第76話インフィナイト奴隷廃止宣言

 「ケイ様、ダンケルク達に集めさせていた魂の欠片ってどうなるのです?」


 イーリスの質問はもっともな意見だった。しかし、実の所はエカテリーナの魂は完全にアンデット化していた為、ケイが浄化すると完全消滅してしまう様なレベルまで劣化していた。

 本人の意思を聞き取ることすら出来ず、魔道具によって保存されていた肉体に戻した所、即時ワイトとして変質してしまったのである。


 「あれは素質もあったんだろうけど、ダンケルクがよく調べもしないで開始した生贄の儀式が酷かった。周囲の瘴気を高速で吸収して、ワイトからレッサーヴァンパイアへ進化したエカテリーナは意識を覚醒させたんだ......けどな?」


 生前からの悪癖である拷問から始まる他者への暴力、罵倒などへの強い渇望が暴走した。彼女は常識とは隔絶した精神力で更に瘴気や魂を食い荒らして進化する。


 「ヴァンパイアを通り超してクイーンヴァンパイアになったんだよねぇ......俺も仰天したよ」


 エカテリーナという存在への興味すら失せた彼女は、不死者としての人格を形成していく。本当の化け物へと進化したのだが、ケイがこれ以上その状況を見過ごす筈も無い。

 手刀で次元を切り裂き、10メートル近い馬鹿げたサイズの亀裂を発生させたケイは、エカテリーナを裂け目へと蹴り込んだ。

 同時に転移呪文を構築して、遥か天の彼方に君臨する太陽へと直接送り込んだのである。


 「アンデットじゃなくても即死するんだけどね。俺が住んでいた世界と違って、この世界の太陽にはまだ神霊が存在しているらしくてな」


 瘴気によって復活した悪しき魂を炎で浄化されたエカテリーナは偶然にも透明な魂を取り戻したらしく、親切にもケイの元まで送り返されてきたのだった。


 「あれは気持ち悪かったなぁ......キラキラと輝く瞳をしたエカテリーナ。テカテリーナとでも言えば良いだろうか?と考えたよ、うん」


 そんな彼女の魂を13に裂く程にケイも悪魔ではないので、レプリカの魂を12個作り配置したのだった。結局は全てを回収する前にダンケルクは封印されてしまったが、ゲームに勝った所で汚いダンケルクと綺麗なテカテリーナではどうにもならなかっただろう。


 「テカテリーナの記憶は書き換えておいた。彼女には俺が作り出した新たな肉体を与え、これからの人生をシスターとして孤児院で生活する事になった」


 以外にも才能があったらしく、子供達に好かれた彼女は大人気らしいのだ。これからの人生は生涯をかけて覚えてもいない罪を償っていく事になる。

 シスターテカテ......舌を噛みそうだな。


 「まぁ......可笑しな結末になったものですね。でも、復讐だからといって何でも殺せば良いという物でもありませんし、彼女が奪った数以上の命を救って貰いましょう」


 何が愉快なのかニコニコしながらケイの腕に抱きつくイーリスであった。

 

 (本当に......どこまでも甘い人。だからこそ離れられないのだけれども)




 翌日、王都の中央広場に臨時で舞台が建設されていた。魔法で作られた4メートル程の高さまで大きくした石造の舞台にはエルリックとガードルートが立っていた。

 舞台の上には処刑台が準備され、封印から出されたダンケルクが【怨嗟の頸木】に拘束されている。【断罪のギロチン】がギラリとその刃を吊っており、今にもダンケルクの首を刎ねてしまいそうな迫力で鎮座している。

 

 「いよいよだな。ガードルートには自由な言葉を発する事を許すよ。それが原因で計画が失敗する事は無いとおもうが、君の正直な気持ちを話してくれれば良い」

 「もしこの命を捧げる必要があったとしてもそれだけは渡せないのですが、彼等の怒りを全て受け止めるつもりです。ダンケルクに洗脳を受けていたとはいえ、私は民を切り過ぎました」


 ダンケルクを封印してから1ヶ月という時間を待ったのは、国王が直接舞台へと現れて全国民に対して、今後の国の体制について重大な話をするという国の大事を知らせる為だった。

 長や運営に関わる立場の者を王都へと出向かせる為の手段とその全ての費用を負担したエルリックだったが、全ての街や村へと早馬を飛ばしただけでは集まらないと感じていたのだが、そこは餌を用意してでも集める気だった。

