第3話 向き合い
教室に到着して周りを見ると、俊介と茜は二人で楽しそうに会話していて、翠は俺に気付くと不敵な笑みを浮かべていた。
翠がシュールな笑いとか強めの笑いを好きなのは内面の歪みだな。
昨日の寂しかったらってのは流れの笑いとかじゃなくて、本心から言っているに違いない。
翠を軽く睨んで威嚇しながら自席に着く。ちらっと翠を見ると、頬杖を突いてるのは変わらないが、こちらを見てニヤニヤしていた。……性格の悪いやつめ。
気付かないフリをして、俊介と茜の様子を覗う。昨日と変わらず、楽しそうに会話していた。
二人が付き合っていると知っているからか、他のクラスメート達は近くに寄ることはなく、二人は少し浮いているように見える。
昨日、翠と話せたことで余裕が出来たのか、落ち着いて状況を確認できるようになったな。そんなことを翠に言うと馬鹿にして来るのは目に見えているので、絶対に言わないが。
二人が一緒にいる理由が独りになりたくないからだとすれば、俺達はまた一緒にいられるはずだ。
そう思って、俊介と茜にメールを送る。一瞬、翠に送れなかったことを思い出したが、無事に送信することが出来た。
翠の連絡先は電話番号しかしらないので、仕方なく直接伝えに行く。
「翠、今日の放課後ちょっと残ってくれ」
「何? デートの誘い?」
「違うわ! また皆で一緒にいられるように話し合おう」
「……話し合うって四人で集まって話をするつもりなの?」
「そうだ。俺達はすれ違って離れ離れになってしまってけど、ちゃんと話し合えばまた一緒に居られると思う」
「ふーん、まあいいわ。放課後ね、分かった」
一応、了承はしてくれたようだった。後は、どう話すかを放課後までに考えないといけない。
今日も授業は頭に入らなそうだが、それも今日で終わりになるはずだ。
放課後になり、またいつものように三人が俺の席を囲むようにして集まってくれたのは嬉しかった。
ただ、いつもと皆の位置が違った。俊介と茜が隣の席とその前に座り、翠は俺の前に座っていた。それだけを見ても、やっぱり俺達の関係は変わってしまったのだろうと感じる。
こんな些細な変化も翠は嫌なのだろうか。そう思い、チラリと翠に視線を送るが、翠は足元を見ていて表情は読み取れなかった。
「それで話しってなんだ?」
沈黙を破ったのは俊介だった。
「あ、ああ。俺達のことについて話し合いたいなと思ってな」
「俺達のこと?」
俊介は俺の言っていることが理解出来ていないようで、首を傾げていた。
「俺達はすれ違ってしまっただろう? そうじゃなくて、ちゃんと話し合えばまた一緒に居られるだろうって」
「それ本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ」
俺の答えを聞き、俊介は溜息を吐いた。
「お前が鈍感な奴だってのは知ってたけど、そこまでとは思わなかったな。いいか、俺達はフったフラれたっていう関係なんだぞ? それで前と同じように一緒に居られる訳ないだろ?」
「何でだよ。そもそも告白して付き合うことになっても一緒に居ただろう?」
「それはそうかもしれないが、いつかは離れることになってたと思うぞ。四人でいることより好きな相手と二人で居たいと思うだろうし」
「じゃあ俊介と茜は四人でいることをそもそも望んでないってことなのか?」
「そうかもしれないな。四人で居たのは楽しかったけど、それよりも自分の気持ちを大事にしたいって思ったから俺達は行動したんだ」
「茜もそうなのか?」
「……うん。やっぱり好きな人とは一緒に居たいって思うけど、フラれた後に一緒に居るのは辛いよ」
そう言って茜は立ち上がった。俊介も茜に続いて席を立ち、二人は教室を後にした。
「こうなると思ってたけどね」
今まで沈黙を貫いていた翠がやっと口を開いた。
「こうなると思ってたのか?」
「じゃなきゃ二人が付き合ったなんて言うはずないでしょう?」
「どういう意味だ?」
「君は本当に人の気持ちが分からない楽しいこと好きのおバカなのね」
ムッと来たが言い返せないので不満な表情を浮かべて言葉を促した。
「告白した次の日に別の人付き合うなんて普通に考えれば軽いとか思うでしょ? しかもその相手が別の人にフラれた翌日なんだから尚更ね。つまり私達とはもう関わるつもりなんて二人には無いのよ」
「そういうものなのか?」
「君は気にしないのかもしれないけど、普通は気にするでしょうね。そもそも告白すること自体が四人でいることを望んでいないってことよ。森田君も言ってたでしょ? 付き合うことになったら二人でいることの方が多くなると思うって」
「それじゃあ俺達はもう四人で居られないって言うのか……」
「そうね。そこまで君が四人で一緒にいたいと思うのか、私には理解出来ないけど」
「だって四人の方が楽しいだろ?」
「それは前まではね。今の状態で四人集まったとしても気まずいだけよ。そんな歪な集まりなら私はごめんね」
翠も席を立ち、教室を後にした。
いつもの場所、いつもの時間に独りだという事が悲しみや寂しさを倍増させていた。
何でこうなるのか。何を間違えたのだろうか。
翠の言う通り、楽しいことにしか興味を向けていなかった俺には分からなかった。
