第5話 新しいクラス

試験翌日の朝。

 学校に登校すると昇降口の掲示板前に人だかりが出来ていた。

 遠目に掲示物を確認すると期末試験結果表と書かれていた。翌日の朝には結果が発表されるということは学校側が試験を重要視していることが分かる。試験の内容はマークシートではなく記述式だったので機械的に採点することは出来ないはずなので、もしかすると職員達は徹夜で作業を行ったのかもしれない。それか採点用にアルバイトを雇った可能性もあるが、どちらにしても学校側のやる気を感じる。

 試験結果と書かれているので点数の順位付けだけされているのだと思ったが、新クラスの配属も記載されていた。

 右から順にSクラスの生徒が書かれているので、俺は左から確認した方が早いだろうと左端へと移動した。

 Gクラスの生徒を一人一人確認していくが俺の名前を発見することは出来なかった。同じように友介の名前も確認していたが、Gクラスには配属されていないようだった。

 俺と友介はGよりは上のクラスへと昇級することに成功したようだった。

 その流れでFクラスを確認していくと、そこには俺の名前が記載されていた。

 今の学力で一つクラスが上がっただけでも十分だろうと納得した。

 友介の名前も一緒に確認していたが、Fクラスには名前は無かった。そのままEクラスを見て行くと、そこに友介の名前があった。

 俺がFクラスで友介はEクラスか。クラスは別れてしまったが、お互いに昇級出来たことを祝おう。

 クラスの確認も終わったので、そのままGクラスへと向かうことにした。

 新しいクラスが今期に発表されたが、編成が行われるのは来期だろうと判断したからだった。

 教室に入り自席に着く。隣の席を見ると友介はまだ登校していないようだった。昨日寝不足みたいだったので、今日はゆっくりしているのだろう。

 俺の姿を確認した勉強会メンバーのクラスメートが声を掛けて来た。

「なんだ、正義もGクラスか。まあ勉強会も遅かったしな、来期の昇格試験で頑張ろうぜ」

俺が喜んだりしていないことからGクラスのままだと思ったのだろう。クラスメートは慰めるようにそう言って来た。

 ふふふ、俺は一つ昇級しているのだ。だが、この口ぶりからクラスメートは昇級出来なかったようなので、あまり自慢にならないように気を付けながら答える。

「いや、何とか一つ昇級出来たんだ。来期からはFクラスだからお別れになっちゃうか」

俺がそう答えると目の前のクラスメートは血の気が失せ、顔を強張らせていた。俺がその態度に戸惑いを見せるとクラスメート慌てて答えた。

「あ、そ、そうだったんですね。おめでとうございます」

勉強会で親しくしていたクラスメートが急に余所余所しい態度というより怯えた態度で祝福をしてくれた。

 気付けば談笑していたクラスメート全員が口を閉ざし、真っ直ぐ前を向いていた。

 この状況に関わりたくないと言った様子だった。

 違和感を覚え元クラスメートに確認する。

「もしかしてクラス替えって今日からなのか? 俺の荷物とか教科書は置きっぱなしなんだが。」

「心配いりません。荷物等は既に新しいクラスに配置されている筈なので新クラスで座席を確認して下さい」

「そうだったのか。すまん、そこら辺の説明はされていなかったんだ」

席を立ち、下ろした鞄を再び背負う。黒板を見ると確かに座席表が張られていた。

 今俺が座っている席は違う名前が書かれていた。

 後ろを確認すると俺に席を取られ困っている生徒が居た。

「席に座れなかったか、すまん」

「い、いえ。大丈夫です」

席の持ち主に謝罪をしてGクラスを後にする。俺が教室から出ても談笑の声は聞こえて来なかった。

 どの発言が上位クラスの生徒の癇に障るか分からないから、声を出せないでいるのだろう。

 Gクラスの生徒達、元クラスメートに悪いことをしてしまったな。

 あんなに仲良くとまではいかないが、勉強会をした仲なのにクラスが変わるだけで、あそこまで態度が変わるというのはやはりこの学校のクラス分けによる差別が酷いことを物語っている。

