第4話 昇格試験

今日の授業が全て終わり、帰り支度をしていると友介がノートを取り出しているのが見えた。

「友介は残って勉強か?」

今朝も早くから学校に来て勉強していた友介だが、放課後も残って勉強するようだ。

「やっぱり家だと色々と誘惑があって勉強が捗らないからな。図書館とかでもいいけど、逆に静か過ぎるのが気になってな」

「期末試験に向けてやる気十分って感じか」

「まあ、いつまでもGクラスってのもな。正義は昇格には興味無いのか?」

「うーん、どうだろう。そもそもクラス替えのことも今日細かく聞いたばかりで考えたこともなかったからな」

腕を組み考えてみるが、上位のクラスになることに対して興味は無い。

 俺にとって重要なのはどのクラスになるかより、正義を大事にすることだ。

 ヒーローとしての活動について考えてみても、今のクラスのままで支障はない。

 実際に正義を執行する時は、精神世界で行うわけで、現実世界の俺がどうであるかは関係無い。

 だが、そこまで考えて別の考えも浮かんで来た。

 ヒーローとしては確かに問題無いが、現実世界のこの学校で悪魔が関与していない悪が存在する場合はどうだろうか。

 その際の加害者は間違いなく上位クラスの生徒になる。そもそも友介がイジメの被害に遭った時も、相手は上位の生徒だった。悪魔に取り憑かれたとしても、上位のクラスに対して何かをするということは考えにくい。どんな理由があるにしろ、悪意を上位クラスの生徒にぶつけた瞬間に退学になってしまうからだ。

 悪魔が絡んでいるにしろいないにしろ、被害に遭うのは下位クラス、つまり弱者ということになる。悪魔が関係しているのであればヒーローとして戦えるが、そうではない場合は下位クラスに所属していると被害者を助けることが出来ない。

