ある意味、猫は神だけど
すねちゅー
第1話「はじまり」
「……あぁ……この書類の山が片付けば……俺の休みが見えてくる……」
書類に埋もれ社畜よろしくの発言をしているのは、ミナセ ジュン(30)173センチの中肉中背、黒髪短髪、彼女なし。かろうじて魔法使いへの扉は閉ざされているがモテ期なんて言葉はミナセの辞書には載っていない。代わりに載っているのは……
『ジュン君っていい男って言うよりも、いい人って感じだよね』
そう友達以上、恋人未満……これがうら若き女性達がミナセにつけた評価だ。
ぐっ……。思わず余計な傷口を開いてしまった。悪い訳じゃないんだ! “いい”ならそれでいいじゃないか!! いい人の何が悪いんだ。
1人で負わなくてもいいダメージを負っていると部長然とした上司がやって来た。恰幅がよく上に立つ者が放つオーラを何となく纏っている。まぁ、悪い言い方をすれば偉そうに見えるってだけなのだが。しかも部長ではなく係長って所がミソだ。
これだけなら嫌われ者に見えるかもしれないが、意外と人望は厚かった。
「おいミナセ、急ぎじゃないんだキリのいい所で終わらせて帰れよ」
「はい。とりあえず目を通しておきたいものがあるので、それが終わったら帰ります」
はぁ……ようやく帰れるきっかけができた……。何だかんだで部下をよく見ていい所で声をかけてくれるよな。この人がいるからまだ労基に駆け込まなくてすんでるような気がするよ。お許しも出たしさっさと片付けて家に帰ろう。
それからざっと目を通すと書類の山の3分の1を片付け、15時間ぶりにミナセは家路に着いた。
「たっだいまー!」
決して誰もいない家に寂しさを紛らわす為、大きな声で帰宅の挨拶をしたわけではない。我が家には俺の帰りを待ち焦がれている子がいるのだ!
「「「「「にゃーん」」」」」
5匹の愛しいにゃんこズが俺の帰りを待っていてくれている。女の人にモテなくたってこの子達がいれば十分さ……ふっ……。
「遅くなってごめんよー。今、ご飯あげるからねー」
「「「「「ごろにゃーん」」」」」
猫達は喉を鳴らしながらミナセの足元に頭をこすりつけてきた。相手が人ではないにしろ、生き物の温かさはささくれだった心を癒してくれる。
初めは猫を飼うつもりはなかったんだけどね。
ある日、激務に次ぐ激務で仕事に疲れ帰宅していると、やせ細った三毛猫を発見した。何か自分を見ているようで見捨てる事が出来ず、とりあえず家に連れて帰った。
とりあえずコンビニで猫缶を買い食べさせてあげながら、どうやって里親を探すが頭を悩ませていた。そんな事は知らない仔猫は見た目の通りよほどお腹が減っていたのか、瞬く間に平らげると顔を洗うのも忘れスヤスヤと眠ってしまった。そんな仔猫の寝顔を見ていたら、この子の名前は“ボタン”だ! と唐突に思った。
多分、ミナセも疲れていてそれを癒してくれた仔猫を離したくないと無意識に思ったんだろう。こうしてうちに三毛猫ボタンが住む事になった。
その後は飼育崩壊した家の猫や、里親が見つからず施設に行きそうになった猫。色んな理由があり処分されそうになった猫達がうちに来る事になった。
グレーのキジトラのサチ、長毛シャム柄のコア、アメショ柄のチュータローに3ヶ月歳下のクータロー。計5匹がうちの家族になったのだ。
ふっ……ますます彼女とか縁遠くなってきたな……。
そんな事を考えながら寂しげな眼差しを虚空に向けていると、空腹に耐えかねたチュータローに爪を立てられ、早々に現実に引き戻されるのであった。
猫達にご飯をあげ終えPCの電源を入れ、まずはメールをチェックする。特に重要なメールを待っている訳ではなく癖みたいなものだ。
たまに会社からの重要連絡があったりするんだよなぁ。どれどれ……
【これを逃したら損! タイムセール実施中!】
とか言いつついっつもセールしてるじゃん。カチッ
【あなたに1億が当たっています。急いで確認して下さい。URL……】
よっしゃ! これでしばらく悠々自適に暮らせるぜ! カチッ
【旦那が相手してくれないの。少しでいいから話さない? 2人っきりになれる場所で……】
俺にハニートラップは効かないぜ。モテない事に自信はあるからな! ガハッ! ……カチッ
迷惑メールをゴミ箱に捨て整理していると1通のメールが目に止まった。
「ん、何だこれ? ね……ねーむれすおんらいん? のベータテストに当選しました?」
どうやらMMOのベータテストに当選した事を連絡してくれたらしい。ミナセはオタクまではいかないが、それなりにネットゲームで休日を過ごす人種だ。
「んー? まったく記憶にないけど、応募したっけ?」
まぁ、最近疲れてたしノリで応募したのかもしれないなぁ。どれどれ、どんなゲームかな?