 来なくても渋るつもりは無いが、エルリックはダンケルクが蓄えた財の全てを国民の為に使用するつもりだった。代表が受付を済ませた所には多額の補助金が出るとなれば、どこの村や街も挙って参加するだろう。


 「俺の演説も一種の賭けではあるが、これ以上この国を腐らせて置くわけにはいかんのでな。ケイ様の作ろうとしている理想の国への第一歩になるだろう。この演説は絶対に成功させる」


 ギュっと拳を握りながらガードルートに思いを告げたエルリックは 【裁きの王笏】を手にすると国民へ向けて話を始めた。


 「本日集まって貰ったのは2つの大事を皆に伝える為だ。一つは国家転覆を企てた、公爵ダンケルクの裁きについてだ。もう一つはこれからの国家運営について非常に重大な発表をする必要が生まれた事を告げる必要が出来た事だ」


 拡声魔法で広場一帯に聞こえるように設定したエルリックの声はその場に居る全ての国民へ伝わった。


 「まずは公爵ダンケルクの裁きから行う」


 隠蔽されていた過去の悪事から、最近の事柄、これまでの法ならば罪として裁かれる事の無かった奴隷の殺害まで含めて、数百件という莫大な罪状がエルリック自らによって読み上げられた。

 通常ならばそのような膨大な量を読み上げられれば、退屈する者や聞き流す者が出る。しかし、 【裁きの王笏】が放つ圧倒的なプレッシャーがそれを許さなかった。

 それに合わせてケイの魔法によって各人の脳裏に投影されるのは、実際に発生した案件を幾つかの抜粋して選別した光景だった。

 マイルドな案件を選んだとはいえ、実際にダンケルクの手で行われた現実を見た国民の感情は怒りと悲しみに満ち満ちていた。


 「数多の悲劇を生み出した公爵だが、それを許してきた王家にも責任がある。どうか愚かな行為を見過ごした王を許して欲しい」

 

 国民へ向かって頭を垂れる等、本来ならば絶対にあってはならない事だった。しかし、ガイウスとエルリックの意思は一つだった。

 王は戴かれる事で王となる。その力や生き様を見せて築き上げた信頼こそが民を動かすとエルリックは心から信じているのだ。

 インフィナイト王国を建国した初代国王【ザガート】の名を引き継ぐ責任とは、生涯を民に捧ぐ覚悟の表れだと、代々の国王はその口伝を引き継ぐ事で王位を継承する事を許される。


 「ダンケルクの公爵位を取り上げた後、国民の前で斬首とする!本来ならば神より与えられた宝具が安易な死を許さず、無限に続く苦しみを味わう事になるが、今回は一度で終わらせる。首には魂が宿り輪廻に戻る事を許される事は無い。見張りの兵を立ててこの広場に一年間という期間限定だが、復讐する機会を設ける。恨みがある者は好きなだけ復讐する事を許可する」


 数限りない悪事の果てに下された裁きは、屋敷での悪夢に続く繰り返される復讐の連鎖だった。首と共に永遠に再生し続ける肉体を晒されたダンケルクは、己が奪った以上の命を奪われる事となる。

 その後も王城の地下牢に幽閉されて永劫の孤独を味わうという裁きが下されるが、異議を唱える者は存在しなかった。

 防音設備と外部からの視覚的な遮断を徹底された家族を奪われた者達の復讐は熾烈を極め、見張りの兵がトラウマになるレベルの復讐劇が昼夜を問わず繰り広げられる事になるが、その全てを知るのはダンケルクのみである。


 「そして、腹心として動いていた元騎士団長ガードルートの処分だが、ダンケルクによる洗脳を受けていた期間に様々な罪を犯している。それは許される事ではないが、生涯を持ってこの国に仕えて罪を償う事とする!これは本人の意思でもあり、エルリックが意思でもある。既に気が狂うほどの痛みを受けた末での決断である事だけは告げておく。もし異論がある者はこの場で述べよ。魔法でゲードルートが味わった苦しみを見せてやろう」


 「そんな事が許せるか!何が気が狂うほどの苦しみだ!」と述べた男が進み出てきた為、奈落と同化した館での惨劇を追体験させた所、もがき苦しみながら糞尿を垂れ流して気絶した。

 悲惨な光景を見て一同が絶句した後、誰も名乗り出る者が居なかった為、裁きは公式に認可された。

 以降、この件でガードルートを誹謗中傷する者が居れば、本人の前で口にするしないに関わらず同様の苦しみを味合わせるとエルリックが断言した為、この件は口にする事すら恐れられる案件となった。