 どこにぶつけていいのか、正体も分からない胸のモヤモヤを抱えてFクラスに向かうことにした。

 やはりクラスメートはクラスメートであって、クラスが変わればクラスメートは元クラスメートになってしまう。

 それは前の学校で感じたクラスメートとの距離とは違った冷たい関係だった。前の学校では、俺は輪に入れなかっただけだったが、この学校ではそもそも輪が存在していない。

 クラスが同じというだけで結ばれた一時的な仲。好きでもなければ嫌いでもない。ただ相手が怖い。クラスが同じなら怖がる必要がないだけという悲しい関係。

 そんなことは転入初日に分かっていたはずなのに、友介に友達と呼ばれ勉強会なんて仲良しが行うイベントに参加して勘違いしてしまっていた。

 転入初日の暗い気持ちを再び思い出していると、目の前に慌てた友介が現れた。

「その様子だとGクラスに行ったな? 悪い、俺が伝え忘れてたから嫌な思いさせちまったな」

息を切らせながら友介は頭を下げて謝罪した。

「いや、友介は悪くないだろう。ただ、Gクラスの生徒達に悪いことをしてしまったよ」

「正義はやっぱり変わらないな。よし暗い話より、明るい話をしようぜ。Fクラスへの昇格おめでとう」

「お、おお。ありがとう。友介もおめでとう。Eクラスなんて凄いな。このまま勉強を続けていたらもっと上位のクラスも狙えるんじゃないか?」

「……どうだろうな。そこまでは俺も考えてなかったな」

上位クラスへの昇級に人一倍意欲を見せていた友介がEクラスよりも上を目指すことを考えていなかったのは意外だった。それに答える時に見せた友介の暗い表情が気にかかった。

「俺の方が上のクラスになっちゃったけど、前と変わらずに接してくれよ? でも学校にいる時は他のクラスメート達がどう思うか分からないから難しいか。放課後とか遊びに行こうぜ」

「ああ、友介がそう願ってくれるならこちらとしても断る理由も無いさ」

お互いにクラスが変わっても態度を変えない友介を見て安心した。友介とは友達でいられると思っていたが、先程の元クラスメートの反応を見てしまったからか、この学校のクラスの違いは絶対的なものだと思ってしまった。

 態度を変えない友介に心の中で感謝して、お互いのクラスへと向かった。

※ヒーローの記憶が消える話しをしているか確認

 教室の前に立ち扉を開けようとした時、転入初日のことを思い出してた。

 クラスが変わり見知った生徒が誰もいない状況になるというのは、転校した時と変わらない気がする。

 転校から「別れ」と「出会い」を想像していたが、今は「出会い」ということに期待は持てなかった。確かに友介という初めの友人は出来たが、それは悪魔の取り憑かれた生徒によって友介がイジメられるという稀なケースであり、本来であれば先程のクラスメート達同様にあくまでクラスメートで終わってしまう。クラスの終わりがクラスメートとの関係の終わりを示しているのは実証済みだ。

 それなら俺は正義の味方、ヒーローであろうと思う。

 ヒーローは孤高なのだから、友達が出来なくても寂しくは無い。むしろそれが当然で、今までもそうだったのだ。

 この学校に来て本当のヒーローになれたこと、友達が出来たことで俺の中に変化が起きているのかもしれないが、俺はヒーローで孤高なのだと改めて認識し、教室の扉を開ける。

 新たなクラスメート達は入って来た俺の顔をチラりと確認するが、それ以上の視線は感じなかった。

 俺もざっと教室を確認するがGクラスから昇級して来た生徒は俺だけのようだった。もしかしたらいるのかもしれないが、俺が分からないのであれば、それは意味の無いことだろう。

 黒板に書かれた座席表を見て、自席を確認する。窓際の後ろから二番目。友達のいない身としては窓際、しかも後列はありがたい。

 中央寄りの席だとどうしても周りの生徒達の存在が気になり、肩身の狭い思いをするが、端の後列であればそんな思いはしなくて済む。手持無沙汰になれば外を見ていれば時間は潰せるし、視線も気にならない。

