私が私を見つける話

茶甫

第1話


 文字通り世界が燃えていた。

 国一番の大きな広場で行われた公開処刑。処刑人の名はラナンキュラス=アストラル=サンライズ。サンライズ王国の女王。愛らしい赤みを帯びたオレンジ色の瞳、瞳と同じ肩でそろえられた髪、白くきめ細やかな肌の十六歳の少女だった。彼女はサンライズ王国の宗主国であるアストラル帝国の王女で、サンライズ王国にとっては憎き敵である女皇帝レオナの娘である。父はレオナにたぶらかされた元サンライズ王国の先代国王の弟にして騎士団団長であるディオン。国民にとっては決して良い感情を持てる娘ではなかった。けれども彼女を支える重臣たちは優秀であり彼女自身も根は無害な心優しい少女だった。

 その証拠に革命がなされてから王宮に勤めていた侍女や下級文官を含めた役人たちは勿論、城下町の者達ですら助命嘆願をしたくらいだ。それでも処刑が実行されたのは折角倒した憎い相手の娘を生かしておいてもメリットなどないと判断してのことだ。

 それに、私、キリエ=サンライズにとっても彼女は生きていても困る存在だった。

 私は先代国王の忘れ形見として孤児院でひっそりと育てられ革命の旗印として祭り上げられ今日まできた。蜂蜜色の髪に少しつり上がった緑の瞳。普通にしていると大抵怒っていると勘違いされる顔だ。そんな私を迎えに来たのは、かつて王宮で働いていたという騎士団の元副団長と名乗るエミールと彼にずっと師事していたというラグナという名の青年だった。何処かの物語のような展開に当時の私は大変に舞い上がった。こんな薄汚れた教会つきの孤児院で漫然と過ごしていた私が本当は王女だなんて――よくよく考えれば正当な王位継承者の弟の娘であるラナンキュラスと似ても似つかぬ顔立ちと髪と瞳の色だったんだから違うと気づけば良かったのに、私はすぐさま一緒に行くと返事をして今日に至る。

 長い長い戦いと裏切りと仲間との出会いを繰り返して辿り着いた今日。革命がなされたことに喜ぶ声に混じって嘆きとも怒りともつかない声も聞こえてくる。女王を慕う者達も多く完全に処刑に同意を得られていない上での強行な執行。最後の場でありながら彼女は決して俯かず真っ直ぐ前を見て断頭台に身を任せた。私はそれを勝利者の席でじっと見ていた。そして――刃が振り落とされ命が刈り取られた瞬間、世界が燃えたのだ。


*********


 真っ白な閃光が唐突に何の前触れも無く上空から降ってきて私は、私たちはたちまちパニックになった。まばゆい光は国中に雨のように降り注ぎ国を燃やした。それがどれくらい続いたのか。慌てて建物に避難して命だけは助かった私が見たのは、「精霊の守り火」と呼ばれる国が精霊たちに守護されていることを示す青白い炎が高台に設けられた火台から消えた瞬間だった。

 広場が、町が、人が燃えている中、私は呆然と私を守るように抱きかかえているラグナの腕の中で固まっているほかなくて。

「なにが……起ったの」

 とっさに呟いたのが私以外でも思っているであろう言葉だけ。他に言う言葉なんて見つからない。光の雨は止まったけれど火の手は広がっているばかりのようであちこちから助けを求める声が聞こえてきていた。私は私を案じてくれるラグナの声にも仲間たちの声にも応えることができないままだった。

 事態がなんとか落ち着いたのはその日の深夜を過ぎてからだった。

 それから私は――


*********


「……エ……キリエ!」

「ひえうっ!」

 遠くから聞こえていた声が突然耳元で聞こえてびっくりして私は飛び起きた。飛び起きた瞬間感じたのは涼しい風と葉っぱの匂いと草の匂い。私は大きな木の陰で寝ていたらしい。

「は……」

「大丈夫? 頭打ってない?」

「だいじょ……」

 先ほどから隣で私を案じてる声に応えようとして私は固まってしまった。私の隣にいるのは五歳か六歳くらいの幼い女の子。だけどその顔はどこからどうみても

「ら、ラナンキュラス」

「え、うん、そうだけど……どうしたの? 急に知らない人みたいな呼び方して」

 そう言って困ったような顔をする彼女に私は混乱したまま何も言えない。というか、一体何がどうしてこうなってる。彼女は、死んだはずだ。私の、私たちのせいで。

「やっぱり頭打ったんだね。急に木登りしたいって言ってしたこともないのに大きな木に登るから……待ってて。誰か呼んでくる!」

「え、ちょ、ちょっとま」

 言うが早いかラナンキュラスは素早く立ち上がり風のように駆けて行ってしまった。真っ白なワンピースの裾がはためいている。それを呆然と見送って私は辺りを見回す。そこは何処かの庭園のようだ。とても広くて手入れの行き届いた、まるで城のような……

「い、いたっ!」

 急に激しい頭痛に苛まれる。私はあまりの痛さにその場で倒れ気絶してしまった。

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