変わるもの変わらないもの
野黒鍵
第1話 小さな変化
授業が終わり、クラスメート達が席を立ち部活へ向かったり、帰宅する中、俺は自席に座ったままいた。そこにいつもの三人が近くの席に座る。
「昨日のテレビ見た?」
隣に座った茜が座るなり一番に声を掛けて来た。
「もちろん見た。相変わらず松田は面白いな。返しが天才かよって思うもん」
「相変わらずバラエティは見逃さないな。何、全部見てんの?」
俊介は笑いながら前の席に座った。
「うちのテレビ同時録画出来るからな。好きな番組は全部録画して見てるよ」
「そこまでしてテレビ見てるのは君くらいじゃない?」
翠は茜の前に座り、小さく笑っていた。
「だって面白いじゃん? 面白いものは見たいじゃん? それなら全部録画するしかないでしょ」
「そんなに熱意を持ってるのは湊くらいだと思うぜ」
昨日見たテレビ番組で何が面白かったとか、あれはおススメだとか、他愛のない会話をする。そんな毎日が心地良い。皆と話しながら、しみじみとそんなことを思う。
「あ、忘れてた。今日は用事があるんだった」
唐突に俊介はそう口にした。
「用事? もう帰るのか?」
時計を見ると、まだ放課後になってから三十分も経っていなかった。俊介は携帯を見ては消し、見ては消していた。急ぎの用事なのだろうか。その割には帰ろうとはしていなかった。
「まだ帰らないというか、あーそう。学校に用事があるというか」
「なんだそれ。はっきりしないな」
いつもははっきりと言う俊介だが、煮え切らない様子が不審に見えた。
「あ、私も今日は早く帰らないといけないんだった」
すると茜も唐突にそんなことを言い出した。
「そうなのか? じゃあ今日はもう解散するか」
翠と二人で話しても楽しいと思うが、今日は解散の雰囲気が漂っていた。
「そうしましょうか」
翠も俺の提案に同意して帰り支度をし始めた。
「俊介はまだ帰らないんだろう?」
「あ、ああ。先に帰っててくれ」
挙動不審な俊介が気になるが、先に帰ってくれと本人言うのだから、素直に従っておこう。
「じゃあ、また明日な」
「じゃあねー」
「また」
各々俊介に挨拶をして教室を後にする。そのまま三人で会話をしながら昇降口に向かっていると翠がついて来ていないことに気付いた。
「あれ? どうした?」
振り返ると翠は暗い顔をして携帯を見ていた。
「……忘れ物してしまったみたい」
「忘れ物? じゃあ取りに戻ろうか」
「追いつくから先に行ってて」
「そうか? じゃあゆっくり歩いてるな」
翠は頷いて来た道を戻って行った。
「じゃあ、先に行ってようか」
「うん」
そのまま茜と二人で歩いて帰ることになった。
「茜と二人で下校なんて久しぶりだな。途中からは二人ってことはいつものことだけど、最初からってのは小学校以来じゃないか?」
「そうだね。中学に入ってからはいつも四人一緒だったからね」
「三年間同じクラスだったしな。志望校も同じだし、もしかしたら六年四人一緒かもしれないな」
「そうだといいね」
茜は手を後ろで組みながら歩いていた。
そうして二人で会話をしながらいつもよりゆっくりと歩いていたが、翠が来る気配は無かった。その日は結局、翠が合流することは無かった。
何か事故にでもあったのかと心配して翠に連絡をしてみたが、返事は無かった。だから今日、教室に翠がいるのを見付けて安心した。
「昨日はどうしたんだ? 忘れ物が見付からなかった?」
「まあ、そんなところね」
「なんだ、それなら言ってくれれば俺達も戻って手伝ったのに」
「ふふ、そうね」
そう言って翠は小さく笑った。その表情が嘲笑に見えたのは気のせいだろうか。
とりあえず自席に着いて、皆が来るのを待った。俊介と茜は俺が席に着いたのを見て直ぐに机の周りに集まって来た。だが、翠はこっちに来ることはなく、頬杖を突いてぼーっとしていた。
