第2話 来訪者
今日一日は誰とも会話をしなかった。先生に指名されることもなかったので、学校で口を一度も開くことは無かった。
ここ数日で初めての経験をたくさんして、気持ちが追いつかなかった。
一番仲が良いと思っていた友達は他人のように遠く感じる。いったい何が悪かったのだろうか。いや、そもそも間違っていたのか。
もう今日は寝てしまおう。考えても分からないのに、考えることを止められない。そんな状況が辛くて、何も考えたくなくて、気付けば横になっていた。
「ん、なんだ?」
眠りに落ちそうになったところで携帯が鳴り出した。液晶を見ると知らない番号からの着信。
普段なら気にせず無視するのだが、今日は誰とも口をきいていないことが寂しかったのか出てみることにした。
「もしもし……」
「数日ぶりね」
聞いたことのある声だった。知らない番号なのに。
「もしかして翠か?」
「ちょっと会話していないだけで私の声を忘れちゃった?」
「忘れてないけど、翠の携帯じゃないだろう、それ」
「これは私の携帯よ。前に使っていた携帯は解約しちゃっただけ」
だからメールが届かなかったのか。
「こんなタイミングで機種変更? それよりも変えたなら教えてくれよ」
「ふふ、そうね。私は君もグルだと思ったから」
「グル? なんのことを言ってるんだ」
「詳しい話は後で、それよりも家に入れてくれる?」
「は?」
「外を見て」
翠に言われた通り、カーテンを開け窓から外を見る。家の前に翠が携帯を耳に当てながらこちらを見ていた。
「来ちゃった、ってやつ」
「今日、親いるんだけど」
「それなら安心ね」
そう言って翠は電話切った。何が安心なんが。女子を一人あげるなんて親が知ったら変な誤解をするに決まっている。それで困るのは俺なのに。
でも気になることは山ほどあったし、友達を家の前で立たせる訳にもいかない。
――翠は友達なのだろうか。
玄関を開ける直前、そんなことを思った。
そんな疑問を払って、扉を開けた。
部屋へ翠を連れて行くと、やはり両親が好奇の目でこちらを見ていた。まだそこまで遅くないとはいえ、夜に女子を部屋に連れて行くというのは、それ相応の誤解を受けても仕方ない。
それでも翠に聞きたいこの方が両親の評価や偏見よりも重要だった。
「うちに来たってことは色々と話してくれるんだろ? ここ数日の俺達の変化について」
「やっぱりそうだったのね」
溜め息を吐きながらも翠は笑っていた。
「どういうことだ?」
「そもそも間違っているのよ。変わったのはここ数日のことじゃない。森田君の気持ちは薄々感づいていたし、橘さんの気持ちもね」
「あの二人の気持ち」
それは俺達に告白したことだろうか。
「確かに茜は前から好きだったって言ってたけど」
そこまで言ってから気が付いた。茜に告白されたことを翠に漏らしてしまったと。
「やっぱり君も告白されたのね。じゃなきゃあの二人が付き合うなんて可笑しな話だもの」
「ちょっと待ってくれ。なんで俺が告白されたら俊介達が付き合うことになるんだよ」
「フラれた者同士で傷を舐め合っているか、自己防衛って所でしょうね」
「だから二人が付き合ったって? そんなに直ぐ他の人を好きになれるものなのか?」
俺は誰かを好きになったことがないから、そういう気持ちは良く分からなかった。ただ、フラれて直ぐに他の人を好きになるなんて軽い気持ちを二人には持って欲しくないと思った。
「さあ、私には分からないわ。本当に好きなのか、独りになりたくないから一緒にいるのか」
「それは二人にしか分からないか」
また考えても答えの出ない悩みが出来てしまった。
「……状況を整理させて欲しい。そもそも何で翠は俺達から離れて行ったんだ? やっぱり告白されて断ったのが気まずいからか?」
「それは気にしてない。ただ、変わってしまったのが嫌だっただけ」
「変わった?」
「最初にも言ったけど、変わったのはここ数日のことじゃないけどね。徐々に変わって行っていたのは気付いていたけど、それでも私達は変わらずにいられると思った」