いつもなら楽しい気持ちで登校していたのに、今日は朝から憂鬱だった。
学校に行っても楽しいことがあるとは思えないし、もう四人で一緒に居られることが無いんだろうと理解し始めていた。
翠も俺との関係が変わってしまったと思っているだろうし、独りで学校生活を過ごすことになる。
そう思うと途端に学校がつまらないものに思えて来る。結局は友達に会う為に学校行ってたんだなと思い知らされる。
自席に着いても誰も近寄って来ないので、始業まで本を読んで過ごすか。そう思って読みかけだった青春物の小説を取り出す。
「あ、神崎君もその小説読んでるんだ」
前の席の倉橋が声を掛けて来た。倉橋と会話するのなんて、もしかしたら初めてかもしれない。だから少し戸惑っていたが、倉橋に答える。
「あ、ああ。もう何回か読んだけど、やっぱり四人が揃って冒険に出るってのは最高だな。ただまあ、オチが好きじゃないんだけど」
「え、なんで? 僕は好きだよ」
「だって仲良かったのはその時だけで、将来はバラバラで連絡も取って無いんだぞ? しかも友人の死を新聞で知るなんて悲し過ぎるだろ」
「まあちょっと悲しいけどね。でもさ、離れてしまっても学生の頃の友人との思い出はかけがえのないものだったんだって言ってるじゃん。それって素敵だと思うよ」
「そんなに大事な友達なら離れないだろう?」
「うーん、だってその四人は進路も違ったし、離れてしまうこともあるでしょう? ご両親の都合で転校することになるかもしれないし」
「そんなの会いに行けばいいだろう? そりゃあ同じ学校にいた時より頻度は下がるかもしれないが」
「じゃあもしその友達が死んじゃったらどうするの?」
「それは……」
答えは出て来なかった。友達と二度と会えなくなってしまうことがあったとしたら俺はどうするのだろうか。そりゃあもちろん悲しいけど、後追い自殺をするなんて思えない。
「ごめんね。意地悪なことを言っちゃった。それだけ神崎君が友達を大切に思ってるってことだもんね。でもね、離れてしまってもそれで終わりじゃないし、それまでことが無くなる訳じゃないと僕は思うよ」
倉橋の言葉が終わるのに合わせて予鈴が鳴った。
「読書の時間を邪魔しちゃってごめんね」
「いや、良いんだ。誰かと話す方が楽しいからな」
「そう言ってくれるとこっちも気が楽になるよ」
そう言って倉橋は前を向き授業の準備を始めた。
手に持った小説がまた別の作品のように見えて来た。
授業も聞かず、ノートも取らずに小説をずっと読んでいた。
元々、読むのが遅いってのもあったが、ゆうくりと噛みしめるように読んでいたからか、気付けばもう放課後で教室にはクラスメートの気配はほとんど無かった。
倉橋も既に下校していた。考えてみれば、いつも席を借りているのだから、倉橋はいつも直ぐに帰っていたか。
オチが嫌いだったこの青春物の小説も倉橋の言葉を聞いてからは、少し見え方が変わった気がする。
離れてもあの頃の記憶はかけがえのないものだった。確かに主人公はそう言っていた。その気持ちは今なら少し分かる。
いつも放課後に四人で残って話をして笑い合っていたのは俺にとってかけがえなのない思い出だ。
「それでも俺は離れないで一緒にいたってオチだった方が好きだろうけどな」
独り言を呟き、小説を置いて身体を伸ばす。こんなに長い時間小説を読んだことはなかったので、目と肩が痛かった。
「そんなに面白かった?」
「うわ、びっくりした」
急に声を掛けられて驚いてしまった。隣の席に翠が座っていた。
「俺が読み終わるまで待ってたのか?」
「ええ、君が小説を読んでるなんて珍しくて、どれくらい面白いのか興味が湧いたのよ」
「失礼な。俺だってお笑いだけじゃなくて映画も見るし、小説だって結構読むぞ」
「意外ね。本当に楽しいことにしか興味無いと思ってたわ」
「楽しいことは好きだけど、四人でいる方が好きだよ」
「そう。それはもう叶わないと思うけど」
「それは、まあ仕方ない。俺は今でも一緒にいたいと思うけど、俺以外の三人が嫌だって言うからな」
「意外と諦めがいいのね。その小説の影響かしら?」
「まあそれもあるけどな。今日、初めて倉橋と話したんだよ」
「ええ知ってるわ。見てたもの」
「俺は友達と言えば四人しかいないし、話しが合うのも四人しかいないって思ってた。けどさ、普通に他のクラスメート達とも話せたんだよな。びっくりしたよ。それで思ったんだよ、俺って視野が狭かったんだなって。だから三人の気持ちも考えず、ただ楽しければ良いって思ってたんだよ」
「ちょっとは成長したのかしら?」
「それか翠の嫌いな変化ってやつかもな。これで俺も嫌われちゃうかもしないな」
「そうかもしれないわね」
そう言って翠は笑った。
「さて俺はもう帰るけど、たまには二人で帰るか?」
俺の提案に一瞬驚いていた翠だったが、笑って翠はこう答えた。
「お断りよ」
「そうだろうな。じゃあまた明日」
きっと翠はそう言うと思った。
変わるもの変わらないもの 野黒鍵 @yaguro_ken
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます