第5話


「……」

「どうされましたか、キリエ王女殿下。何か分からない点でも?」

「あ、ええと……」

 朝食を終えて少し後、やってきた家庭教師であるメリー先生について教科書を開くと私は困惑した。だって私の知っている世界情勢ではないんだもん。

「さ、サンライズ王国っていつなくなったんでしたっけ」

「おや、教えていないのに国名を知っていましたか」

 メリー先生は驚きながらも教えてくれた。サンライズ王国は八百年前くらいにアストラル帝国の従属国であったけど、とあるクーデターで王族が倒されたことで天変地異が起り壊滅的な打撃を受け、その後アストラル国によって完全吸収されてなくなってしまったんだって。

(は、八百年!?)

 私は呆然とした。八百年も経っていると思わなかったのは調度品とかみんなの衣装とかに対して変化が無かった上に、周りに見知った顔が多かったからだ。だからてっきり時間が巻き戻ったのかと思った。それが、そうじゃなかった。

(私、まだ混乱してるんだ)

 ちゃんと六歳のキリエの記憶があるはずなのに情報に齟齬が生まれてる。それは木登りに失敗して落ちたときに多少なりとも頭を打って思い出した前世のキリエの記憶に引きずられすぎているせいなんだろう。

「サンライズ王国の最後の女王はアストラル帝国の王女でもございました。そしてとても美しく愛らしい誰からも愛される慈悲深い方だったようです。それなのに……女王陛下を認められなかった一部の者達による暴挙ではかなく散ってしまいました。それを当時のアストラル帝国皇帝は勿論、当のサンライズ王国の国民たちの大部分も嘆き悲しんだそうです。そこへ突然の天変地異が起り益々革命軍という名のテロリストたちに批判が集中し、彼らが祭り上げていた首謀者の女と仲間達が処刑されて帝国の完全領土となったそうです」

 女帝は嘆き悲しみ娘の仇討ちとして首謀者たちに凄惨なる罰を下したという。詳細が表に出せないほどのことをされたというが、多くの人がやり過ぎだと言わなかったらしい。それくらい女王は愛されていた。

「元王国は、帝国の何処にあたるんでしょう?」

「今で言う海を隔てたライズ侯爵領、クロノス伯爵領にございますね」

 珍しく質問をぶつける私にメリー先生は上機嫌に教えてくれた。場所は変わってないみたい。ライズ侯爵領は先々代の王の親族であるレムールさまに王位継承権を放棄してもらう代わりに与えた領土だったはず。そしてクロノス伯爵家。規模で言えば侯爵と名乗っても差し支えないほどの領土を持っているのに頑なに伯爵位以上を欲しない当主さまの考えで領土と爵位が合っていないと評判なのよね。

(むしろ爵位とか領土とかいらないって言ってるのよね)

 普段はデビストお兄様を大人にした風貌で優しくて気のいいおじさまである伯爵を思い出して私はひっそりと笑う。

「当時の詳細な資料は暗黒時代にて殆ど消失してしまって大まかなことしか分かっていません。けれども見つかった一部の貴族による日記や記録の断片から先ほど私がお伝えした内容は間違いないことだと言われています」

「そうなんですね」

 まあ、おおむね正しいって言うか正しいです。そんなことは言えないから曖昧に濁すしか無い。

「それにしてもキリエさま。何をお読みになったのか分かりませんが、古代王国といっても差し支えない国をよくご存じでしたね。我が国の歴史を学ぶ上では学ばなければならない国ですが……やっと勉学に目覚めてくださったのですね」

「あ、あはは」

 愛想笑いっていうのか、とにかくも笑って誤魔化すしかない。まさか私が八百年前の、そのテロリストと呼ばれるメンバーで、祭り上げられていた張本人の生まれ変わりですなんて言えるはずが無い。何か病気か何かを疑われるのがオチだ。

(あの夢は妄想なんかじゃない)

 それは元々確信してたけど、これで確実なものになった。

 私は、何の因果か自分が殺した女王と双子の妹として生まれ、あれだけ憎むように言われていたアストラル帝国の王女として八百年後の世界にいる。


*********


 私が生まれた時代には、わずかに精霊信仰が残っていたし、魔法士と呼ばれる魔法という不思議な力を使う人たちが割といた。 八百年経った今はすっかり精霊は物語の中の妄想の産物とされていて、魔法士と呼ばれる人たちは稀少になっている。現在認められている魔法士だって己の魔力だったり魔力を込められた道具を操って「魔法」を扱うらしい。精霊の声が聞こえる人は殆どいないらしい。

 魔法士の有名な人が言うには、私たちにはみんな生まれながらに魔法を使う魔力があるらしくて、その魔力の大きさと属性で髪の色と目の色が決まるんだって。私とラナンは赤みを帯びたオレンジ色で、これは今はないサンライズ王国の王族によく現れた色。つまり精霊に愛され、精霊の力を借りることができる力の持ち主だそうで。特に赤みを帯びてるってことはかなり力が強いらしい。

