第70話過去との決着と【魔槍イクシード】の力

 「ぬぅん!ふっはぁああああ!!」


 身長を超えるサイズの巨斧を棒切れの様に操る姿は修羅そのものだった。

 過去の屈辱を晴らさんとするバルクホーンは、仮面で顔こそ見えないが憎悪と憤怒に染まっている事は明らかで、猛烈な連撃を繰り出しながら突進してくる。


 「ふん、あの時のままの私ではないのだよ!勢いだけで力任せの攻撃など無意味だと分からんのか!」


 20年という時間の全てを捧げたその剣術は正確無比であり、攻撃を往なしながらも反撃する絶妙な見切りは老練という言葉だけで表現する事が出来ないレベルであった。

 風を切り裂き唸る巨斧に剣を合わせ、滑る様に擦れ違うとバルクホーンのわき腹から臓物が毀れる。


 「まだだ!この程度で終わりではない!」


 毀れた腸を無理矢理収めると、斧と同様に虚空から布を取り出して腹に巻きつける。攻撃の手を止めてバルクホーンを見守るガードルートは静かに剣を構える。


 「過去に卑劣な手を使った事は詫びよう。あの時は己の未熟を恥じながらも生き恥を晒した。それもこれも強さを手にする為だった。今この瞬間に全力を持って過去を清算する」

 「良かろう。なればあの時の事は水に流す。この一撃を持って全てに決着を!」


 「「いざ!」」


 「ぬうおおおおおおおおお! 「はぁあああああああ!」


 豪撃一閃と繰り出された巨斧を切断したガードルートは、その勢いのままバルクホーンも右肩から腰にかけて真っ二つに切断した。


 「ぐむぅう!まさかこれ程までに力の差が開いていようとはな......参った。武人としては私の負けだ。敗北を認めよう」

 「傭兵でありながら騎士にも勝る潔さはあの時のままか。見事であるな」

 

 復讐に濡れたバルクホーンだったが、武人としての誇りは失っていなかった。しかし、復讐の権利と引き換えに与えられた使命を放棄する事は許されていない。


 「ここからは魔物としての私が相手だ」

 「何?その体でどうするというのだ?」

 「こうするのだ!」 


 人を捨てたバルクホーンは虚空からオーブを取り出すとそれを握り潰す。するとオーブを中心に黒い靄が広がりバルクホーンを包んだ。


 【魔人化の宝珠】「レアリティ SRスーパーレア」

 魂を対価に捧げる事で存在としての格をランク3まで上昇させる魔珠。

 1日という短い時間の寿命ながらも、竜と同等のポテンシャルを使用者に与える。

 スキル 【高速再生】【怪力】【闇魔法】【起死回生】を付与する。


 「ふふふふ......ふはははは!あっはははは!漲るぞ!これほどまで変わるというのか!」


 笑い声を上げるだけでビリビリと空気が振動し、ダンケルクとガードルートの体を強力なプレッシャーが襲う。

 存在の格が上がるという事は、それだけで驚異的な事である。目の前ににいるバルクホーンは限定された時間の間だけとはいえ竜と同等に戦えるだけの力を手にしており、2人を殺すつもりである事を視線が告げていた。


 「第2ラウンドといこうかガードルート!なんならあの時のように2人でかかって来ても構わんぞ?」

 「人を捨てたならば遠慮はせん!はあ!でやああああ!!」


 手元がブレる程の剣速で振るわれた剣は、容易にバルクホーンを捕らえる。振るわれた剣が2条、3条と斬撃痕を刻む数だけ体から血が噴出すが、まるで逆再生する様に噴出した血が体に戻り、傷口が塞がっていく。


 「馬鹿な!不死に成ったとでも言うのか!」

 「この程度で不死に成れるはずなかろう。人を捨てた事で手に入れた再生能力だ。それでも貴様らを殺すには十分過ぎる力だろうよ」

 「そうかね?」 「ぐはぁ!」


 気配を消し、瞬時に背後を取ったダンケルクの槍が心臓を貫いて胸から穂先が突き出る。

 薄っすらと青いオーラを纏った槍はそのままギュルリと螺旋を描き、勢い良く引き戻された。バルクホーンの胸に拳大の穴を穿った槍の穂先には、ドクンドクンと脈打つ青い心臓が串刺しにされていた。


 「自分で許可したのだ。無論、卑怯だとは言うまいな?」

 「ぐふっ、はぁ......勿論だとも、むしろ良くやったと褒めたい位だ」


 穂先を地面に叩きつけたダンケルクは、心臓を破壊して踏みつけるとグリグリと踏み躙り、邪悪な笑みを浮かべてバルクホーンを見下ろす。

 心臓を失って膝を突いたバルクホーンはダンケルクを賞賛していたが、痛みを堪える様に立ち上がると回復魔法を胸にかけ始めた。


 「そんな暇があるかね?」


 背後から振り下ろされた剣がバルクホーンの頭部を唐竹割りして、そのまま強引に胴体、腹部を通り越して股を通過する。

 一撃必殺の斬撃で両断されたバルクホーンだったが、倒れた体がグニャグニャと溶け出して崩れる。


 「む?これで死なぬか!ガードルート!焼き払うぞ!」

 「承知!」


 2人は後退しながらアイテムボックスから火の属性魔石を取り出して魔力を込める。瞬時に破裂するように全力で投げつけた魔石は、親指ほどの小粒とは思えない規模の炎を吐き出す。