 




 「次に重大な発表があるので、各人心して聞くようにせよ。これは既に決定した事だから覆る事は無い!国王の独断だと異議を唱える事も、罵倒する事もこの場では許す!だが、決定は覆らない!絶対にだ!」


 エルリックの只ならぬ様子にゴクリと唾を飲み込む国民達だったが、誰がどうしたというわけでも無く言葉を失っていき、自然と静まり返って次の言葉を待つ。


 「インフィナイト王家、ザガートの名を告ぐ者として全国民に告げる!今日この時をもって、我が国に措いて【奴隷】という身分を永久に廃止する事を宣言する!」


 ザワザワと波紋が広がっていき、反論を叫ぶ者もポツポツと出始めるが、言葉を被せる様にエルリックは話を続ける。


 「何度でも繰り返す!インフィナイトにおいて【奴隷】という身分は廃止する!今日この時より【奴隷】は存在しない!従えない者は国から出て行くが良い!反逆したければ自由にせよ!我が命を賭けて立ち向かう事を宣言する」


 「王家は国民の財産を奪うのか!」 「奴隷に権利を与えるなど愚か者もする事だ」


 口々に否定の声が上がり、舞台まで物を投げる事まで始まった。しかし、エルリックは当然の事だと分かっていたし、それに腹を立てることも無く静かに語った。


 「聞け国民よ。奴隷は人で無いと思うのは過ちだ。これは人という種が長い歴史をかけて作り上げた罪の象徴だ」


 エルリックは奴隷が生まれた長い歴史を一つ一つ語る。奪い合い、殺し合う歴史の中で上下を定め、富を得た者と奪われた者の構図は、力で保たれてきた。

 略奪行為、侵略行為は人々が豊かさを求めて、欲望を満たす為に繰り返されてきた行為だ。


 「ならば宣言しよう。我がインフィナイトは四神教を国教としてきたが、これよりは平等を司る至高神を崇める新たな信仰を国民に対して定める」


 更なる波紋が人々に広がり、反論の意見を述べようと叫ぶ者が出たが、今度はエルリックの言葉だけでは無かった。


 「至高神は四神を束ね、その上に座すお方だ!ケイ様はこの世界の過ちを正す使命をインフィナイトに下されたのだ!」


 その言葉と共に、エルリックを柔らかな光が包み込む。用意された舞台の上から光が降り注ぎ、天から5つの光が舞い降りて人型を成す。

 叫び声を上げてエルリックを非難していた四神教の教皇が大声を上げて懸命に周囲へと呼びかける。降臨した人型の内4つは、忘れるはずも無い四神の姿そのものだったのだから。


 「皆!跪いて頭を垂れよ!感謝の祈りを捧げるのだ!あそこに降臨された方々は、我等が崇める四神様であらせられるぞ!」


 仰天した人々は揃って跪き祈りを捧げた。神々は威厳溢れるその姿を見せながら人々を見下ろし、怒りに我を忘れていた人々は、その圧倒的な存在感を認識できる所まで冷静さを取り戻したのだった。


 「「「「人の子等よ。顔を上げよ」」」」


 火を、水を、風を、土を司る神は人々の畏敬を集め、時に裁きを下し、恵みを与える存在であるが、こうして姿を現した例は、ここ数百年を見てもほんの数回である。

 歴史を紐解いて見た所で、多くても一柱が単独で降臨した例しか残されていないにも関わらず、自分達の目の前で四神全てが降臨しているのだから、教皇は歓喜と畏怖で言葉を発する事すら憚られると、目の前の光景に涙しながら言葉を待っている。


 妖艶な魅力を放つ、ほっそりとしながらも、膨らみの豊かな肢体を燃え盛る炎のドレスで包み込み【炎神イフリーティア】は燃える炎髪を掻き揚げて尊大に言葉を発する。


 「人が人を見下すという愚を理解出来ぬか?」


 肉感溢れる豊満な肉体を隠す事もせず、流れる水をそのまま衣としたような青い薄絹を纏い【水神シヴァリス】は困ったような笑みを浮かべて言葉を発する。


 「才能やスキルといった細かい違いはあるけれど、吹けば消し飛ぶ存在が上が下がと......悲しいわねぇ」


 雄大な山脈思わせる筋骨隆々とした肉体を見せつける男は「男は黙って赤褌!」とポージングする【土神タイタス】は男らしくビシッとサムズアップ!