「それが告白されたってことで変わってしまったと?」
「そうね。ただ楽しい集まりだった私達が恋愛という変化を持ってしまった。好意を寄せてくれるのは嬉しいけど、それをぶつけられて付き合うなんて考えられない。私はそんな関係を望んでいないもの」
翠の言っていることが全て理解出来る訳じゃないけど、気持ちは分かる気がする。
「俺も、俺達の中に恋愛感情なんてものが生まれるなんて想像もしてなかった。ただ楽しくて変わらない毎日が送れると思ってた」
「そこは私と少し似ているわね。私は変化を嫌って、君は変化しないと思っていた。でもあの二人は違った。もっと深い関係になることを、変化を望んでいたのよ。そんな私達の関係が壊れるのなんて時間の問題だったのよ」
「今のままじゃ満足出来なかったのか」
あの二人は。
それが悪いこととは思わないけど、確かにそれは俺の望んでいるものとは違う気がする。
「最初は君も二人と同じだと思ったのよ。告白された日、私と山田君が二人きりになるようにしたと思ってね」
「ああ、だからグルって言ってたのか。え、じゃあ俊介の用事は翠への告白だけど、茜も俊介に協力してたってことか」
だからあの時、自分も早く帰らないといけないって言っていたのか。そんなことを二人が相談して協力していた。それは何だか裏切りのようで嫌だった。
「私はそんな変化を求めていないから、君達とは一緒にはいられないと思って離れたのよ」
「そうだったのか。だから機種変更までしたのか」
離れるなら徹底的に、か。もしかしたら三年の受験前とかじゃなきゃ、転校までしていたんじゃないかと思う。
「もしかして俺が告白された日に俊介が独りで帰ったのも」
「あくまで可能性だけど。それで今日の二人を見て君は二人とは違うって分かって、今こうしているってこと」
ここ数日のことはこれで理解出来た。二人の変わりたいという気持ちが俺達をバラバラにしたということが。
「これからどうする? 私達も付き合う?」
「は?」
翠は何を言っているんだ? 変化を嫌がっているのは翠の方なのに。
「いや、茜だろうが翠だろうが友達としてしか見ていないのは変わらない。それに当てつけみたいにして付き合うってのは……」
何だか嫌な事だった。誰かを好きになる気持ちというのは、そんなに歪なものではないと信じたい。
「ふふ、そうよね。もし、付き合うなんて言ったら君からも離れていたわ」
「趣味が悪いな。試したってことか」
「そう、私は腹黒いのよ? 知ってた?」
――知らなかった。
いつも俺達は自分達のことは話さないで、ただ楽しいことについて話していた。テレビ、ゲーム、漫画。個人がどういう人間で、どんなことを思っているのか。少なくとも俺は興味を持ったことは無かった。ただ、楽しいことが全てだった。
「君のそういう所は好きよ。誰に対しても平等で、ただ楽しいことが好きってところ」
「……嫌味か?」
「本音。言ったでしょ? 私は変化が嫌いだって」
素直には受け取れなかった。ただ、翠に嫌われていないと分かって安心した。
「今日はこれで帰るわ。今日来たのは君があまりにも可哀想だったからだし」
翠は立ち上がり、もう帰ると言う。
「明日から、どうすればいいんだろうな」
「どうかしらね。でも私はもう君を避けることはしないわ。寂しかったら私の席までおいで?」
そう言って翠はニヤリと笑っていた。
「いいからもう帰れよ」
突っぱねると翠は四人で仲良くしていた頃のように笑った。
俺も久しぶりこんなやり取りが出来て内心では嬉しかった。ただ、上から目線で来る翠を前に内面を出すのは悔しかったので、そのまま怒ったフリをして翠を見送った。
「遅いから送ろうか?」
「大丈夫。私と離れたくないなら送ってくれてもいいけど?」
「うるさい、さっさと帰れ!」
怒っているぞ、という顔を浮かべて翠を見送った。
俊介と茜のことは良く分からなくなったけど、翠のことは少し分かった気がする。それは悪いことではない気もした。
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