第2話「なかま」

「ええええええぇぇぇぇぇ!?!?」


 自分の意志と同じ動きをするピンクの肉球愛らしい猫の様な手は、どうやら俺の手で合っているらしい。


 知らない場所にいるのはまだ許容範囲だったが、手が猫の手になっているのは許容範囲外だ! 自称、愛猫家を名乗っていたってこれは嬉しくないぞ!


 思わず頭を抱え新たな謎が増えた事を嘆いていると、その肉球から感じる感触にまさか! と思った。手が変わっていた時点で薄々は分かっていたが見てない以上、認めたくなかったのだろう。ノロノロと近くにある水たまりに歩いていった。


 見たくはない。見なければその現実を受け入れなくてすむ。遅かれ早かれだけどいきなり襲ってきた現実離れした出来事に、これ以上は無理だと思ってしまった。だが、その気持とは正反対に足は水たまりに向かってしまう。

 近寄った事により水たまりは波紋を広げているが、ミナセが確認したい事に何ら支障はないだろう。


 水たまりに到着しそっと覗き込んだ。いつもいい人と言われたその顔が映ると最後まで信じて……


 映っていたのはオッドアイの真っ白な猫だった。


「あぁ……○イルーみたいだな……」


 普段の生活の中で見たのなら、なんてキレイな猫だと思っただろう。手と同じく純白に輝く美しい毛並み、ピンと真っ直ぐに伸びた立派な髭、右は青く左は黄色。まるでサファイアとシトリンを埋め込んだ様な綺麗な瞳。猫好きじゃなくても美しいと思う姿だった。

 だがミナセは自分の顔を見ようとして、猫の顔が写ったのだ。混乱した頭なら某狩りゲームに出てくる猫の名前を言ってしまっても仕様がないだろう。


 …………………………プチン


「なんなんだよぉぉぉぉ!!!! 起きたらいきなり屋久島よろしくの森の中だし!! 体は○イルーさんこんにちは。になってるし!! 夢か、夢なのか!! 違うよな、痛いもん違うよな!! なんだあれか! 最近、流行り(?)の異世界ファンタジーか!? んな、ラノベじゃあるまいしあるわけないじゃん! ……もぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 誰か教えてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


 怒涛の非現実的な出来事にキレた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 怒鳴るだけ怒鳴ったら少し冷静になったらしく、まじまじと自分の体を見てみた。まぁ、単に怒りなれていないのでこれ以上はどうしていいか分からなかった、が正しいのかもしれないが。

 何度見ても猫の体には違いないのだが、多少落ち着いた頭は新たに発見した点に思考が走り始めていた。


 猫……にしては体が大きいよな? 比較対象がないけど感覚的に大きい気がする。それとも周りの植物が単に小さいだけか? それに何かかぼちゃパンツ履いてるし。


 ご丁寧に尻尾の部分に穴が空いた、黒色のかぼちゃパンツを履いていた。猫用おむつにしてはふんわりと作られたパンツを猫手で触りながら、他に異変はないか確認してみた。

 やっぱり猫の体なのか体の硬かったミナセにしてはありえない柔軟さを発揮し、背中まで隅々確認する事ができた。


 ぬいぐるみだったら女子が飛びつきそうな見た目だな。しかも違和感なかったけど二本足で立ってるし、普通の猫になったわけではないのか?


 近くの棒を猫手で拾ってみたが、持ちにくいという事もなく、グッと手を丸め器用に棒を持っているのだ。人間の体の頃との違和感はまったく感じず、まるで生まれた時からこの体だったかのごとくスムーズに動かす事ができた。

 猫手をグッパしながら「癒されるなぁ」と現実逃避をしていると、遠くから声が聞こえた様に感じた。


「……じ……ん……!」


 ん? なんか声がした様な気がする? 気のせいか?


「ご……じーん……!!」


 やっぱり声がする! 人がいるのか?


 謎の世界に1人ぼっちでいたミナセは、自分の他にも人がいる気配に喜んだ。もう少し冷静な判断ができたのならば、猫の姿のままその声に向かって行くのは危険かもしれないと考える事ができたのだが、とにかく謎の森に1人でいる孤独感に早々に耐えれなかった。


「おーい、誰かいるのかー? 助けてくれー!!」


 すると森の奥から20代半ばぐらいのロングの白髪を後ろで一本の三つ編みにした女性が現れた。芸能人だってこんなに綺麗な人はいないだろうと思えるぐらい、その女性は美しかった。その美しさはまるで一流の芸術家が一生をかけて作った芸術品を思わせ、触れる事さえ躊躇ってしまう様な女性はビキニにロングの腰巻きを巻いただけの姿だった。

 どんなに女性に困らない色男でも思わず息を飲む様な美しい女性が、理性を崩壊させる様な危うい姿で登場したのだ。経験乏しいミナセでは上手く言葉が出なかったとしても仕様がないだろう。むしろ先に声をかけた事を褒め称えたいぐらいだ。


