第5章 柚葉と檸檬
第1話「次は派手に行くぞ!」
六時の鐘の音で目を覚ました。
あたしにしては信じられない早起き。これじゃほとんど仮眠しか取れてない──。
眠かったけれど、同時に少し気が昂ぶってもいた。あたしたちがこれからやろうとしていることは、かなり大掛かりで派手なミッションなのだ。
朝食の席にまたもレモンの姿は無く、会議の最中だと聞かされる。
「今日の件……かな?」
テーブルにいるのは、あたしと、ブランシュとシィのコンビだ。
「でしょうね。王とは名ばかり、だと、わたしは聞いていましたし。大臣たちを説き伏せるのに時間がかかっているのでしょう」
ブランシュの辛辣な物言いにあたしはむっとなったけれど、引っかかるものを覚えて尋ねてしまう。
「名ばかりって……?」
けれど、その答えを聞くまえに、レモンが食堂にやってきた。
「始めるぞ」
「……ごはんは?」
「いい」
「だめだよ!」
強引に朝食に付き合わせ、それから二時間後、あたしたちは作戦を始めた。
お城にいる全員がその部屋に集まっている。
『虹の間』だ。謁見のための部屋。あたしとレモンが初めてブランシュとシィに出会った部屋でもある。
レモンが城一階のこの部屋にみなを集めることを選んだ理由は二つ。
全員が入れるほどの大きな部屋だというのが一つ。もう一つは、お城のほぼ中央にあるからだった。
部屋には、猫と人を合わせて、百に少し足りない数が集まっていた。
これで全部だとすると、多いような気もするし、少ないような気もしてくる。
兵士たちはもちろんのこと、城のこまごまとした仕事をする召使もいるし、もちろんセバスティアンさんとハナコさんの姿もある。喧嘩をしていた猫のカップル、タクヤとマユミや、親方猫と弟子猫の師弟猫コンビの姿も確認できた。
あたしたち二人と二匹。つまり、あたしとレモン、ブランシュとシィは、玉座のある階段の上にいた。
レモンが一同を見回して口を開く。
「俺たちが調べた結果、城に降りかかっている呪いの源は、地下にあることがわかった」
誰も口を開かない。押し黙ってレモンの言葉に耳を傾けている。
「だが! みなも知ってのとおり、地下への入口など知られていない。それは城の古い見取り図を調べても見つからなかった。確かにあるはずなのに!」
レモンは玉座から下の床へと降りた。
敷かれていた絨毯は既に剥がされていて、むき出しの石の床になっている。
「そこで、だ。これから占い師ブランシュに、地下牢のありかを突き止めてもらうことにした」
ちらりとレモンがあたしたちのほうに視線を送ってきた。
それを合図に、ブランシュを抱えたままシィも剥き出しの床に降りる。
ブランシュが腕から飛び降りると、シィは両膝を床についた。そのまま両手も床について、まるで猫のような格好をする。ブランシュと同じ白いネコ耳と尻尾が生えているから、実際、猫にそっくりだ。大きさでいうと、白ヒョウとかのほうがイメージに合ってるけど。
レモンが言葉を続ける。
「みなにここに集まってもらったのは、占い師と使い魔の魔法を邪魔して欲しくないからだ。魔法を使っている間、その場から動いて欲しくない。声も立てるな。いいか?」
「いったい何をするおつもりですか、王様。わたしは、そろそろ昼食の用意が……」
料理猫の親方が言ったけれども、レモンは、
「すぐにわかる」
とだけ返した。
「占い師、始めていいぞ」
レモンの言葉を合図に、ブランシュがいつかのように招き猫のポーズをとった。
しばらく宙を引っ掻くと、ひょろん、とシィの両頬にヒゲが伸びる。
おお、と周囲から声があがり、レモンにぎろりと睨まれて静かになった。
ふたたびブランシュが宙を掻く。
そのブランシュの動きに合わせて、シィも同じ仕草を始めた。右手だけを宙にあげてくるくると宙を引っ掻いている。
魔法使いと使い魔のコンビはまったく同じ動作を繰り返しつつ、にゃんごろろと、かすかに喉の奥を唸らせる。
唸り声が止まった。
ひとりと一匹は、ゆっくりと持ち上げていた右手を床に下ろす。シィの手のひらはいっぱいまで開かれていて、ぺたり、とそれを床に押しつけた。両の目は閉じられ、唇もきゅっと引き結ばれている。精神を集中しているのだ。
部屋の誰も、ひとことも発しなかった。
張り詰めた空気に、肌までちりちりと焦げつくように感じる。
「……べ」
シィが声を出した。
何? 何を言ったの、今?
「なべ」
…………………………は?
「吹いてる」
「火をかけたままだった!」
叫んで走り出したのは弟子猫だった。あわてて厨房の人たちが後を追う。
「……仕事はぜんぶ止めておけって言ったろうが……」
レモンがやれやれと首を振った。
吹き零れた鍋の始末に十分ほどかかった。
ふたたび全員が部屋に集まって、ブランシュとシィが同じように魔法を使う。
「いいか?」
レモンがささやくような声でブランシュに問う。「いいぞ」と短く答えが返った。
ブランシュの得意な魔法は感覚の強化だ。今、ブランシュ(とシィ)は、五感のうちの触感を極限まで強化している。ああして、床にぴったりとつけた手のひらで、城の床に発生する様々な震動を拾い上げている。大きな城の床の全てを、だ。
厨房は城の北の端にあるのだけど、その部屋で鍋が吹き零れたのまで感知できたわけで、だから、お城のあちこちでみなが歩いていたら、その震動をぜんぶ拾い上げてしまう。集めてじっとさせているのにはそういう訳がある。
作戦は単純だった。
壁の向こう側が空洞かどうかは叩いてみればわかる。
詰まっているときと、空っぽのときは返ってくる音がちがう。だから──床を叩いて、伝わってくる震動が感知できるならば、その下に空洞があるかどうかはわかるっていう。
もちろん、ブランシュとシィの魔法による、ふつうの何十、ひょっとしたら何千倍もの超感覚あってこそ可能な方法だ。
レモンがヒゲを青く光らせてから、あたしの身体にこすりつけた。
今回は全身に力がみなぎってくる。
運動能力の全てが強化されたのだ。
「やってくれ、ユズハ。ただし、やりすぎるなよ」
「うん」
息を吸ってから、足を曲げてジャンプ。落ちるときに右足だけ伸ばして、足の裏で思いっきり床を蹴った!
ドォン、と大きな反動が膝に返ってくるけれど痛くはない。魔法で強化されているからだ。やりすぎると床を掘ってしまうから気をつけろと注意されていた。万が一、この下が空洞だったら落ちちゃうから。
「……」
ブランシュもシィも何も言わない。
失敗だろうか? 正直、あたしひとりが蹴っ飛ばしたくらいで、お城の石の床はぴくりとも動いた感じなんてしなかったんだけど。もっと──大きくて重いもので叩かないと無理なんじゃ……。
「こっち……」
シィが身体を起こして、壁の一方を指差した。
「わかったの!?」
こくりと頷いた。
シィが指差した方向はお城の東の方だった。
王女の幽霊を初めて見たのも、そういえば城の東の棟だ。
「よし、案内してくれ!」
あたしたちは、部屋のみなを引き連れて東の棟へと向かった。
「次は派手に行くぞ!」
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