第77話周辺国家の動きとこれから~別れの言葉を息子へ~

あれから3年の月日が経った。

 鬼小麦の影響もあり、解放された元奴隷達は労働力として重宝されている。新たな生活と関係を手に入れた元奴隷達は、絶望しか見えなかった過去など忘れたかの様に目を輝かせて日々を過ごしている。

 小麦による収入が倍になった事でインフィナイトの財政は急激に豊かになった。エルリックが行ったのは王都、王都周辺の衛生環境の整備に始まり、インフィナイト王国全土の街道整備だった。


 貧しさから盗賊に身を落とした者や、奴隷という身分からまともに生きる事を許されず犯罪に手を染めていた者は残らず自由の鎖が救い出した。

 虹色の光が国中に飛び散ったあの日を境にして、背中に刻まれた奴隷紋が消失しているなど夢にも思わなかったという者も居た。

 多くの者達が新たな道を示されたが、変化について行けない者達も多くいた。自由の鎖は導く事が大きな仕事であり、教えを説きながら共に成長していった。


 この変化は周辺国家にも多大な影響を及ぼしており、活発になった物流は富や娯楽だけで無く人や情報も運んでくる。

 国家の財政だけで無く、インフィナイト王国に暮らす人々全体の生活環境水準が豊かになった事で、日々の糧を得るだけで精一杯だった人々の心も豊かになっていった。

 笑顔は笑顔を呼び、その連鎖はどんどん広がっていく。旅人、吟遊詩人、商人達は訪れた先々でインフィナイトの豊かさや、人々の人情深さを語り聞かせて回る。

 噂を聞きつけて大陸全土から移住者が集まり、一時期は国を挙げて溢れた難民の為に一時的な仮住まいや、食料の配給を行ったほど大規模な移動が発生した。


 全てを予期していたエルリックは、ケイ達が切り開いた辺境の土地を使用してを大規模な鬼小麦の生産拠点を作り上げていた。

 

 「ふむ、【俺が考えた異世界大戦略】か、中々に興味深い内容だった。我が国のこれからを導くかのようなないようだったが作者は......なるほど、さすがはケイ様といった所ですか」


 二手三手先を行かれているのが楽しくて仕方が無いエルリックだった。当代並ぶ者無しと称えられる言葉がむなしく思える。

 この先に書かれている展開が本当ならば、次のステップがやってくる頃合だ。


 「道化は道化らしくシナリオ通りに程に動くとしようか」

 「陛下、入室の許可を」


 窓から外の景色を眺めながらこの国の行く先について考え事に耽っていたエルリックだが、コンコンと扉を叩く音に振り返る。


 「構わない。入って良し」

 

 エルリックの言葉に反応した扉がぼんやりと光ると、カチャリと鍵が開く音がする。

 扉を開けて入室してきたのは予想通りガードルートだった。


 「指示通りに動いていますが、陛下の仰られた通りに事が進んでおります。隣国の騎士王国アゲート、小国家連合アメトリンが会談の要請に応えました。指定した翌月の頭に3ヶ国会談が実現します」

 「うん、ご苦労様だったね。これで合同による大規模食量生産地帯が完成する。これからは加速度的に影響力と発言力が強化されていくだろう」


 大陸に多く存在する国家は各地で争いを繰り返し、領土や利権争いを繰り広げている。しかし、5年に一度は全ての国家が出席する大規模な会議が行われる。

 この大陸の1/3を統治する【聖王国フローライト】が始めたこの会議は、200年経った今でも効力を発揮して続いている。

 ここで言葉を交わす事で、ある程度の戦争行動や範囲を各国がすり合わせておく事を目的として始められた会合だったが、急激に成長するインフィナイトと周辺国家が食料バランスを崩す事でこれまでとは違った展開も生まれて来ることだろう。


 「戦争をするよりも食料を仕入れる方が安上がりなのさ。金だけじゃない、戦争では湯水の如く人命が失われるからね。ガードルートなら分かるだろう?損耗の無い戦争なんて天才が率いた軍団でも容易ではないってね」

 「当然ですな。戦争を繰り返す国ほど錬度の高い将兵は生まれますが、それ以上に死んでいきます。兵士が無間でない以上は限界もありますし、戦争で家族を失った者達が増えればそれだけ国家は疲弊します。男手を失った一家が生活していくには、この世界は余りに過酷過ぎる」


