まれているのが幼い少女だった為、辛うじて残っていたプライドがその場に留まるという決断を下した。

 だが、残ったはいいが熊サイズの鼠にどうやって立ち向かえばいいのかまったく考えつかなかった。そんなミナセの頭の上からひょいっと顔を出したチュータローはまるで喉を鳴らしたかの様に嬉しそうな顔をした。


「あー、鼠ちゃんじゃーん。やったー! ご主人、あれで遊んでくるねー」


「…………ハッ。ダメだチュータロー、あれは鼠じゃなく熊に違いない……」


 ミナセの制止も聞かずチュータローは軽く屈伸をするとミナセを飛び越え鼠に向かっていったのだった。しかもそれに続くようにクータローもコアも茂みから飛び出していった。


「……僕も……」


「あっ、待ちなさい! 抜け駆けはダメですよ!!」


 やっぱり元猫なんだな……と思わせる言動と身軽さを発揮し、ウキウキワクワクしながら3人が鼠の怪物に飛びかかった。


 どんなに身軽な雰囲気でも武器も持たない人の体では勝てる気がしない。1匹ならまだしも鼠は3匹いるのだ。鼠と言うだけでサイズは熊級だ。いくら猫でもあんなサイズの獣に勝てるわけがない。一体どこから遊んでくるという余裕が出てくるのかミナセには理解できなかった。

 もう鼠の鼻先にまで迫った猫達が無残にも引き裂かれる、そんな悪夢を想像して今まで動かなかった足が猫達に向かって走り出した。


 ダメだっ、絶対殺される! 猫が熊(サイズの鼠)になんて……。


 目の前で今にも壊されそうな宝を何とか止めようと必死に手を伸ばし、それでもまだ遠い事にミナセは絶望を覚えていたのだが……


 --ボコッ!!!! ヂュウ!!!!

 --バキッ!!!! ヂュウウウウウ!!!!!


 ……勝てるわけ……。


 --ザシュ!!!!! ヂュ、ヂュウウ!

 --グシャ!!!!! ……ヂュウ……

 --ビチャ……


 ……あ、ちょっとグロい音が……。


 …………ヂュウ…………


 最後にか細い声を残して鼠の怪物が倒れた。そこそこ鼠の方も動きが早かった気がしたが、それよりも3人の動きが早すぎて、本当にただじゃれてる様にしか見えなかった。

 ミナセが抱いていた不安はまったくの杞憂に終わってしまった。猫の身体能力がそのまま人に移されれば、今見た光景の様になるのだろうがそれでもいつもミナセの横で丸くなって寝ている猫達が、こんなに頼もしくなっているとは驚く事しかできなかった。


 返り血も浴びず狩猟本能を満たされた3人は満足気な表情を浮かべていた。そんな中明らかに絶命してると分かるのにチュータローは、楽しそうにまだ蹴ったり殴ったりしていた。


「……あ! チュータロー、もう動いてないんだからいたぶるのはやめてあげて。それよりもそこの女の子が無事か確かめよう」


「えー」


「……チュータロ、もうやめよう……」


 まだ遊び足りなかったのかチュータローは不満げな声をあげたが、ミナセとクータローが止めると渋々、手を止めた。

 どう見ても幼女に危害を加えられた気配はないのだが、さすがに倍以上もある禍々しい鼠に囲まれていただけでも、その恐怖は明らかだった。幼女はまだ青い顔をしガタガタと震えながら泣きじゃくっていた。


 無理もないか……あんなに大きな怪物に襲われそうになってたんだ……。子供じゃなくても泣いてるよ。俺ならプラスで失神もしてただろうけどね!