「翠、なんか元気ないな? 忘れ物見付からなかったんかな?」
そう俺が二人に問うと、二人は気まずそうに表情を曇らせた。
「あー、まあそうなのかもしれないね」
茜が慌ててそう答えた。俊介はそのまま黙ったまま頭をかいていた。
何かがあったのだろうか。二人にそれを尋ねようとしたところで、担任が入って来た。登校するのが遅かったか。もう始業の時間になってしまっていた。次の休み時間、二人に聞いてみよう。そう思いつつ翠にも『何かあった?』と担任から隠れながらメールを送ってみた。
だが、メールは宛先不明で送ることは出来なかった。昨日の夜は送れたはずなのに……。もしかして、俺が何かをしてしまったのだろうか。
授業が始まったが、内容は頭に入って来ず、ただ何も考えず板書をノートに写すだけだった。
休み時間になり、直ぐに俊介の席へと向かった。
「どういうことだ? 俺が翠に何かしたのか?」
俊介は驚いたようにこちらを見て、慌てて否定した。
「いやいや、違うよ。湊は何もしてない。ちょっとここじゃなんだから、後で話すよ」
「何でだよ。気になるから今教えてくれよ」
俊介が言いにくそうにしているのに理由があるとは思うが、気になって仕方がない。周り聞かれたくないなら今から場所を移してでも話が聞きたい。
「ここが嫌ならトイレにでも行こうぜ。そこなら聞かれることもないだろうし」
「あ、ああ。分かったよ」
俊介は渋々といった様子だが、席を立ってくれた。俺達の様子を見た茜が心配そうにこちらを見ていた。だが、理由を知らない俺としてはどんな表情を返していいのか分からなかった。視界に翠も入ったが、変わらずつまらなそうに頬杖をついていた。
トイレに移動するなり、俊介に尋ねた。
「昨日何かあったのか? 翠が忘れ物をして戻った時に、見られたくない所に遭遇したとかか?」
俊介が言っていた用事が何か分からないが、見られたくないことだったのかもしれない。用事が何かを俺達には言いたくなさそうだったし。
「いや、その翠は忘れ物なんてしてない」
「いやいや、俊介はその場に居なかったから知らないと思うけど、翠自身が忘れ物したって言ってたんだぞ。そんな嘘吐いてどうすんだよ」
「……俺が呼び出したからな」
「は? それで翠は忘れ物をしたって嘘を吐いたのか? それなら俊介が呼んでるって素直に言えば良くないか?」
「翠には一人で来て欲しいかったから、きっと忘れ物をしたって嘘を吐いたんだろう」
翠が嘘を吐いた理由はそれで納得出来たが、じゃあなんで俊介は翠を一人呼び出したんだろうか。それは俊介の言ってた用事だとは思うが。
「――翠に告白した」
「え」
何を告白したのだろうか?
俊介の言葉を聞いて初めに思ったのはその疑問だった。だが、落ち着いて考えるとその告白じゃないことは分かって来た。
「え、は? 俊介って翠が好きだったのか?」
そして次に浮かんだ感情は驚きだった。中学からの仲とはいえ、俺達の中で恋愛感情が生まれるなんて想像もしていたなかった。毎日馬鹿話をして、ただ楽しく過ごしていたと思っていた。
「一目惚れだったんだ」
「席がたまたま近くで仲良くなり始めて頃には既に好きだったと?」
「ああ。恥ずかしいけどな」
――少し頭痛がして来た。
俺達四人組は恋愛感情とは無縁のただ楽しい集まりだと思っていた。その認識は最初から間違っていた。それが悪いことだとは思わないが、動揺を隠しきれなかった。
「……告白してどうなったんだ?」
それを聞いてから答えは分かった気がした。俺からの連絡を拒否するようになったということは、彼氏以外の異性と連絡を取ることを止めたということじゃないのか?
「フラれたよ。翠はそういう仲だとは思えないってさ」
「え、フラれた?」
「何度も言わせるなって。これでも傷付いてるんだからな」
苦笑いを浮かべながら勘弁してくれよと俊介は言った。
――フラれた?