 灼熱の業火に包まれたドロドロの粘液はジュウジュウと蒸発を始めるが、残り僅かという所で炎が消失した。

 瞬間、恐ろしい勢いで増殖した粘液がバルクホーンを形取り、そこには無傷の状態まで復元したバルクホーンが立っていた。

 

 「ふぅ、危なかったな。まさかあっさりと最後の切り札を使わされるとは思わなかった」


 バルクホーンが使用したのは、一度限りだが完全な状態まで復活するスキル【起死回生】だった。これで復活の一手は失ったが、ここから反撃が始まる。

 即座に体勢を立て直した2人だったが、気がついた時には2人纏めて壁に叩きつけられて絶命していた。圧倒的なポテンシャルに物を言わせたバルクホーンの突撃が、凄まじい威力をと速度で瞬時に2人を弾き飛ばした結果だった。


 「ふむ、この体の性能が高すぎるのでな。戯れに命を一つくれてやるまで遊ぶつもりだったが、スキルを使用した以上は......な?」


 マッハを超える速度で突撃された2人は、全身の血管が破裂して、筋組織もズタボロになっていた。それでも与えられた仮初の力とはいえ、半不死の力が無理矢理蘇生させる。

 めり込んだ壁から抜け出して武器を構えた2人だったが、次も瞬時に命を奪われる事になる。


 「ふん!ふんふんふん!はぁ!ぬうりゃあ!」


 電光石火の勢いで接近したバルクホーンは2人を空中へ打ち上げる。武器を使用せず、己の拳のみで戦っているが、その威力は強烈無比だった。加えて、急所を狙った攻撃や致命的な威力の連打が2人を襲う。

 ピポットパンチ、ラビットパンチ、キドニーブロー、ローブローと容赦の無い痛烈な打撃が繰り返され、空中で絶命と蘇生の繰り返しが繰り広げられる。

 裏拳や後頭部への打撃、背面からの腎臓打ちや金的等、ボクシングの反則を狙って行うかの様な戦い方は、戦いながら効率の良い命の奪い方を学んだ賜物だろう。


 「この辺にしてやろう。さぁ、立って戦え!カウント9だ......次はどうなるかルールは覚えているな?」

 「きっきききき貴様ぁああああああ!殺す殺す殺す殺す!絶対に殺す!『イクシードぉおおおお!!』」


 激昂したダンケルクが魔槍の力を発動させる。槍が溜め込んだ膨大な魔力を消費して時間を支配し始める。


 【魔槍イクシード】】「レアリティ SLRスーパーレジェンド」

 普段は姿を隠蔽しており、高性能な唯の槍になっているが、真の価値は伝説レベルを超える。

 主の魔力を注がれる事で「超える」の名に相応しい力を宿す魔槍。その力の本領は、蓄積した魔力を消費する事で全てを超える力を発揮する事である。

 主が望む最良の形で相手を超える力を発揮し、真の姿を目撃した者は、その万能さに、その圧倒的な力に驚愕するだろう。捧げる魔力が相手を「超えれば」神すら殺す神槍へと姿を変える。



 「死ね!今死ね!直ぐ死ね!この世から消え失せろぉおおお!!!」 

 

 前の主が何者かは不明だが、ダンケルクの数十年を含める膨大な量の魔力が槍に溜め込まれており、その魔力を一部使用しただけで、事象すら支配する恐ろしい魔槍だった。

 ダンケルクが発掘したダンジョンの最奥に突き刺さった槍は、何者にも守られず、ただひっそりと新たなる主を待っていた......何者をも『超える』強い意思を持つ主を。 

 イクシードが支配したのは『時間』だった。停止した時の中で万を越える槍撃を刻んだダンケルクは、イクシードから供給される力で神域の力を発揮する。


 「終わりだぁああ!」


 止まった時間が開放されて槍撃が開放されると、槍から極太の閃光が放たれたと錯覚する万撃がバルクホーンを消滅させた。

 

 「最後の言葉を残す事も許されぬとはな。貴様は触れてはならぬ物に触れてしまったのだ。バルクホーンよ」

 「下郎の分際で調子に乗りおって、あの世で身の程を知るが良いわ」


 勝利したダンケルクの元に魂の欠片が漂ってくると、怒りの形相が和らぎ笑顔を見せる。


 「待っておれよエカテリーナ。俺が必ず生き返らせてみせる」


 慰めるようにダンケルクの周りを飛んだ欠片は吸い込まれるように器の中に入っていった。


 「後12個ですな。もう後がありませんが、全力を尽くしますぞ」

 「うむ、おそらく完全復活は難しいだろうが、全力を尽くした結果ならば妻も許してくれよう。行くぞ!」


 2人は打ち合わせ通りに2手に分かれると、それぞれの目的地を目指して走り出した。待ち受ける更なる脅威が息を潜める闇の中へと。

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