また飲みに来ていいですか?

天魔 ハルニャン

第1話 また飲みに行きますね

ある街の外れのコーヒー屋

中はレンガ造りで大人な雰囲気がある。

カウンターにはいつも通り、元気で優しく、どんな事も聞いてくれて、笑顔で話しをしてくれるマスターがいる。


「いらっしゃい」


マスターはコップ洗いも、お客様が来ると同時に止め、ニッコリと挨拶してくれる。

そして私はこう言うのだ。


「また飲みに来ちゃいました」


私は 神崎 友梨奈(かんざき ゆりな)

現在、多梅(おおうめ)高校にいる高校生一年生だ。

彼氏が居て、友人もそれなりにいる。頭も決して悪い方では無く、運動もまぁまぁ出来る。


そんな私の恋物語

良く居る普通の女子高生。一つのコーヒーから始まった、ちょっと変わった恋。

もしかしたら共感出来る所や感動出来るお話では無いかもしれない。とても不安だが最後まで話そうとは思う。少しばかり付き合ってくれないでしょうか―



私は小学生の頃、母の趣味であるコーヒー屋に連れていかれた。その時の私はコーヒーにも、お店の人にも興味が無かった。嫌々、カウンターの席に座るが、何にも楽しくない。

しかし、横に座っている母はとても楽しそうだった。

普段、私の世話や家の家事なので笑うことの無い母が、ここではとても嬉しそうに笑っているのだ。

私には解らない…

なんで笑っているの?話しているだけじゃん…

様々な疑問が頭に浮かび上がっていた。

結局、その日は母の趣味に連れていかれただけで何も楽しくなかった。


中学生になる。

私はある同級生に片思いをしていた。とてもカッコよくて、爽やかで、優しい男子。

気づけばその人に夢中になっていた。しかし、その男の子はかなりの人気で、私以外で好きな人がいた事は当たり前だった。

そんな事は解っている。人気な人が、私だけを注目してくれる筈も無いと…

しかし、その頃の私は脆(もろ)く、誰かにこの気持ちを解って欲しかった。

だから母に相談した。

そしたら以外な返事が来た。


「昔行った、コーヒー屋に行ってみな。あそこだったら少しは気が軽くなるんじゃない?」


…との事だ。私は渋々、コーヒー屋に行ってみることにした。

始めての場所で少し緊張していた。恐る恐るドアを開ける。

すると思ったより明るい言葉が飛んできた。


「いらっしゃい!」


30代くらいの大人がコップを洗いながら返事をしてくれた。


「あらあら、神崎さんの娘さんか。よく来たね。何か飲むかい?」


しかし、その優しい対応に私は答えられなかった。当時コーヒーなど飲んだ事の無い私は何を選べばいいか分からないし、そもそも母が自分の悩みを聞いてくれると言っていたから来た訳であって、コーヒーを飲みに来た訳では無いのだ。

何をすればいいか解らない私を見て、マスターはこう言った。


「何か悩み事かい?」


「は、はい」


「叔父さん、これでも結婚してるからね、少しは相談聞けると思うよ?」


ん?なんで結婚?


「神崎ちゃん、恋でしょ」

「?!」

見事に自身の悩みを暴かれた私はとても驚いてしまった。


「恋してる顔だね~うんうん。好きな人でもいるのかい?」


名前は言わなかったが、頷く事はした。


「そうかい、神崎ちゃんはイイねぇ…家のムスコといったら恋人も友達も誰もいないのに」


「息子さんがいらっしゃるんですか?」

「あぁ、いるよ。神崎ちゃんと同い年」


マスターは笑って私に話しかけてくれる。

この時、私は昔の事を思い出す。母が横で笑って居た事を。そして今、解る。

とても心が落ち着く感じが―

さっきまでギスギスしていた悩みが、徐々に溶けていく感じがした。


この日から私は、毎日コーヒー屋に通う事にした。マスターともっと仲良くなりたかったからコーヒーも飲み始めた。

何か毎日が楽しく感じて来た。友達も多く出来て、好きな人に1歩近づく努力もするようになった。

そして高校になって、好きな人に告白する事が出来た。結果、OKを貰い付き合う事になった。

(この事を早く知らせたい!)

私は家に帰り、コーヒー屋に行く準備をした。

しかし、母はそれを止めてきた。


「どうしたの?お母さん…」


「友梨奈、落ち着いて良く聞いてね…」


その後、私はショックで膝をついてしまった。



あの日、私が告白に成功した日、コーヒー屋の店主はお亡くなりになった。

原因は過労死。元々、妻が病院通いで、お金を必要としていた夫、青野 義和さんは何とかコーヒー屋を開く事で、息子と妻を支えて来たらしい。しかし、毎日1人でこの店を開いていたせいで、過労死という結果を迎えた。


お店は閉まり、私から本当の笑顔が消えていってしまった。


雪の降る、冬にて。

私は彼氏に別れを告げられた。彼氏の言葉は

「飽きた」の一言だった。

悲しくて、泣きたくて、辛くて、叫びたくなった私は、無我夢中でコーヒー屋に走り出して行った。


開いてるはずもないコーヒー屋

けど、心を癒せる場所はそこしか無かった。


コーヒー屋の近くに着く。走り疲れ、歩いて居たその時、私は幻の様な光景をみた。

そこには―



『open』と書かれた看板を下げ、明かりが付いているコーヒー屋がそこにはあった。

外装も、匂いも、独特の雰囲気も変わらない。


私は恐る恐るドアを開けた。

すると―


「あ…いらっしゃいませ…」


その言葉に元気は無かった。しかし、その人はどこかマスターに似ていて、笑顔に優しさがあって、癒しがあった。


「何かお悩みでしょうか」


何故か不思議と涙が溢れ出た。


『また飲みに来ていいですか?』1巻 終


次回をお楽しみに―


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