 まあ、この学校であればそんな思いもすることは無いだろうけど。表面的な付き合いで浮くことは無いだろうし、生徒間で距離を取り合っているからだ。

 むしろ友達を作れない人間にとっては好都合な場所なのかもしれない。そう思いながら席に向かっていると、やはりすれ違うクラスメート全員に気持ちの良い挨拶された。

 この学校では深い関係にはなれないが、一人になることはない。それは良いことなのかもしれない。


 席に着き引き出しを確認すると、前日までの荷物が確かに入っていた。机をそのまま移動したのだろう。

 早速手持ち無沙汰になり外でも見るかと思っていると、挨拶がこちらに向かってやって来ていた。

 どうやら俺の後ろの席の生徒が登校して来たらしい。俺も周りに伴い顔を上げて挨拶をしようとした。

 ――蝙蝠の悪魔。

 いや、正確には悪魔の元宿主だった。

 友介をイジメ、俺を拘束していた女子生徒だった。

 一瞬、声を出すのが止まって顔を凝視してしまった。それを見た女子生徒は掌で顔を触り出した。

「何か顔に付いてる?」

あちこち触りながら顔を傾げて聞いて来た。

「あ、いや。挨拶って何て言えばいいのか忘れてしまって」

咄嗟にそんな嘘を吐いてしまった。

「何それ、変なの。今は「おはよう」だよ」

小さく笑って答えてくれた。どうやら俺のことは覚えていないらしい。

「そうだったな、おはよう」

「君、面白いね。えっと名前は一心正義君か。変わった名前だね」

女子生徒は席に着き黒板で俺の名前を確認していた。

「えっと、君は」

「初乃のだよ。宮本初乃みやもとはつの。これからよろしくね」

俺が名前を確認する前に名乗られた。悪魔に取り憑かれた女子生徒は初乃という名前らしい。

 イジメていた対象が友介だったから俺のことは覚えていないのかと思ったが、天使がそこで口を開いた。

『ヒーローに関する記憶は悪魔を滅した時、同時に消されます』

「どういうことだ? なんで宿主から俺の記憶が消えるんだ?」

周りに聞こえないように小声で天使に答える。

『二人目の悪魔のようにそもそも宿主と接触していない場合は問題無いのですが、彼女ように現実世界で接触している場合、ヒーローに危険が及ぶ可能性があるからです。そのための防衛機構だと思って下さい』

「これもヒーロールールの一つなのか?」

『そうです。ルールですので例外はありません。廊下ですれ違っただけとか、転入して来た生徒が居る等の小さなことでも、宿主に正義さんに関する記憶があれば消去されます』

ヒーローがフルフェイスなのも顔を隠す為だろうし、ヒーローを守るためなら何でもするということだろうか。

 だから俺を見ても初乃は初対面の反応をしているのだろう。困ることも無いし、むしろ助かる。

 後ろめたいことは無いが、俺のことを覚えていたら初乃は俺が近くにいることで気まずい思いをし続けてしまう。

 それが避けられるのなら俺の記憶が消えることは喜ぶべきことだろう。

 その人から俺の記憶が消えるというのは存在を消されるような気がしてゾッとしないでもないが、ヒーローならば受け入れるべきことだろう。

 その後、担任が来るまで外の景色を見ることはなく、近くのクラスメート達と当たり障りのない話をしていた。

 食堂で昼食を食べ終えて教室に戻ると初乃は席に居なかった。

 他の生徒達は既に席に着いているようで、初乃を除くと俺が最後だった。

 初乃が席にいないということが少し不安になった。悪魔に取り憑かれていたとはいえ、多少なりの悪意は持っていたのだ。

 今こうして席に着いていないのも、元クラスメートをまたイジメているのではないかと考えてしまう。

 その時ある考えが浮かんだ。

 腕枕をして顔を突っ伏して天使に問いかける。

「天使、聞こえるか? 一度取り憑かれた生徒はまた取り憑かれることってあるのか?」

もしそれが有り得るのなら、悪意が生まれやすい生徒は何度も悪魔に取り憑かれることになってしまう。

『もちろん何度でも取り憑かれる可能性はあります。ただ、悪魔を浄化したばかりであれば、可能性は低いと思います。正義さんが滅した悪魔は宿主の悪意の具現化です。つまりその宿主に存在していた悪意を全て浄化していることになります。悪意のない正義さんのような生徒には悪魔は取り憑けません』

