第71話切り裂き魔と人形使い

 2階を探索するダンケルクはアンデットを倒しながら順調に欠片の回収を行う事が出来た。追加で2個の欠片を手に入れて合計3個になり、上機嫌で1階ヘ向かう途中だった。

 しかし、強い気配が接近しているのを感じてマップを広げると、赤い光点が高速で接近しているのが分かった。


 「今度は即座に仕留める」


 気配察知に集中したダンケルクだったが、敵の気配がフッっと消失する。確かに接近していたはずの敵の気配が消えて不思議に思ったが、気配が駄目なら視認すれば良いと目視に切り替えた瞬間だった。

 わき腹に激痛が走り、痛みの元を確認すると短剣が突き刺さっていた。


 「うふ、油断は駄目よ?おじ様」

 「誰だ!?俺に無礼を働いて生きていられると思うなよ!」


 声がした背後に振り向くと、赤い頭巾と衣服を纏った小柄な少女が両手に短剣を構えて立っていた。


 「無理よ。無理無理、無理だってば」

 

 溶ける様に視界から消えたかと思えば、今度は背中を✖字に切り裂かれて鮮血が噴き出す。

 捉えようと注視するだけ無駄だと悟ったダンケルクは、イクシードの力を開放する覚悟を決めた。


 「私にも慈悲はある。頭を垂れて許しを請えば見逃してやらん事も無いぞ?貴様なんぞに魔力を消費するのも勿体無いのでな」

 「貴方の嫁の気分で殺されたのよ?その代償は命で償ってもらうわ」

 「ああ!思い出したぞ。噂に成っていた切り裂き魔の小娘だったか?趣味が合いそうだとエカテリーナが直々に勧誘しに行った事があったな......フランだったか?」

 「その切り裂き魔よ。会話に付き合ってやれば、話を聞く態度が悪いとか。殺し方に美学が無いだとかで、気分を害したから始末するってね。私が言うのもアレだけど、あの女は頭がおかしいんじゃない?」


 しかし、その侮辱の言葉を口にした事を後悔する事になった。気が付けば仰向けに倒されて、首筋に槍を突き付けられていたからだ。

 イクシードが止めた時間の中を移動したダンケルクが力任せに地面に引き倒したのだが、その事を悟る暇すら貰えなかったフランは、打ち付けた背中の衝撃で呼吸も満足に出来なかった。


 「ゴミ屑が誰を相手に話している。身の程を知らんようだな?許しを請えと言ったはずだが?」


 青白く輝くイクシードが放つ力にフランは言葉を発する事さえ許されない。パクパクと口を動かすが、声が出てこない事に愕然とする。

 

 「まぁ良いわ。下賤の輩は命を捧げる事で貢献するのが義務だと知れ。ふはははは!」


 ズブリと穂先が沈み込むと同時に青い閃光が放たれて、フランが爆砕する。


 「手間取らせおって。時間の無駄であった......む?」


 フランが消滅した場所に光輝く宝石を見つけたダンケルクはそれを拾い上げた。


 【魔封石】「レアリティ SRスーパーレア」

 大量の魔力を貯め込む事が出来るように加工された宝石。

 使用者が込める魔力を貯蓄するだけで無く、常に周囲の魔力を吸収し続けるように『吸収』の魔力文字が刻み込まれている。

 現在の貯蔵MPは【89644】


 「ほう、これは良い物を手に入れたな。俺が持つに相応しいアイテムではないか」


 蓄えられたMPを全てイクシードに注ぎ込んだダンケルクは1階に向けて走り出した。




 ガードルートは地下の探索を任されていたが、欠片を1個回収してから2個目を目指した所でマップに赤い光点の表示を発見した。

 魂の欠片を守護している者が居る為、消耗した体力の回復と戦闘準備を行う事にした。

 通路に溢れかえるようなアンデットの群れが1階を目指して行軍して来ていた為、炎の嵐を発生させる魔道具を設置して部屋に逃げ込んだ。

 丁度その部屋は使用人が休憩に使用していた部屋だったので、食器や寝具等が全て揃っていた。


 「ふう、フロアの探索時間は3時間を見込んでいたが、まだ30分しか探索していないのにこの疲労感か......私も年を取って衰えたという事か」


 自重気味に独り言を漏らすガードルートだったが、マップを確認すると地下の欠片は残り1個だけなのに赤い光点が3つも動き回っている事に気付く。幸いにも気配隠蔽や痕跡の消去を自動で行う魔道具を所持している為発見されていないが、複数の光点と鉢合わせた場合に苦戦する事になるだろう。