 友介がイジメに遭っていた時、あれが悪魔に取り憑かれていない生徒だったなら友介を救うことは出来なかった。

 俺が現実世界でもヒーローであるためには上位のクラスに所属している必要がある。

「それでもやっぱり昇格したいかな」

だから友介の問いにはそう答えた。

「……それは上位のクラスに所属して好き勝手って、そんな訳無いか」

「当たり前だ。そんなことのために上位クラスを目指そうとするか。正義は常に上昇志向なだけだ」

上位クラスに所属して下位クラスを守りたい、なんて少し自分勝手な正義というかおしつけがましい気がして口に出来なかった。

「まあ正義ならそう言うと思ったよ」

そんな俺の心情を察してか否か、友介は笑みを浮かべていた。

「それなら残って一緒に勉強しようぜ」

俺も家に帰ってから勉強しないといけないなと思いつつ帰り支度を再開しようとした時、友介にそう声を掛けられた。

「え、俺に言ってる?」

一瞬、他の誰かと会話しているんだろうなと思っていると友介は俺を見ていた。

 俺に話しかけているとは思わなかったので咄嗟にそう答えてしまった。

「いや、嫌なら良いんだが」

昼休みの時と同様に失礼な返答をしてしまったため、友介が「無理には言わないけど」と申し訳なさそうに言っていた。

「違うんだ。そういう友達みたいな誘われ方に慣れてなくてな。俺に言っているとは思わなくて」

複雑な表情を浮かべている友介に慌てて弁明を口にする。

「友達みたいって俺達友達じゃないのか?」

「ええ? 俺達って友達だったのか?」

友介の何気ない発言に驚いてしまった。

 俺はいつの間にか友達が出来ていたようだった。

「少なくとも俺は友達だと思っているよ」

「そ、そうなのか。俺にも遂に友達が出来たのか……」

「遂にって大袈裟だな。前の学校にも友達はいたんだろ?」

「いや、俺に友達がいたことはないぞ。クラスメートはいたけど」

「あー、そう、か。いや、変なこと聞いて悪かったな」

まさか友達が出来たことがないとは思っていなかったようで、友介は心底申し訳なさそうに頭を下げていた。

「いや、まあ、うん。気にするな」

こういう時に気の利いたことが言えればなあと自分の口下手さが悔やまれる。

 気にしていないわけじゃないが今の言い方では滅茶苦茶気にしているように聞こえないかと心配になった。

 二人の間に気まずい空気が流れようとした時、数人のクラスメートが話しかけて来た。

「残って勉強するんだろ? 俺達もそのつもりだから皆でミニ勉強会でもやろうよ」

話し掛けられたのは勿論友介だった。俺が転入する前で友介がイジメに遭う前は、こんな感じでクラスメート達と仲良くしていたんだろうな。この状況で俺は邪魔じゃないかと思ったので、帰り支度をしようとした時、友介に声を掛けられた。

「俺は良いけど正義はどう?」

「え、どう? とは?」

「皆で勉強会しないか? ってこと」

「うん? 俺に何か関係が?」

「いやいや、当たり前だろ。俺がまず正義を誘ったんだから」

どうやら友介と勉強することは決まっていたようで、その中にクラスメートを混ぜてもいいか、という許可を俺に求めているらしい。

 そんなの答えるまでも無く良いに決まっている。

「もちろんヒーローは誰でも歓迎するからな!」

俺が友介にそう答えると、クラスメート達は笑い出した。

「そういえば正義君は転入初日にも同じようなこと言ってたね。それは持ちギャグみたいな感じ?」

普段の俺なら一瞬で怒る発言をしたクラスメート達だったが、友介の友達だろうし勉強会を今からやるのだから、ここで俺が怒ってしまっては場の空気が悪くなってしまう。

 そんなことを考えるようになったのは友介に友達と呼ばれたからだろうか。

 正義を馬鹿にされて笑っていてはいけない。

 そうでないと今まで貫いて来た正義がぶれてしまう。

「おい、そうやって茶化すなよ。人の好みを馬鹿にするな」

俺が口を開こうとした時、何故か友介が先に怒り出した。

「あ、いや。そういうつもりじゃないんだ。気分を害したなら謝るよ」

友介とクラスメートの間に重い空気が流れようとしていた。

 友介が俺を庇う理由は思いつかない。だけど正義を庇ってくれたことには報いなければならない。

「おいおい、友介も初日に似たようなこと言ってただろ?」

「それは内緒にしてくれよ。俺の立つ瀬がないぜ」

俺の意図をくんだのか、友介は軽い口調で返して来た。

「なんだ、友介も同じじゃんか」

一瞬重い空気が流れそうになったが、今のやりとりで和やかな雰囲気に戻った。

 クラスメート達は机をくっつけて勉強会が出来るようにしていた。

 俺もそれにならって自分の机を友介の机とくっつけた。

 机を移動しながら、友介が何故クラスメートに食って掛かったのかが少し気になった。

 その後の勉強会は特に揉めることなく、一人で勉強するよりも効率が良かった。

 分からない問題があれば互いに教え合うことが出来た。放課後に残って勉強するくらいの情熱があるクラスメート達だったので、学力のレベルは高かった。だけどもやはりGクラスだからか、一年の範囲が精一杯だった。

 その点友介は二年の範囲にも手を付けているらしく、勉強会の中で一番優秀だった。昇級することに一番意欲的なのも友介だった。

 やはり先日の上位クラスから受けたイジメが原因だろうか。

 最下位クラスでいるうちはクラスメートしか対等に話せる存在がいない。つまり、クラスメート以外から不当な扱いを受ける可能性があるのだ。Gクラスでいたいという生徒はいないだろう。