 「我が子に誇れるような事か?奴隷だ平民だとせせこましい奴等だな!こまけぇこたぁいいんだよ!」


 小柄でスレンダーな体は鋭利な刃物を思わせる。風を纏い緑に輝くワンピースで宙を漂いながら【風神ウィンディル】が微笑みながら言葉を発する。


 「我々は奴隷などと言う下らない身分は作っていない。教えた覚えも無い。さて、愚かなのは誰なのかな?」


 逆らう事の出来ない圧倒的な存在に、世界を司る四神に意見を否定された者達は返す言葉も無く、口をパクパクとさせたり、己を恥じて下を向いたりと、それぞれが違う反応を返していた。

 思想を同じくする者達は、己の考えが正しかったと頷き、ある者は己の一部だとばかりに愛しい存在が【奴隷】という枷から解放された事を喜び、抱き合っていた。


 「人が豊かさを求めるのは当然だ。しかし、喜びを分かち合い、苦しみを乗り越えて互いを支え、未来への希望を紡ぐ事こそが至上である。奪い合い、憎みあった先に訪れるのは破滅のみだと心得よ」


 前に踏み出すと同時に四神が傅き頭を垂れる。至上の存在がゆっくりと言葉を発する。

 漆黒の髪、全てを吸い込む黒き瞳、太陽の如き輝きを背負い、全てを従える万能感すら感じさせる存在感。 

 その姿を見たある者は、武術大会に降臨した神を思い出した。

 剣聖ライオネル・アルベリオンの偉業を称え、死した英雄達をこの世に呼び戻した奇跡の存在。


 人に化けて武術大会へ参加していた神。【至高神刻印】を刻まれた者だけが知る真実であり、表向きは【自由の鎖】を組織した神の使徒、神の瞳として活動するレッドストーンのケイ。

 初めて公式に神としての姿を見せて降臨した至高神が、インフィナイト国民の前で言葉を発したと歴史書に記される。エルリック王が行ったこの【奴隷廃止宣言】は時間と共に大陸全土へと波及していく事となる。


 偉大な神の思想を広めた賢王。【看破の青き瞳を持つ聖賢者】と後の世に語られるエルリック王の偉業はこの日に始まった。

  

 「人の子等よ!人が定めても神は認めず、神が定めしを人が守るは定めなり。その真実を、その権利を我が力にて示そう。自由の鎖はインフィナイトと共にある。履き違えるな人の子よ!自由とは責任の名の下にある。我を通し他者を害する愚かな行為は自由では無いと心に刻め!」


 ケイが天に向かって手をかざすと、虹色の輝きが生まれて巨大な光の柱が立ち上り天へと昇る。雲を突き破り、遥か彼方へと伸びた光が弾け飛び、地上へと降り注ぐ。

 世界に刻まれた【奴隷】という悲しみの記憶を打ち消す奇跡の光は、奴隷印へと染み込み虹色の輝きと共に刻印を消滅させた。

 虹色の光に包まれた人々は悲しみの記憶を知ったのだ。生まれた時に定められた悲しみの運命が如何に理不尽な物か。幸せになる事が許されない生がどれだけ辛い事なのかを本当の意味で知ったのだ。

 

 インフィナイト王国内で数万という奴隷印の消滅現象が確認されたこの日、インフィナイト王国は生まれ変わったと史書に刻まれている。

 新たな歴史の波はここに動き出す。


 「インフィナイト王国は今日、この時より新たな時を刻む」


 その一言を境に空気が一変した。


 「「「「「うおぉおおおおおおおお!!!」」」」」


 王族も、貴族も、平民も、【奴隷】だった者も等しく歓喜の声を上げた。

 互いに抱き合い、涙を流し、平等という言葉の、自由という言葉の意味を心に刻んだ人々は生まれ変わった。

 インフィナイト王国は繋がる事の尊さを知り一つとなった。


 誰よりも苦しみを知り、努力の実らない嘆きを知り、未来を渇望した少年は積み重ねた努力を手に世界を渡り......神となった。

 与えられたのは無限の時間だけだった。努力を重ね、沢山の出会いを重ねた彼は、世界を幸せで満たす為に新たな一歩を踏み出した。

 神という名の道化を演じながらも、沢山の笑顔に囲まれて、愛する人々達と一緒に過ごす日々の輝きは過去に見た沢山の夢、その何よりも、どの夢の形よりも輝いて見えた。

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