第6話 ヒーローとしての資格

 その日の放課後。

 初乃の様子から上位クラスによるイジメを受けたとみて間違いない。

 「天使、近くに悪魔はいるか?」

初乃をイジメた加害者が悪魔に取り憑かれているかは天使にしか分からない。

 悪魔を倒せばイジメ自体が無くなったことにはならないが、これ以上の被害は広がらない。

 だが悪魔が絡んでいない上位クラスによるイジメの場合、俺に出来ることは少ない。

 友介がイジメられていた現場に突入したが、結局は見ていることしか出来なかった。

 だけど、もしまた見ていることしか出来ない状況になったとしても目を背けてはいけないと思う。

 見ることしか出来ないのなら、俺はそれをちゃんと見届けなくてはならない。

 『いえ、私の感じられる範囲内では悪魔は存在していないみたいです』

「そうか。そういえば天使の悪魔を感じられる範囲はどれくらいなんだ?」

『あまり広くはありません。学校全てを感知することは出来ません』

そうなると今も悪魔に取り憑かれているが、天使の感知範囲外という可能性もあるのか。

 ただ、昼休みには食堂に行ったりと色んな生徒達と接近しているので、範囲外ということは考えにくいかもしれない。

 「じゃあまた明日」

そう言って初乃はそそくさと教室を後にした。

 クラス替え初日にイジメに遭ったということは放課後にもイジメの被害に遭う可能性が高い。

 俺の初乃の後を付けて様子を覗うことにしよう。

 見失わないように急いで俺も教室を後にした。

 初日からイジメに遭ったということはクラス編成の前から初乃を狙っていたのか。

 その時、ある嫌な考えが浮かんでしまった。そのことを考えないように初乃を尾行することだけに集中することにした。

 女の子の後を付けるというのは、それはそれで悪のような気もするが、これも初乃の身を案じてと自分に言い聞かせた。

 あれ、ストーカーってこういう発想をしていたような気もするな……。

 今日だけ! 今日何も無かったら初乃の後を付けるようなことは止めよう。

 顔の怪我もただ転んだりしただけという可能性もある。

 だけど初乃の態度はイジメの被害者と同様のものだった。素直に助けてとも言えないが、辛いというのを隠しきれない。そんな態度だった。


 初乃の後を付けて行くと浮かんでしまった嫌な考えが輪郭を持ち始めていくのを感じる。

 ――この道は友介がイジメられていた現場に向かう道だった。

 やはり人気はどんどん減って来ていて、初乃がこれからイジメに遭うのだと予感させるものばかりだった。

 それにきっと間違った考えだと信じたいが、初乃をイジメた加害者はきっと――。

 正義の為なのに足が重くなって来た。こんな経験は初めてだった。

 制裁しなければならない相手が友達かもしれないというだけで、こんなにも気が重いのか。

 初乃が角を曲がると男の声が聞こえて来た。

 「おい、一人で来ただろうな?」

「うん……」

聞き馴染みのある声だった。

 初乃を人気の無い路地に呼び込んだのは、やはり友介だった。

 ただ、まだイジメの加害者が友介とは限らない。呼び出す理由は告白とか悪いものだけじゃないのだ。

 淡い希望に縋りながらも二人の様子を物陰からジッと覗う。

 そんな希望を打ち砕くように、友介は躊躇いなく初乃の顔に平手打ちをかました。

 やはり友介が……。

 「おい、何してんだよ。この大馬鹿野郎」

直ぐに飛び出し、友介を咎める。

 俺の姿を確認して初乃を睨み付けた友介だったが、俺の姿を確認して納得と諦めたように溜め息を吐いた。

「正義はFクラスだもんな。こんな悪事に気付かない訳が無いし、放っておく訳もないよな」

「当たり前だ。俺が正義の味方だってお前も分かっているだろう!」

友人の悪行にこんなにも憤りと悲しみを覚えるとは思わなかった。

 そして、そんな友介に気付けなかった自分が情けなかった。

「そうだな。そうやってどんな相手にも立ち向かう正義の心が好きで友達になりたいって思ったんだからな」

「待ってろ、今すぐ俺が浄化してやる。おい、天使! 悪魔が友介に宿っているんだろう?」

『いえ、この近くに悪魔は存在しません』

二人がいるのも気にせず天使に問い掛けるが、天使の答えは俺の想像とは違っていた。

「お、おい。いくら友介が初乃を恨んでいたとしても、こんなことをするわけがない!」

『……繰り返しますが悪魔は私の確認出来る範囲には存在しません。そして目の前のお二人は私の範囲内にいます』

つまり天使は友介に悪魔は宿っていないと言っているのだ。

 それなら友介は自分の意志で悪を行っていることになる。

 そんな訳がない。俺が正義の味方でヒーローを志しているのは友達である友介なら知らないはずがない。俺が悪を憎んでいることも知っているはずなのだから!