 「姿を隠して仮眠を取るか。残り1個を回収して戻るだけならば1時間も掛かるまい」

 「おやおや、随分と余裕ですね?」

 「む?貴様はどうやってここに来たのだ?気配を消していたようには感じなかったが」

 「最初からこの部屋に居ましたとも、私は復讐する気もありませんでしたので、限られた時間の生をまったり過ごそうかとしていたのですが......殺りますかな?」


 ガードルートと同程度の年齢だろうか、40代後半に差し掛かろうという男はニコニコとしながらも紅茶の入ったカップを傾けている。

 そこにもう一つティーカップを持った人形が現れて給仕を始める。


 「貴方もどうですか?公爵邸に置いてあるだけあって、使用人が飲む紅茶まで高級な物が置いてありましてねぇ。このクッキーなんか絶品ですよ?ああ、その人形は私の傀儡ですので安心してください」

 「マップには赤い光点が表示されていないが、君みたいに力を持ちながら復讐しない者もいるのか?」

 

 テーブルに着いたガードルートが紅茶を口にしながら質問すると、人形使いは笑顔で答えを返してくれる。


 「ケイ様には復讐を強制されてませんからね。貴方達の手助けをしたりしなければ好きにして良いそうですので」

 「しかし、復讐をする理由はあるのだろう?何故与えられた権利を放棄するのだ」

 「誰かを殺しても娘は帰って来ないじゃないですか。この給仕をしてくれている人形は娘の遺髪を使用しているんですよ。美しい髪でしょう?」


 なるほどな。ある意味違う方向で壊れているからこうなったという側面もあったのか。殺人鬼へ変貌する何かを刺激しないようにしなければな。


 「確かに美しい髪をしているな。よほど大切にしていなければこの艶はでないだろう」

 「そうなんですよ!娘も自慢するほどの髪だったのです......ロシル侯爵令嬢に殺されなければ今頃は」


 む、にこやかに微笑みながらも殺気が漏れ出した。余計な言葉を口にしたかもしれぬな。私の妻の髪もとても美しかったからな。思い出して失言を言ってしまったか?


 「ふぅ、警戒しないでください。もう過去は振り返らないと決めたのです。話を聞いてくれてありがとうございました。ペナルティで魂に戻されてしまいますが、これをお持ちください。十分満足しましたので」


 懐から取り出した指輪を机に置いた人形使いだったが、最後の言葉を残して消えていった。残されたのは、まだほんのりと暖かい紅茶の入ったカップだけだった。


 【アンチポイズンリング】「レアリティ SRスーパーレア」

 装備した対象に【毒無効】【麻痺無効】【治癒力強化】のスキルを付与する指輪。裏には『アンナマリー』と彫られている。

 人形使いとしても有名な錬金術師『ケリー・ファンク』の製作した娘へのプレゼント。

 スカーレットニードル、チェインバイパー、ヴェノムスパイダーの毒とミスリルを合成した指輪には、強力な毒への耐性と自己治癒能力を強化する力が込められている。


 アンナマリーは私の妻だった。妻が亡くなったのは20年以上前、妻を殺したのは公爵夫人エカテリーナがダンケルク様と結婚する以前の事だった。

 それを知った時は復讐を考えもしたが、己が仕える主の夫人を殺害する訳にはゆかず、過去の事と割り切ったのだ。妻の父親とは縁を切ったらしく顔も知らなかったが、妻の死を伝え聞いた彼は実家に送った遺髪を使用した人形を製作した後に自害したと聞いた。

 私が会話をしていた相手は妻の父だったのだ。彼自身がそれを知っていたのかは不明だが、そうとは知らず貴重な時間を過ごしていた事になる。


 「生き残れるのか分からないが、もう一度会う事が出来たら妻の話を肴に酒でも飲みたいものだ。己の為に強さを求めて妻の復讐すら捨てた俺だが、彼はそれを知って許してくれるだろうか」


 復讐相手の魂を集めて復活を助けるなど愚か極まりない行為だが、我が主に見た理想を形にする事だけが、今の我が理想に繋がる唯一の道だ。

 この指輪は大切に使わせてもらうぞ父上殿。そう心の中で言い残したガードルートへ返事を返すかのように指輪は煌くのだった。

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