 次にスレイ兄様と母様は銀髪だけど、銀髪は「月の眷属に愛された者」ってことで闇の精霊や夜の精霊と相性がいいらしい。お母様は赤い瞳で魔力がすごく強いらしい。スレイ兄様は緑の瞳で、月の眷属以外にも好かれる色でそこそこ魔力があるらしい。

 そしてお父様はオレンジの髪ってことで私とラナンと同じ。大体の精霊と相性がいい。緑の瞳だから余計にね。

「相性がいい精霊が分かれば、それが自ずと自分の属性ということになる……なるほど?」

 私はメリー先生の出した魔法基礎学の宿題をこなすために城内の図書室に来ていた。ここは紹介状を持った人とお城に務めている人しか利用できない。更に奥にある書庫は国が許可した研究者や管理している司書さん、一級魔法士じゃないと入れない。まあ、ここを利用している人は王族や王族に近くてよく城に出入りしている貴族の子女や子息くらいなんだけど。一般の人は街にある王立図書館に行く方が楽だし。ここにしかない書物も勿論あるけど、そんなのを必要とするのって魔法を本格的に研究してる人とか軍隊の人とかくらいだから一般市民にはほぼ無縁。だから大体この城の図書室に来るのは私とラナン、スレイ兄様とデビストお兄様のようにお城に務めている貴族の子供達くらい。奥の書庫には別に入り口があるし二十四時間交代で見張りと複雑な侵入者を弾くための魔法が施されてるらしいから図書室は大体貸し切り状態よね。だから静かに課題をするにはうってつけの場所。そこに扉を開けて入ってきたのは課題らしい私よりは幾分も少ない紙束を抱えたラナンだった。

「あ、キリエもいたんだね」

 嬉しそうに私の前の席に座ったラナンは、私が読んでいた本をのぞき込む。

「あ、それ後で貸して。私も魔法基礎学の宿題が出たの」

「そうなの。いいわよ。だけどちょっと待って。ここのページまで読んでからね」

「うん。ゆっくりでいいよ。別の課題から始めておくから」

 そう言うとラナンは言った通り別の課題を選んで広げた。歴史から始めることにしたらしい。

「どこの時代のものをしてるの?」

「今はね、暗黒時代だよ」

「私も丁度そこの時代をしてるわ。いい本見つけたら私にも貸して」

「うん」

 双子だし、こうして進度は変わらないようなんだから二人いっぺんに同じ先生に習わせればいいのにお母様の方針で違う先生に習ってる。なんでもお互いの勉強の出来を気にして勉強に集中できなくなったら意味が無いから、なんですって。まあ、一利ある……かもしれない。

「キリエはいっぱい勉強できてすごいよね」

「違うわよ。メリー先生が特別厳しくて課題を沢山出すからよ」

 おまけに今回は母様に言われたからいつもの倍出されたから大きめの机の半分が課題のプリントで埋まってる。どういうことよ、ほんと。私、まだ六歳なのに。

「でもメリー先生ってアカデミアでも先生をしているくらいの人でしょ? キリエが優秀だから張り切ってるんだよ」

「は……? あ、アカデミア?」

 アカデミアとは、世界各国の優秀な研究者、技術者が集められ優秀な学生に対して門戸を開いた学問を学ぶ上では最高峰の教育機関と聞いている。歴史も古く、文字を読み書きできる子供でも知っているほどの有名な学問の学び舎。学ぶにはアカデミア卒業生か各国に設置されているアカデミア進学を許可されている学校からの推薦状が必要らしい。その推薦状も滅多にもらえるものではないし、卒業生は大体がアカデミアに残って研究者か技術者、もしくは各専門分野のエキスパートとして世界中で活躍する人材になっているはずなので知り合う機会なんてそうない。

「な、なんて人を家庭教師にしてんのよ、お母様は……」

「お母様がアカデミア出身だからじゃない?」

 何てことの無いように告げられる新事実に私は思わず机に頭をぶつけた。ラナンが心配する声をかけてくれるが気にしている余裕なんてない。今日は衝撃的なことを知りすぎた。六歳児の頭は熱が出そうよ。

 だけど衝撃の出来事はこれだけで終わらなかった。

「こ、婚約者……?」

 夜。夕食を終えて団らんしていたら唐突に告げられた。私に婚約者ができる、かもしれないらしい。

「別に断ってもいいのよ。あなたの歳で婚約者を持っていても確かに可笑しくは無いけれどまだあなたは幼いから」

 お母様の言葉に私は、隣に座るラナンを見る。ラナンもびっくりしているみたいでさすがにこれは知らなかったみたい。

「是非ともキリエを、とのことなのよ。去年の誕生日パーティであなたを気に入ったみたいね」

「ち、ちなみにどなたでしょう?」

 恐る恐る尋ねれば、お母様は何てことの無いように食後のコーヒーを優雅に飲みながらつげてきた。

「ダルム王国第二王子、ラグナ殿下よ」

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私が私を見つける話 茶甫 @chabosan

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