『武器も職業も自由自在! 必要なのはあなたの感性だけ! 魔法が世界の中心Nameless Onlineへようこそ!』
よくあるファンタジー系MMOかな? 聞いた事ない会社だな。新しくでてきたのか? まぁ、最近そういうのやってないしダウンロードしてみようかな。
ダウンロードボタンを押し終了まで30分と表示された。メールも特に重要なものはなかった為、終わるまで何をしようか考えていると、ふいにあくびが出た。少しベッドで横になろうと移動するとお腹を満たした猫達が、主人の側で毛繕いを始めようと寄ってきた。
程よい体温とモフモフの体を撫でて横になると、自覚はなかったが疲労が限界に達していたミナセに唐突に眠気が襲ってきた。重くなる瞼を閉じつつ傍らにいる猫達を抱き寄せる。そんな幸せな感触を感じながら幸せな眠りにミナセは落ちていった。
********************
「ふわぁーぁぁ……」
あぁ、あのまま寝ちゃったのか。だいぶ疲れてたしなぁ……外明るくなってるなぁ……でも、もう少し寝てようかなぁ……
眠りから覚醒しつつある所を拒否するように体を丸め、もう一眠りしようと瞼に力を込める。
と、そこで違和感を覚えた。高級とはいえないがそれなりに疲れを取ってくれるフカフカの布団が体の下にあるはずだ。だが、接地面から感じるのはジメジメとチクチクが混ざった、布団としては不合格の感触。そしてほのかに香る青臭さ。
小学生の頃に芝生に寝っ転がった時にこんな感じだったなぁ……って、んっ?? 芝生???
--ガバッ!!!
布団で寝てたら絶対に感じないであろう感想が出てきた所でミナセは勢いよく体を起こした。
「え……外……? は……い?」
ミナセの眼前には曲がりくねった大きな木々が生い茂り、地面には苔のような芝生のようなものが緑一色。大きな岩が転がり、その周りにはふんわり輝くキノコが生えていた。
「あぁ、屋久島みたいだな……行った事ないけど……つーかちょっと待って! 俺、家帰ってPC付けてベッドで寝たよね? 何事だ……、はっ!! 誘拐……? 独り身でたんまり溜め込んでると思われて……な訳ないよねー!! それとも30歳にして夢遊病発病? 仕事のし過ぎでついに発病!?」
独り言激しいわ! ってつっこんでる場合じゃなくて情報処理が追いつかないんだけど。はっ!! 夢か……? 夢なら定番ほっぺギュー……
あまりにも予想外な景色にパニックから戻ってこないミナセは、やっぱりこういう時ってほっぺをつねるんだな、と馬鹿な事を考えながらおもいっきり頬をつねってみた。
--モフ……ムギュウ!
痛ってぇ! 痛いって事は現実? ヤバイ……受け入れられない。待て……少し落ち着け……胸に手を当てて深呼吸、深呼吸……
--ポフ……すぅぅぅー……はぁぁぁぁ……
あぁ何だかよく分からないが外にいるのは確実だ。こんな大きな森って近所にあったかなぁ。最悪かなり遠くに連れ出された、もしくは自分でここまで来て何かの拍子に記憶を無くしたか……だな。家で寝ていていきなり連れ出される可能性は低いから……自分で出てきて事故か何かで記憶が飛んだって感じかなぁ。そう言えばテレビで脳の病気で突然、記憶がなくなった人の話をやってたな。まさか、自分が同じ状況になるとは……それとも頭でも強く打ったのかなぁ。その割には痛い所もたんこぶもできてないけど……
--モフモフモフモフ……
たんこぶどころか、むしろモフモフで気持ちいいな。
--モフモフモフモフ……
ってかすげぇモフモフでめっちゃ癒される……
………………
………………ん?
ありえない感触パート2が現れ思わずモフモフを堪能していた右手を見た。
そこには女の人よりも猫を撫でた回数のが多い、ペンだこがやや目立つミナセの隠れる恋人のいつもの手が……
なかった。
代わりにピンクの肉球が愛らしい真っ白な猫の手があった。
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