それじゃあ、俺は何故翠から着信拒否なんてことをされているのだろうか。その理由が全く想像出来なかった。
俊介の苦笑いを見て、今朝気まずそうにしていた茜の表情を思い出した。
「もしかして茜も知ってたのか?」
「ああ、相談してたからな。昨日、茜が早く帰ろうとしたのは俺が頼んでたことだし」
俊介の告白を茜が手伝ったのか。ショックだった。俺に相談が無かったことは別に気にならないが、二人して俺と翠に隠れて動いてたというのがショックだった。
「もう授業が始まるな。教室に戻ろう」
「あ、ああ」
俊介が時計を確認してトイレを出た。それに続いて俺もトイレを後にするが、俊介の後ろ姿が見慣れない誰かのように感じていた。
結局、真相を聞いても一日気が気でなかった。
放課後になって、またいつものように皆が集まって来るなんて淡い期待を抱いたが、翠は直ぐに帰ってしまったし、少し遅れて俊介も独りで帰った。昨日、解散だなって言った言葉が本当の意味で四人組の別れを示していたことになってしまった。
「帰ろうか」
独り落ち込んでいると声を掛けられ、顔を上げると茜が気まずそうに笑っていた。
「……そうだな」
溜め息を吐いて席を立つ。
茜と二人で帰るのは久しぶりだなって昨日は思っていたのに、これからは毎日二人で帰ることになるかもしれないな。
無言のまま歩いていると、いつの間にか茜と別れる交差点まで来ていた。
「じゃあまた明日な」
そう言って手を上げ、歩き出そうとした時、茜に呼び止められた。
「あ、あの!」
「うん? どうした?」
茜は自分から呼び止めておいて、下を向いたり、こちらを見たりとチラチラ視線を移していた。変なやつだなと思っていると、昨日の俊介の様子を思い出した。
まさか、そんな訳ないよな。茜とは小学校からの付き合いだし、俺達の間に恋愛感情なんてあるはずがない。俺達は家族みたいな関係だ。俊介があまりにも突飛な行動を取るから、茜も同じようなことをすると思ってしまった。
流石に自意識過剰が過ぎたな。そう独り反省していると、ようやく茜が口を開いた。
「――ずっと好きでした」
「――」
なんだこれ?
顔を赤く染め、こちらを上目使いに見ている女子は一体誰なんだ?
そんなの茜に決まっている。小学校からの友達、茜である。だが、茜はそんなことを口にするだろうか。俺のことを好きなんて言うはずがない。
「湊?」
黙って茜を見ていたからか、不安そう茜が呼びかけて来た。
「あ、ああ」
呼びかけに我に返っても、現実を上手く受け止められなかった。それでも茜は俺からの返事を待っていた。
「ごめん……茜を恋愛対象として見たことがない」
それだけ聞くと、茜は目を思い切り瞑り、そして走って行ってしまった。
涙が少し浮かんでいたのが印象的だった。
俊介、茜、翠。いつも一緒にいた三人が何を考えているのか、何を考えて来たのか。それが全く理解出来ない。
俺達は集まって楽しく遊ぶ仲だったんじゃにのか。それは俺だけが思っていたことなのだろうか。
そんなことを昨日からずっと考えては止める。考えては止めるの繰り返し。
考えたって分かるはずもない。だが、そのことが頭を離れなかった。
憂鬱な気分のまま登校し、席に着く。翠はやはり席を立とうとはしなかった。茜とは昨日別れてから連絡を取っていない。俊介ともトイレから戻って以来口をきいていない。こんなにも三人と喋っていないのは初めてかもしれない。
俊介はこっちに来るかと視線を向ける。俊介もこちらに来る気配は無く、茜と楽しそうに話していた。
俺が登校したことに気付いていないのか。いや、茜と一緒にいるんだから、俺の方に来づらいか。
独りで時間を持て余すなんて久しく経験していない。誰かが病欠したとしても、他の誰かと話していた。
――随分と女々しい性格になったな、と独り言ちる。
茜を視界に入れるのは何だか気まずくて、窓の外を見ているとクラスメートの声が聞こえて来た。いつもは三人の話しに夢中で聞こえていなかったが、話し声というのは結構周りに聞こえるんだな。これから少し気を付けようと思いつつ、何とはなしに声に耳を傾けていた。
「あの二人付き合ってるらしいよ」
「え、誰と誰?」
「橘さんと森田君」
橘は茜のことで、森田君ってのは俊介のことだよな? その二人が付き合っている? そんなはずはない。だって二人は別の相手に告白している。
「えーそれって本当? 確かに仲いいけど、いつも四人でいるのに二人が付き合うってあるかなあ」
「ほら、今だって二人でいるし、神崎君と渡辺さんも一人じゃん」
「それだけで付き合ってるっていうのは安易じゃない?」
「私は知らないけど、今朝、二人が発表してたらしいよ。私達付き合うことになりましたーって」
「そんなこと発表するかなー。デマじゃないの?」
俊介と茜のことについての話しはまだ続いていたが、俺の耳には聞こえなくなっていた。
二人が付き合っている? 一昨日、俊介は翠に告白。昨日、茜は俺に告白。今日は告白した二人が付き合っている。
理解不能。いつも遊んでいた友達がクラスメート達よりも知らない存在に感じる。二人の正体が宇宙人です、と言われた方が納得できる。
翠は知っていたのだろうか。席で独りつまらなさそうにしている翠を見てそんなことを思った。
結局、俊介と茜は俺の所に来ることは無かった。
――気分が悪かった。
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