「……うあ、あの……よかった! こんな姿だが元は人間なんだっ。ここがどこだか……」


「ご主人!! 無事でよかった! 会いたかったです!」


 ミナセが全てを言い切る前にその三つ編み美人さんは猫姿のミナセを見てご主人と言った。


「えっと……ご主人と言うのは……? どなたかと間違っていませんか? 俺、なぜか猫だし……」


「何を言ってるんですかっ。私ですよ、コアですよ! 前のご主人が私を飼えなくなった時、助けられたコアですよ!」



 ………………………………。


「ひどいっ……。私の事忘れてしまったんですか!? 一緒になる時、幸せにしてやるよ。とか言ったくせに忘れるなんて……」


 そう言いながらヨヨヨとしなだれる女性を見て、大きく鐘を打つ胸を抑えながら今、言われた言葉がゆっくりとミナセの頭の中に入っていった。


「待て待てぇい! 勘違いされるような発言は謹んでねっ」


 まるで嫁を捨てたクズ旦那に対して言う言葉っ。まさか俺が言われる日が来るなんて……。

 違う違う! 落ち着け! 確かに俺はコアと言う美人な猫を飼っている。だが、猫だ。真っ白な長毛が気品があってキレイで、宝石みたいなブルーの目が印象的な猫だ。決して目の前にいるような美人さんでは……。

 そう、コアが白髪の柔らかそうなロングの髪で碧眼の美人さんなんて……。


「あれ……? コア……??」


 自分の記憶にあるコアと目の前の美人さんとの共通点が多々ある事を確認すると、いつも家で声をかける時の様な声で名前を呼んでしまった。

 自分の姿が猫になっているという事体でなければ、馬鹿馬鹿しいと思いそんな事はしなかっただろう。それでも信じきれなかったミナセは、名前を呼んでしまった後に、何となく恥ずかしい気持ちになっていた。だが、目の前のコアそっくりの美人さんは空気に色がついたかの様に満面の笑みでミナセを見つめていた。


「そうですよ! よかったぁ、忘れられたのかと思って泣いちゃうかと思いました!」


「え、でも人間になってません??」


「なんでですかねぇ? ベッドでご主人に抱きすくめられた所までは覚えているんですけど、起きたら知らない場所にいるし、人間になってるしで驚きました。でもほのかにご主人の匂いがしたんでとにかく無事かどうか確かめたくて……。でも無事でよかったです……」


 他人が聞いたら誤解されそうな言葉を放ってコア(美女ver.)は目元を拭った。


「とにかく! 私の体に他の子達の匂いも微かにあったんで、どこかにいるはずです。皆、ご主人を探していると思うので早く合流しましょう!」


「え、あ、はい」


 慣れない美女と受け入れがたい現実に完全に思考停止したミナセは言われるがままにコアの後ろについていった。


 やだコアさんったら頼もしい……。てか他の猫達もいるなら早めに探さないと不安だな。俺、猫だしコア、美女だしツッコミ所満載だけど……。分からない時は頼りになりそうな人に付いて行こう。イエス、俺日本人!


 1人でうんうんと頷くミナセを不思議そうに見つめながら、コアは匂いがするという方角へ歩いて行った。


「? 多分、チュータローとクータローの匂いは強く感じたんで近くにいると思います」


「そっか……。じゃあ急いで探さないとな! ……ところでコアさんや。俺こんな見た目になってるのによく分かったね?」


「? だってご主人の匂いがしましたしこんなカッコイイ猫、ご主人以外にありえませんもん」


「――っ。…………コア、やっぱりお前は間違いなくコアだ……」


 30年生きてきてお世辞でもなく、こんなに真っ直ぐに俺をカッコイイと言ってくれる女性めすは今までいなかった。しかも自分の飼い猫とはいえ、今目の前にいるのは人生で一度もお目にかかった事のない美人だ。


 俺……俺……猫と暮らしててよかったあああああああああ!!!!!! おっといけない。目に汗をかいてしまったぜ……フッ。


 ミナセが1人でこれがリア充ってやつか! と間違った方向に思考を傾けていると、先に歩きながら匂いを辿っていたコアが嬉しい報告をした。


「クンクン……。あっ、ご主人2人の匂いが強くなってきました」


 スッと筋の通った鼻をかわいくひくつかせ、匂いが強くなったという方向に顔を向けていた。


「本当か!? チュータロー! クータロー!! どこにいるんだー!!」


 --カサカサ


 --ガサガサガサガサガサッ


 少し離れた茂みが僅かに揺れたと思うと、それはすごい勢いでミナセ達に迫ってきた。


「じゅんちゃぁぁぁぁん!!!!!!」


「……ご主人……」


 え、じゅんちゃん?


「ちゅうちゃんあーんどっ、くうちゃん!! 只今、参上っ!!!」


 じゅんちゃんと叫んだ方がビシィ! と効果音がつきそうなぐらいの勢いで戦隊モノのポージングを決めた。我が愛猫との再会を喜ぶよりも、謎のポージングを決める少年に完全に思考が停止してしまった。


 ……………………。


「……チュータロ……。ご主人が引いてる……」


「そうよチュータローっ。じゅんちゃんなんて呼び方、ご主人に失礼よ!」


「えー。じゅんちゃんはじゅんちゃんじゃーん。細かい事気にしちゃダメだよー。ねー、じゅんちゃんっ」


 コアは腰に手を当てチュータローに向かって軽く叱っていた。本気で怒っていると言うよりも、毎回同じ注意をさせないでと言わんばかりのめんどくさそうな雰囲気だった。

 言われているチュータローもまったく気にした様子はなく、満面の笑みでミナセに向かって同意を求めてきた。消去法でいけばクータローであろう1番若そうな少年は、まったく表情を動かさずミナセに飛びかかりそうなチュータローを抑えていた。


 おっふ……。人型なのはもはや驚かないが……チュータローがこんなキャラだったとは……。そして2人共やっぱりイケメンなのね!!!! ご主人くやしいっ。飼い主として泣けてくる……。


 こうしてミナセは1人で心にイケメンコンプレックスの傷を深く負いながら、無事に2人と合流する事ができた。

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