「友介、お前がこんなことするわけがないよな? 今朝言ってたじゃないか。クラスが変わっても普通に接してくれって。上位クラスになったからって下位クラスに好き勝手するような奴じゃないよな?」

「もちろん、そんなことはしないさ」

友介の言葉に安堵する。これは何かの間違いだったのだ。

 だが友介は俺の聞きたくない言葉を続ける。

「だけどコイツは例外だ。俺はコイツに一学期の間、ずっと酷い目に遭わされていたんだ! 俺にはコイツを好き勝手する権利があるんだよ!」

「そんな権利があるはずないだろ! 目を覚ませ! お前まで悪に染まって、俺と対立することをお前は望んでいるのか!」

「正義こそ、コイツと俺、どっちの味方なんだよ! 俺はただ仕返しをしているだけだ! それの何が悪いんだよ!」

そう言って友介は殴り掛かって来た。それを避けずに受ける。勢いが強く、そのまま倒れてしまった。

「俺達は友達で対等だ。殴り返して来いよ!」

「……俺は殴らない。友介の質問に答えるならどちらの味方でもない。俺は正義の味方で悪の敵なんだよ」

「なんでそこまで正義の味方なんだ! 友達の味方になってくれよ! それとも正義にとって俺は小さな存在だったのか?」

「そんな訳あるか。俺に出来た初めての友達だぞ」

「それなら」

「だからこそだ。友達だからこそ厳しくあるべきなんだよ、正義ってのは! 身内贔屓して悪を見逃すようなヒーローに俺はなりたくない! そんなヒーローに俺をさせないでくれよ」

俺の言葉にがっくりとうなだれる友介。

「じゃあせめて殴り返してくれよ。友達をただ殴っただけなんて、俺はいたたまれないよ……」

「いや、やったらやり返していたら相手と同じ立場になってしまう。正義は堕ちてはいけないんだよ。それに殴ったことは気にしていないさ」

頬は痛むが、俺よりも辛そうな友介を見れば責める気にもならない。

「どうしてそんなに正しくあれるんだよ!」

「正しくあろうと思っているからだよ。これは正義の行いかって何度も自問自答を繰り返して、常に正しくあろうとしているからだ」

「……その正義が殴ってくれと望む友達の願いを叶えることは許さないって言っているのか?」

「ああ、その通りだ。罪を許しても良いがそれを俺が罰することは友介の為にならない。悪いことをしたら、ちゃんと苦しむ必要がある」

「……」

俺の言葉を聞き、目を閉じて顔をしかめて口を閉じていた。

 そんな友介の姿は見ていられないし、友達としては殴ってやりたいとも思うが、正義を志す身として情けは許されない。

 俺が殴って友介の罪を軽くする権利は俺には無い。友介が負うべき罪なのだ。

 「……やっぱり正義が友達で俺は良かったよ」

友介は静かにそう呟いた。

 俺の言葉が響いたのだろうか? 俺は今度こそ友達を救えたのか?

