7.かわらない非日常

 月曜日の放課後。

 彼は私より多少遅れて、いつも通りのように第三音楽室に現れた。

 そして先週は音楽室が閉まったままだったことなんて、なんにも触れない。

 いつも通りピアノの前に座って、気の赴くまま弾いたり、参考書か問題集に何か書き込んだりしている。

 だからわたしも先週のことについては何も言わなかった。

 いつも通りのように一音を確かめるように鳴らしたり、曲を弾いたり、彼のピアノに合わせてみたりしている。

 わたしたちはほとんど喋ったりしない。

 喋るにしても、曲のことや弾くことに関してしかしてない気がする。

 だけど、やっぱり、わたしはこうしているだけで安心で落ち着けて……そして多分、シアワセだ。

 と、珍しく、彼はピアノから離れて、そのあたりに無作為に並べられているモノ言わぬ楽器たちを眺め始めた。

 たまに手に取って状態確認しているような様子をみせたり、メンテナンスを試みていそうな様子をみせたりしている。

 そして最初のあの時みたいに、溜息をつく。

「やっぱりここは、楽器の墓場だな」

 そして彼はピアノの方に戻った。

 わたしはちょっと気になって、個人の領域に足を踏み入れそうだし少しためらいつつも、聞いてみたくなった。

「……もしかして、ピアノ以外も弾けるんですか?」

 彼はそう聞かれて不機嫌になりはしなかったので胸をなでおろす。

「ピアノはついでっていうか、弾けるわけじゃない。俺の本業は真鍮(金管)ブラスの方」

 その言い方に何か引っかかる。

「『弾けるわけじゃない?』」

 どうしてもそう思えなくて怪訝な顔で問いかける。

「こんなんで弾けるなんて言ってたらピアノに怒られる」

 彼は無表情に手元……ピアノの鍵盤のあたりを見つめながら言った。

 なんでそんなに卑下するのだろう?

「……そんなことないと思うのです」

 わたしは口をとがらせる。

「お前にそう言われても嬉しかねーよ」

 彼まで不満そうな表情になった。

 ……だって、先生たちの楽譜通りで機械チックな弾き方とか、同い年くらいだったりそれより低めの人たちが力任せに弾いてるのとかは聞くけれど、こんなに優しそうに、そして音やピアノを大切そうに弾く人は……コンサートで弾いている人のなかにさえそうそういない気さえするのに。

 なんだか微妙な空気のまま、彼は弾くのに気が済んだのか、いつも通りくらいの時間に音楽室を出て行った。

「練習ちゃんとしとけよー」

 と、いつも通りのセリフを言いながら。

 彼を不機嫌にさせてしまったことにちょっとだけ気を落としたけれど、こうやっていつも通りのことをして去っていったから、ちょっとだけ安心した。

 そして思う。

 こうしていつも月曜日に来てくれることが、『あたりまえ』ではないことを。

 今日より以上に、そういうつもりじゃないのに徹底的に不機嫌にさせてしまったら、きっと彼はもう来てくれなくなるのではないだろうか。

 わたしはそうならないことを祈った。

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