 勉強会を終えて下校する際、友介に声を掛けられた。

「お疲れ。一緒に帰ろうぜ」

念の為辺りを見渡し俺に言っていることを確信してから答える。

「ああ、いいぞ」

「……お前、どんな生活を送って来たんだよ」

友介は苦笑いを浮かべながら俺の行動を見ていた。

「いやいや、誘ってない相手が反応しちゃった時はお互いに嫌な思いするんだぞ? 俺が嫌な思いをするのはいいけど、勘違いさせちゃった側も被害者だぜ? 勘違いさせちゃった手前、俺も誘わないと悪いかなって顔をさせるのは俺も辛いぞ」

「あー、うん。何があったのかは聞かないでおくわ」

俺の力説に友介は目を閉じて掌をこちらに向けて、俺が悪かったと言っていた。

「勉強会も疲れたし帰りにどっか寄って行こうぜ」

友介は話題を変えて寄道を提案して来た。

 流石にここまで来ると違和感を覚えずにはいられなかった。昼食から始まって勉強会に寄道。昨日まではそんなことを言って来なかった友介がここまで親しくして来るのには何か理由があるのではないか。

「どうした? 何か困っていることとか悩みがあるなら聞くぞ? ヒーローは無償で動くものだからな」

「あー、いや。そういう訳じゃないんだ」

友介はバツが悪そうに指で頬を掻いて苦笑いを浮かべていた。

 どうやら俺の考えは外れたらしい。てっきり何か困ったことや相談したいことがあったから仲良くして来たのだと思ったのだが、そうじゃないらしい。

 俺としてはそれでも良い。ヒーローは頼られてなんぼだからな。……強がりではなく本心で。ただちょっと友達という言葉に舞い上がっていたのは否めない。

「そのなんだ。俺も人の事言えないんだけどな。俺もクラスメート達はクラスメートにしか思ってないんだよ。クラスなんて直ぐに変わるし、クラスが変わってしまえば関係も変わる。昨日の友達は明日の敵なんてことになっちまう」

それはこの学校にいる生徒達全員が思っていることだろう。俺ですら昇級制と学校の暗黙のルールを聞いただけでその発想に至ったのだ。一貫してこの学校にいた生徒なら、なおさらそのことを感じているだろう。

「それで昨日もいつものように上位クラスの奴に呼び出されて酷い目に遭わされそうになってたさ。もう当たり前のことだと割り切ってたんだけど、そこに正義が助けに来てくれただろう? 俺との付き合いなんて席が隣で少し話した位の関係だったのに。嬉しかったんだ、ありがとう」

友介の告白に嬉しいような恥ずかしいような感情が湧いて来て、体が少しかゆくなって来た。

 同性のクラスメートに感謝されるってのは初めての経験だ。しかもこんなにこそばゆいものだとは思わなかった。

 これも俺がヒーローとして未熟だからだな。

「いや、良いんだ。その、結局は友介を酷い目に遭わせてしまったしな」

ヒーローとして悪魔を倒せたが、俺自身は友介を救えなかったのだから、本来は感謝なんて受ける筋合いじゃないんだ。

 浮かれた心を戒める。俺は天使に力を貰っただけで、俺自身は無力なんだから……。

 それに俺の正義感も天使によって強くされただけかもしれないのだ。

 常に謙虚であるべきだ。

 ヒーローが浮かれてはいけない。

「助けに来てくれたことだけで嬉しいんだよ。そんな経験一度も無かったからな。まあ、そのお前とは仲良くしたいなって思ってるだけで他意はないんだ。俺に恥ずかしいこと言わせたんだから付き合えよ?」

