第2話
次に目を覚ました時、私はふかふかの毛布に包まれたベッドの中にいた。ぼうっとしたまま周囲を見回せば、高そうな調度品に囲まれている。そんな調度品に紛れて子供らしいぬいぐるみだったり絵本が乱雑に高そうな棚に詰め込まれていてアンバランスだなと感じる。
(ここは……ああ、そうだ。私とラナンの部屋だ)
ラナン、ラナンキュラスは私の双子の姉だ。思い出した。
(でもさっきの夢は……?)
女王ラナンキュラスを処刑した途端に起った地獄。そしてその地獄で私は――
一人で考えに沈んでいると唐突にノックの音が聞こえてきた。私が慌てて返事をすれば扉から入ってきたのはラナンと彼女より年がいくつか上の青年二人。
「キリエ! 起きた?」
嬉しそうに笑顔でこちらへ向かってきたラナンは起き上がった私の傍までくると愛らしい顔を近づけて私をじっと見つめてくる。
「うん、もう大丈夫みたいだね」
笑顔で告げる彼女の後ろから青年二人も顔を覗かせる。
「キリエ、元気なのはいいが木登りはやめろ。奇跡的に目立った怪我をしてなくて良かったが一歩間違えば大変なことになっていたぞ」
「ご、ごめんなさい。スレイ兄さま」
心配しながらも厳しめに告げてきたのは私たちの三つ上の兄、スレイ兄さま。幼ながらも整った顔立ちに銀色の髪と青い瞳の彼は母様の死別した前の旦那さんとの間の子で母様が後見人となることでこの年で既に子爵を名乗ってる。
「まあまあ……それくらいにしときましょう。大した怪我が無くて良かった」
「で、デビストお兄様」
私は思わず頬を染めた。彼は兄、スレイ兄さまの親友にして将来は右腕候補であるクロノス伯爵家の跡取り。彼はどことなくスレイ兄様に似ている顔立ちで違うのは髪の色と瞳の色。黒髪に美しい紫の瞳をしている。彼のお父上は母様の親衛隊である「王の盾」と呼ばれる精鋭で副隊長を務めている。剣の腕においてこの国では敵がいないと言われているほど。彼は私の初恋の人であこがれの人だ。
「ごめんなさい、心配かけて。わざわざお見舞いにきてくださったの?」
「ラナンがキリエが大変だって母様達のお茶会に飛び込んで来たからな。後で母様の説教だ。覚悟しておけよ」
「ひえ……」
なんだってお茶会に飛び込んじゃうのよ。でも庭から一番近い場所で大人達が集まってるとしたらそこしかないか。ある意味懸命な判断だったんだろうけど私にとっちゃ災難だわ。
(あれ……でも母様の名前って)
ふと母様の話題が出て考える。私が思い出そうとしたとき再びノックの音が響いた。私の返事を聞かないままラナンが元気よく返事をしてしまった。同時に開いた扉の向こうでは銀髪に赤い瞳の恐ろしく美しい女性、レオナ=アストラル皇帝がそこにいた。
*********
結論から言えば私は母様にこっぴどく叱られた。
「元気なのはいいことです。けれども限度があります」
腰まで届く長い銀髪が怒気で巻き上がってるような錯覚が見える。まるで精巧な人形のような美しい母が表情こそ笑顔ではあるけれど、それはそれは大層怒っていることはびしびし伝わってきた。私は思わず隣にいるラナンにしがみついてしまったほど怖くて目の端に涙を浮かべてしまった。それでも母様は許してくれなくて私は一週間は庭で遊ぶことは禁じられ普段のお勉強は倍の課題をこなすように言いつけられた。
「家庭教師には既に伝えていますから」
ただでさえ私につけられている教師のメリーは厳しいのに。課題が倍だなんて気が滅入る。私は母様がお付きの侍女たちと去った後も放心状態だった。ラナンに何度も呼ばれてようやく意識を戻せば笑いたいのを必死に堪えているスレイ兄様と、苦笑しているデビストお兄様が目に入る。とりあえずスレイ兄様には思いつく限りの暴言を吐いた。けれども兄様はニヤニヤと意地悪く笑うばかりで全く堪えてないみたい。悔しい。
「スレイ兄様のはくじょうもの! ばか!」
「はいはい」
「ばか! もう、しらない!」
当たり散らしながら私はベッドに潜り込んで毛布を頭からかぶった。ラナンが毛布越しに「苦しくないの?」なんて聞いてくる。あんたはあんたで暢気よね。関係ないからだろうけど。
「一週間庭に出なきゃいいだけじゃないか」
「課題が倍なの! メリー先生の課題は難しい上に多いのよ! それが倍とか!」
めまいしかしない。毛布からちょこっとだけ顔を出して伝える私にスレイ兄様はそれでも笑ってる。
「いいじゃん。小さい頃に詰め込んだほうが後が楽だぞ」
スレイ兄様と違って私は勉強嫌いだってのに。
「キリエがお庭出られないならお部屋で遊ぼうね」
あんたって本当暢気ね。だから課題が私は倍に出るんだってば。この子についてるミレイ先生は優しくて穏やかな人だから羨ましい。
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