覚悟
家に帰ると、里奈さんがエプロンを手に取り、夕飯の支度にとりかかった。僕も何か手伝おうと思ったが、かえって邪魔になる気がしたので、テーブルを拭いた後は暇を持て余して家中を歩き回ることにした。
リビングを出て、階段の脇を通り、突き当たるとそこがお風呂場だった。浴室からゴーーーーという音が聞こえた。なんだろうと思い浴室を開けると、女性ものの下着ばかりが干してあった。
「れーーーんーーーくーーーんーーー!!」
振り返ると、そこには般若のような女神がいた。
「あっはっはっはっは!」
豪快な笑い声が食卓に響く。
「そうかそうか。それで里奈に泣かれたか。いつも部屋に干してるんだろうけど、今日は蓮君がいたから気を遣って風呂場で干してたんだろう。蓮君は、この家の間取りすら知らないんだ。許してあげなさい里奈」
ブシュッとビールのプルタブを引き上げ、一日の疲れを洗い流すかのように喉を潤しながら里奈さんの方を見る。
里奈のお父さんで、僕を拾った張本人、佐藤駿さん。
「もう。わかりましたっ! でも蓮君も気をつけてね。私だって、一応年頃の女の子なんだから」
怒った顔も可愛いな、なんて言ったら、きっと殴られるだろうな。そう思った僕は顔が綻びそうになるのを我慢した。
「ごめんなさい。乾燥機の音が何かわからなくて。次から気をつけます……」
里奈さんに頭を下げると、里奈さんはなかば諦めたように許してくれた。
ところで、と駿さんが真面目な顔になる。
「蓮君をこの家で面倒を見るという話、俺は別にかまわないが、そうなる前に君はもう一度名古屋に行かなきゃならない。虐待の事実が本当なら、蓮君自身が親ときっちり決着をつけるんだ。そうしないと、君はいつまでたっても自由になれない」
そう言って、一気にビールを飲み干した。
もう一度、名古屋に。
その言葉を聞くだけで猛烈な吐き気がした。
「無理です。僕はもうあそこには行きたくない」
僕が必死にそう訴えると、駿さんは立ち上がり僕の肩を掴んで「蓮君、逃げるな」と諭すように言った。全てを捨てて逃げた僕には、とても重い言葉だった。
「……一緒に戦ってくれますか」
「当たり前だろ。蓮君はもう、俺の息子みたいなもんだ」
あぁ、強い人だな。と思った。
「私も行くよ。蓮君の両親にガツンと言ってやらなきゃ」
里奈さんまでそういうならと、僕は名古屋に行く決心をした。
* * *
それから二週間後、僕は駿さんと里奈さん、そして駿さんの昔からの友人であるという弁護士さんの亮さんとともに、二度と帰らないと誓った名古屋へと向かった。
タクシーを拾い、家庭裁判所に向かう途中、あることを思い出し、実家に寄ってもらった。 両親の不在を確認してから財布にしまってあった合鍵で引き戸を開け、靴箱に手を伸ばす。……あった、何かに使えるかもしれないと思い、僕はそれを抱えて再びタクシーに乗った。
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