照れ隠しだろうか友介は俺の背中を思い切り叩いて笑っていた。

「よし、どこでも付き合ってやる」

「じゃあ気晴らしにボーリングでも行くか!」

「任せろ! ボーリングは一人で出来るスポーツだからな。俺はかなり上手いぞ?」

ボーリングの素振りをしながら決め顔をして友介に答える。

「……なんか、悪いな」

「いや! なんで謝るんだよ」

湿っぽい話しになっちゃったな、と友介は手刀を切って謝っていた。

 全然湿っぽい話しじゃないんだが。

 期末試験までの放課後は毎日残って勉強会に参加し、その後は友介と寄道をする日々を送っていた。

 初めて出来た友達との生活は経験のないことばかりで楽しい。

 やっと俺にも友達と放課後を過ごすという学生らしい生活を送ることが出来たのだ。

  ここ数日は悪魔の反応も無いようで天使も大人しくしていた。

 天使は悪魔絡みの時にしか自主的に活動しないので、ここ数日は勉強に集中していた。天使も勉強の邪魔にならないようにと気を使ってくれたのかもしれない。それか初めて出来た友達との時間を邪魔しないようにか。

 いずれにしても、ここ数日は充実した日々を過ごして、今日の試験を迎えることが出来た。

 睡眠もしっかり取れたし、体調も万全。今日を逃したら最高のコンディションは無いと言ってもいい。

 ただ勉強の方は二年の範囲を網羅することは出来なかった。試験に向けて勉強するのが遅すぎたのが原因だ。

 そもそも転入初日から勉強していても友介の学力には追いつけなかっただろう。おそらく学期のかなり初めの方から勉強していたのだろう。そのことからも友介の昇級に関する意気込みがうかがえる。

 登校し教室に入るとクラスは試験の緊張からか重い空気が流れていた。いつもなら近くの席の生徒同士で会話をしているのに、今日は皆教科書や参考書を開いて最後の復習をしていた。

 席に着くと既に友介は登校しており、クラスメート達と同様に最後の復習に取り組んでいた。

「おはよう、今日も早いな」

「おう、おはよう。今日が試験当日だから。緊張してあんまり寝れなくて、早めに登校しちゃったよ」

挨拶を返し手を止め、伸びをしながら友介は答えた。顔を見ると寝不足なのか目がいつもより開いていない気がする。

 今日の日の為に一番努力したのも昇級に対する意気込みも人一倍強かった友介だから、緊張もひときわ大きいのだろう。

「ここまで頑張って来たんだ。落ち着いてやれば結果は必ず返って来るさ」

「そうだな。正義も短い期間の内に頑張ってたからな。何個かは上がれるといいな」

「ああ。じゃあ俺も最後の足掻きと行こうかな」

そう言って俺も一限の試験科目の復習を始める。

 ――試験開始まで後僅か。


 「今日は期末試験だ。知っての通り試験の結果によって来期のクラスが変わるからな。全力で取り組むように。じゃあアンケート用紙を配るから記入して提出しろ」

 担任が教室に入って来るなりアンケート用紙を配り始めた。

 その内容を確認すると自分が受ける試験にチェックを入れるようだった。

 勉学、芸術、運動の項目が設けられているが、勉学にだけチェックを入れる。

 芸術は論外として運動は得意な方だが、それだけで昇級出来るような能力は持ち合わせていない。

 もしかしたらという淡い希望で運動試験を受験し、疲労してしまっては準備して来た勉学試験に全力で取り組めなくなる可能性がある。

 それならば勉学一本に絞った方が昇級する可能性が高いだろうという判断だ。

 友介も同じ考えのようで横目で確認すると勉学にのみチェックを入れていた。

 必要事項を記入しアンケートを提出する。

 生徒全員分を回収し終えると担任は再び口を開いた。

「よし、じゃあ勉学試験を受験する者は教室に残ること。非受験者は開始まで退出するように。運動試験希望者は午後から開始だからな」

それだけ告げると担任は教室を後にした。

 もちろん俺は勉学試験を受けるので教室に残り、試験開始を待つことになる。

 友介を見ると大きく溜め息を吐いて緊張を緩和しようとしていた。

「お互い悔いの無いように頑張ろう」

「ああ!」

俺の言葉に力強く友介が答える。

 「さあ、試験を始めるぞ」

科目担当の教師が教室に入って来て問題用紙と回答用紙を配り始めた。

 ――期末試験の幕が切って落とされた。

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