 小さな体には想像もできない胆力を賞賛し、できるだけ優しく穏やかな声で幼女に話しかけた。


「キミ大丈夫? 襲ってきた怪物はあそこにいるお兄さんとお姉さんがやっつけてくれたよ。もう恐い事はないよ? 泣かないで」


 ようやく自分が助かった事に気づいたのか、さらに瞳を濡らし大粒の涙を流しながらミナセに抱きついた。


「うっ……ぐす……ひっく……ひっく……怖かったよぉ……ひっく……」


「よしよし、がんばったね。偉いよ、キミは強い子だね」


 ミナセの純白の毛皮が幼女の涙で濡れていくが、そんな事は気にも止めす少しづつ落ち着きを取り戻してきた幼女の頭をよしよしした。


「ひっく……うん……あたちちゅよい子……ぐす……あれ?」


 ミナセの強い子という言葉と頭にあたたかな感触を感じた幼女はまだ涙がこぼれていたが、それよりも気になる事ができた様でその瞳を真っ直ぐミナセに向けた。


「ん? どうしたんだい?」


 その真っ直ぐに向けられた瞳には先程まであった恐怖の色はなくなり、そのかわり好奇心の色が強くなったようだった。その変化にミナセは胸を撫で下ろすと、何か言おうと口を開いた幼女の言葉を待った。


「あー!!! ねこちゃんだー! ねこちゃんがしゃべってるー、すごーい、かわいいーっ。ふかふかーっ」


 泣き止んだと思ったらいきなり、さらに強く抱きつきミナセの体をモフり始めた。サイズ的にはさほど変わりがない1人と1匹は、傍から見ると某テーマパークを彷彿とさせる様なドリーミーな感じになっていた。


「えっ、あっ、ちょっとくすぐったい……。きゃ! くすぐったい、あっ、ダメ……」


 遠慮のないモフり攻撃にミナセは思わず恥ずかしい声を上げてしまった。恥ずかしいとは思いつつもわざとかと思えるぐらい幼女は的確にミナセのくすぐりポイントをモフってきたのだ。


「……じゅんちゃん、乙女みたいだよ……」


 ……ぐふっ


 まさかチュータローにつっこまれるとこんなにダメージが大きいとは……無念。じゃなくて幼女さん落ち着いて!!


 静かなクータローのツッコミに大きなダメージを負いつつ、未だモフり続ける幼女を引き剥がし急いで質問をした。


「キ、キミ! パパかママは近くにいるのかな? とりあえずいったん離れて落ち着いてっ」


「キミじゃないもーんリリィだもん。パパもママもおうちにいるよ。あたちねパパとママにきいちごぷれじぇんとしようと思って、採りにきたの。ほらっ、こんなにいっぱい採れたんだよ! ちゅごいー?」


 そう言うとリリィと名乗る幼女は小さな手いっぱいに真っ赤な木苺を見せてくれた。よく見ると手には所々、傷や泥がついていてリリィがどれだけがんばって集めたかがよく分かった。誇らしげに胸をはるとどうしてこんな状況になってしまったのか、拙い言葉で説明をしてくれた。

 どうやら木苺集めに夢中になっていたら知らない間に森の奥深くまで来てしまい、そこでさっきの鼠の怪物に襲われたらしい。森の奥には絶対に近づいてはいけないと両親に言われていた様で、説明しながらリリィはどんどん顔を曇らせ悲しげな表情を浮かべた。

 このままいくとまた泣いてしまうと思い、慌てて何か言おうとしたがそれはコアの優しげな声によって阻まれた。


「ほんとだぁ。リリィちゃんがんばったね。えらいえらい! じゃあ早くパパとママにプレゼントしないとね」


「うん!! たちゅけてくれたお礼にお姉ちゃんたちにもきいちごあげるねっ。ママのちゅくったきいちごのジャムおいちーんだよ」


「わぁ、楽しみ! じゃあ早く帰ってママに作ってもらわないとね」


 コアのその言葉にリリィは顔を輝かせるとまた自慢気に胸をはった。子供特有のコロコロ変わる表情に目を回しながら、上手くなだめたコアを見た。慈愛に満ちた表情はその白い姿と相成って聖母の様に見えた。


 おお、さすがコアさん手慣れてらっしゃる。伊達にチュータローやクータローの面倒を見てたわけではないんですね。


 迷子になって帰り道が分からなかったとリリィは言ったのだが、コアがまだ匂いが残ってるんで辿っていけば帰れます。とまたまた頼もしい発言をしたのでミナセは一安心した。


 リリィはバッグに木苺を詰めるとミナセの猫手とコアの手をとって、おうちがあるという村まで歩きだした。その後ろではチュータローが「今日のごっはんーっ」と嬉しそうに歌いながら、鼠の怪物を引きずっていた。


 え、チュータローさん……それ食べるの……?


 隣と後ろのウキウキと反比例してミナセは心に不安が広がった。

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