悪意
苦痛の六年間をやり過ごし、迎えた十三回目の春。地元、名古屋の中学校に進学すると、学校指定の制服になり、靴もワニの靴から立派な革靴になった。僕はそれだけでとても嬉しかった。もう臭いって、汚いって言われないことが嬉しくて、感情が爆発しそうなほど高揚した。だけど、少し綺麗になったら、僕に触れることを恐れなくなった連中が現れた。
入学初日。体育館で校長がいつ終わるかわからないスピーチをだらだらと話している時、不意に、なぁ、と隣にいた生徒が声をかけてきた。新入生の中では比較的背の高い、気さくそうな奴だった。
「俺、山田透。よろしくな」
僕に話しかける奴なんて滅多にいないので、一瞬どうしていいか分からなかった。が、すぐにいじめられていた過去を知らない他校からの入学生だろうと思い、彼にならって自己紹介をした。
「僕、長谷川蓮。よろしく」
「なぁ、長谷川。あの子結構可愛くねぇ?」
……どうやらこの山田という人間は、思ったことをすぐ口に出すタイプらしい。でも、確かに可愛かった。整った顔立ちに日の光を浴びたことが無いんじゃないかというくらい透き通った肌。長い髪をゴムで一括りにしていて、見るからにお嬢様という雰囲気を醸し出していた。
「ほんとだ。可愛いね」
僕が山田に合わせると、山田が何か企んでいるような顔をしていた。「長谷川、提案がある」山田が悪そうな笑みを浮かべている。嫌な予感がしたが、聞いてみることにした。
ホームルームが終わり、別のクラスになった山田を体育館裏で待つ。山田の提案とは、放課後に例の女生徒と遊びに行こうというものだった。僕は呆れながらも、初めて出来た友達の計画に乗ってみることにした。
それで、放課後になったら山田がその女生徒を連れて体育館裏に行くから、そこに一旦集合してからカラオケでも行こう、という具合に、僕は今こんなところにいるのだ。数分後、山田が来た。が、連れてきたのはガラの悪そうな連中だった。
「クラスの連中に教えてもらったんだ。君、いじめられてたんでしょ? だからあの子と遊ぶのやめて、長谷川君で遊んだ方が面白いんじゃないかなって思って、俺の友達も連れてきちゃった」山田の表情に、明らかな悪意がある。
状況は最悪だった。僕の背後は背の高い金網があり、その上には有刺鉄線が張り巡らされている。前方には山田他六人の不良。逃げられる可能性は、万に一つもなかった。
「山田くん。なんで?」僕の声は震えていた。
「なんでって。これが俺だから」
「でも、さっきは優しくしてくれたのに……」
「優しくした? それ、お前の思い込みだろ。それに、声をかけたのは気の弱そうなお前を俺らの奴隷にしようと思っただけだし。そしたら、クラスの連中がお前のこと教えてくれてよ。まぁ、遅かれ早かれこうなってたんだよ。悪いな、長谷川」
「はじめて出来た友達だと思ってたのに!」
「うるせぇよ。そろそろ黙っとけ」
次の瞬間、腹部に鈍い痛みを感じた。痛みに耐えきれず蹲ると、左の頬に山田の拳をまともに食らい、地面に這いつくばってしまった。調子にのった不良たちも山田に続き、執拗に僕を痛めつけた。
綺麗になった身なりが、元通りに汚れていく。
数十分後、山田は泥だらけの僕を見て鼻で笑い、明日十万持ってまたここに来い、と言って立ち去って行った。痛みには耐えられた。母さんに殴られるより痛くない。そう思うことによって彼らの暴力に耐えきった。だけど、心が痛すぎて、立ち上がれるようになるまで結構な時間を要した。
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