 そう安心しかけた時、天使の声が響いた。

『――悪魔が現れました』

こんな時に悪魔か。天使の気持ちも俺としても直ぐに悪魔を倒しに行きたい。

 だけど今は目の前の友人が悪に堕ちるの止めたい。

 それは正義として間違っていないはずだ。

「待ってくれ天使。今は友介のことが」

『悪魔が今宿った相手が友介さんです』

「……は?」

悪魔のこの瞬間に友介に宿ったと天使は言っている。

 悪魔も空気を読んで欲しい所だが、逆に好都合か。悪魔を滅すれば友介の悪意も消滅するのだから。

 「分かった。さっさと悪魔を倒して友介と話しをするんだ!」

変身ポーズも取らない内に辺りは光に包まれた。

 「なあ、本当に今友介に悪魔が宿ったのか?」

精神世界で姿を現している天使に問いかける。いくらなんでもタイミングが良過ぎる。

「本当ですよ! それなら初めから悪魔を滅して友介さんを改心させればいいだけじゃないですか」

「まあ、それもそうか」

 天使は悪魔を滅することを一番に考えている節がある。天使が俺を騙しても天使に得はないように思う。

 疑ってもキリが無いし、今は友介に宿った悪魔を倒すことに専念する。

 今は一分一秒が惜しい。

 俺の正義の拳は既に眩しい程輝いている。

 「現れたら直ぐに悪魔を倒す。そして話の続きをする。きっと友介なら分かってくれる筈だからな」

「――それは出来ません」

「は?」

天使が意味不明なことを言い出した。友介が理解してくれないと言っているのだろうか。

「確かに友介は自分自身でイジメなんて悪事を働いたが、根は良い奴なんだ。人間、誰にだって魔が差すことはあるだろう?」

俺はそんなことは一度も無かったけれど。

「いえ、私が言いたいのはそういうことではありません。友介さんと会話することは出来ないと言ったのです」

「何でだよ。悪魔を浄化したら話しをするだけ……」

そこまで口にしてあるルールを思い出した。

 ――悪魔を浄化された人間からヒーローに関する記憶の全てが消去される。

 つまり俺の記憶が友介から消えることになる。友介から俺という存在が消える。

 それは俺から友達がいなくなることを意味していた。

 ヒーローは孤高だからと強がりを言いつつも友達が欲しいと願い、そしてようやく出来た友達が友達じゃなくなる。

 「悪意させ消えれば悪魔は消えるのか?」

「無理です。悪魔に取り憑かれたら、ヒーローとして悪魔を消滅させるしかありません。どんなに悪意を宿主から消しても、悪魔という悪意が消えることはないからです」

「じゃあ悪魔を倒すしか無いってことか」

そうでなければ友介の悪意はどんどん増加して、取り返しの付かないことになってしまう。それは友達としてもヒーローとしても嫌なことだった。

 それなら迷うことなんて無いはずだ。

 悪魔を倒して友介と初乃を救う。

 きっと悪魔を倒せば友介は改心してイジメを止めてくれるだろう。イジメられていたことによって生まれた悪意は悪魔ともに消えるのだから。

 それが正しいことだと分かっている筈なのに、躊躇いが生まれてしまうのは何でだろうか。

 そんな簡単な答えは分かり切っていた。

 ――友達を失いたくない。

 ただそれだけの理由だった。それだけの理由で拳の輝きが弱って行く。

 こんなことなら友達なんて作らない方が良かったなんて一瞬思いそうになったが、そんなことはない。

 勉強会も放課後の寄道も俺にとってかけがえのない思い出だ。

 そうか。友介の記憶は消え、友介から俺の存在は消えるが、俺から友介の存在と思い出が消えることはない。

 ならそれだけで十分じゃないか。

 孤高だと孤独を誤魔化して来た俺に、友達との思い出が出来たんだ。

 これ以上の何を望むって言うのだ。

 それに俺には正義がある。

 ヒーローになれる程の正義が。

 友介にも言ったじゃないか。俺は誰の味方でもなく、正義の味方だと。

 一つ大きな息を吐き、決心を固める。

 その決意を感じたのか悪魔は姿を現した。

 悪魔と会話することなく、俺は輝く拳を悪魔へと解き放つ。

「――さようなら」

 ――翌日の朝。

 廊下を歩いていると友介とすれ違った。

 友介は俺を見ることもなく、そのまま通り過ぎて行った。

 悪魔を倒した後、友介は初乃に謝罪をしていた。初乃にも友介にしたことの記憶があるからか、初乃も友介に謝っていた。

 その場に俺は必要なかった。二人に気付かれないようにそっと立ち去った。

 これで良かったのだと心の底から思える。

 だけどもやっぱり、心には穴が開いてしまったようにも思う。

 ヒーローとしてまだまだ未熟な証拠だ。


 教室へと入り、クラスメート達と表面上の挨拶を交わして席に着く。

 初乃はまだ登校していないようだった。

 誰とも会話する気にはなれないので、外を眺める。

 蝉の声が聞こえ初め、夏がもう直ぐやって来ることを感じさせていた。

 新緑からも活力を感じさせる。

 夏は明るく元気な季節なのだ。いつまでも落ち込んではいられない。

 だけども、まだ夏までは時間がある。

 せめてそれまでは静かに暗い気持ちで居ても怒られはしないだろう。

 「おはよう」

そう声を掛けられ、肩を叩かれた。挨拶の返事を求めるとは傲慢な奴だと思いつつ、無視をするには正義に反する。

 顔を声の主に向けて「おはよう」と答える。

 初乃はそのまま会話をすることもなく席に着いた。

 そんなに挨拶を返して欲しかったのだろうか。まあ、相手にされないということが悲しいとは知っているが、この学校なら無視なんてされないだろうに。

 ヒーローとしての義務を果たしたのだから、また独り黄昏ていても良いだろう。

 そう思い外へと視線を移すが、それを許すまいと今度は背中を突かれた。

 ……無視は正義に反する。

 少し憂鬱になりながらも振り返る。

 初乃は腕や手を忙しなく触りながら何やらモジモジしていた。

「どうした?」

何か相談事でもあるのだろうか? 友介は昨日浄化した筈だからイジメ等の心配はないと思うが。

 問い掛けても初乃は口を開かずモジモジしていた。

 そして意を決したのか目をギュッと瞑ってから、目を開けた。

「ありがとうね」

 その言葉で暗い気持ちが少し楽になった。

 失ったものばかりに目が行っていたが、救えた存在もちゃんとあったのだ。

 それなら俺はこう答えるしかないだろう。

「気にするな。俺は正義の味方、ヒーローだからな!」

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ヒーローは孤高である 野黒鍵 @yaguro_ken

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