 ガードルートの表情が悲しみの色を湛えたのを見取ったエルリックは、ケイとの約定が果たされた事をガードルートに伝えても良いかと思った。

 しかし、後数日の話を先に話しても良い物か?彼にとっては歓喜に悶える瞬間となるだろうが、使い物にならなくなっては具合が悪い......黙っていよう。


 「んんっ、ああガードルート。君には2日後に直接出向いて欲しい所がある」


 ワザとらしく咳払いしたエルリックは、にやけそうになる顔を引き締めるとガードルトに指示を出す。


 「ケイ様......ケイ君がレッドストーンに戻っているのは知っているね?実は招待を受けたのだがどうにも都合が付きそうにないのでね。私の名代として変わりにレッドストーンへ出向いてくれるかな」

 「はあ、勿論それが指示と有らば従いますが、どういった用件なので?」

 「うむ、辺境の開拓が軌道に乗ったのでアーネスト辺境伯が大規模な収穫祭を催すそうだ。そこで話をする依頼があったのだが、この手紙を君が変わりに読んできてくれ。それと、働きすぎてここ3年まともに休暇を取っていないからね。1週間程まとめて休んできなさい。はい、コレは命令ね?断るのはダメだよ?ダメ絶対!」


 くしゃっとまじめな顔を崩して微笑んだエルリックに、ガードルートは負けたと言わんばかりに手紙を受け取る。


 「ご命令承りました。エルリックの事だから、どうせどこへ顔を出しても相手して貰えんのだろう?」

 「ご明察だね。ガルの予想通りさ、全ての部署に仕事をさせるなと命令を下してある。行っても門前払いされるぜ?」


 この3年間で2人の絆は深まり、身分を越えた親友となっていた。長い間苦楽を共にした相棒のように国を盛り立てようと必死に戦った2人は戦友とでも言えば良いだろうか?ある種の連帯感を持ち続けている。

 ある時は衝突し、ある時は笑い合い、長い時の果てにある理想を語り合った男達は阿吽の呼吸で仕事に当たった。


 「では行ってきなさい。お土産はよろしくね?僕はケイ君が作った燻製が好物なんだよねぇ。あれは何をどうやって作っているのか教えてくれないんだよ」

 「ああ、あれは......知らない方が。作るのが難しいと聞いた覚えがあるな。うん」

 「え?何か言わなかった?ねぇ?」

 「記憶にございません」

 「ちょ!?ダメな政治家みたいな逃げ方は止めようよ!」


 部屋を走り回って追いすがるエルリックと、逃げ回るガードルートだったが、大の大人が子供のように笑いながら走り回るのはどうかと思う。

 途中で我に帰ったエルリックが立ち止まり、ガードルートを送り出して話は終わった。


 「父さん。インフィナイトはどんどん成長していってるよ。僕を戦場へ連れ出して言ったよね?どんなに優れた人間も、優しい人間も、腐った人間も戦場ではゴミのように死んでいく。大勢対大勢の戦場で死んだ時、人の死に価値は無く、ただ物のように打ち捨てられて朽ちるだけだって。あの言葉が今でも僕の心には刻まれているよ」


 政務室の壁に飾られたガイウスの兜を眺めながら独り言を言うエルリックは悲しげだったが、その目には強い力が宿っていた。


 「だから僕は武の道を進まなかったんだ。父さんは笑って喜んでくれたよね。獅子から生まれたのは子猫だったなんて馬鹿にされることも合ったけど、今なら誰にも馬鹿にはさせないよ。インフィナイトを......ううん、この大陸全土を豊かにして無駄な争いを止めて見せるよ。父親が居ない家庭ほど寂しい物はないだろう?戦乱の時代は僕達の世代で終わりにしないとね」


 ガイウスの兜から視線を外したエルリックだったが、何かが聞こえたような気がして振り返った。


 (一人前の顔をするようになった。もう私は必要ないだろう?我が道を進め息子よ)


 そこには、先ほどまで壁に掛けてあったはずの兜が無くなり、ガイウスの肖像画の下で二つに割れて転がっている不思議な光景があった。


 「父さんらしいな。もっと普通に言葉を掛けられないのかよ」


 文句を言いながらもエルリックの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

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