それなら初乃に取り憑く可能性は低いということになる。それなら初乃がまた悪事を行っている可能性は低いか。

 悪魔についての知識を深めていると、前にも気になった疑問が再び浮上して来た。

 ――俺の正義は天使によって増加されたものなのか。

 今まで自分の正義を振りかざして歩んで来た人生が、天使によってもたらされたのではないか。

 もしそうなら俺は天使によって振り回され、友達のいない悲しい人生を送って来たことになる。

 ヒーローが孤高なのは仕方ないとしても、一言くらい文句を言ってもバチは当たらないだろう。

「……なあ、お前が俺に宿ったのはいつなんだ?」

率直に尋ねることが怖くて、咄嗟にそう聞いてしまった。

 ただ、咄嗟に聞いた内容にしては上手いなと我ながら思う。ずっと昔、俺が自称正義の使者として暴れ回っていた時期より前なら俺の正義感は天使による作用が大きいはずだ。

 『私が正義さんのもとを訪れたのは最近ですよ? あの蝙蝠の悪魔と対峙した時ですからね』

「あ、ああ。あの瞬間だったのか」

嫌な予感は外れ、天使は昔には俺に宿ってはいなかったようだ。

 でも考えてみれば昔の俺は正しかったのかもしれないが、それが正義かと問われると肯定することは難しい。

 あれは正義の名を使った独裁のようなものだったんだろうと今の俺なら思える。

 やはり俺の暴走した正義を止めたあの子は凄かったんだなあとしみじみと思う。

『そもそも私達天使はヒーローになれるほどの正義を心に秘めた方にしか宿ることは出来ません。理不尽な悪と対面して正義さんの心にある正義がヒーローになれるほど輝いたのです』

「……ヒーローは悪がいないと存在出来ないってことなのかもしれないな」

正す悪がいなければヒーローは必要ない。だからこそヒーローには悪が必要なのかもしれないと考えたこともある。

 だけど世界には望もうと望むまいと悪ははびこっているのだ。だからヒーローは必要なのだ。


 独りヒーローについて考えていると後ろから物音が聞こえた。

 どうやら初乃が席に戻ったらしい。

 天使の話では直ぐに取り憑くことは少ないらしいが、可能性はゼロじゃない。

 元宿主で、悪魔に取り憑かれていた姿を見ていたからか、初乃の様子が気になった。

 普段ならそんなことはしないのだが、ふと振り返って初乃を見てみた。

 ――初乃は顔に出来た傷を指先で触って痛そうに顔をしかめていた。

「あはは、顔になんか付いちゃったね」

今朝の流れをくんでそう言った初乃は痛々しかった。

 確かに悪魔に取り憑かれていたとは友介をイジメていたのは許せないと思ったが、女の子が顔に擦り傷を負う姿は見ていて気持ちの良いものではない。そもそも酷い目に遭って欲しいなんて思っていなかった。

 悪を憎んで人を憎まず。ヒーローとはそうあるべきだと思って生活していたのだ。初乃自身を恨んだことなんて無いのだ。

「……これ使えよ」

きっと何があったか聞いても答えてはくれないだろう。

 この学校は友達が出来ない人間には良い所かもしれないと思ったが、そんなことは無かった。

 友達にこんな酷いことはしない。誰であっても自分とは距離のある相手だからこそ、理不尽なことや酷いことが出来るのだ。

 そんなことは友介がイジメられていた現場を見て気付いていたはずなのに……。

「あ、うん。ありがとう」

俺が渡した絆創膏を見て一瞬驚いていたが、受け取って弱々しく笑っていた。

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