第69話イミテーターの恐怖とミンチメーカーの奇襲

マップを確認しながら2人が決めた作戦は、まずは正面の2階メインホールにある魂の欠片を回収して、その後は二手に分かれて探索を進めるというものだった。

 ダンケルクは2階探索後1階へ、ガードルートは地下の探索後1階へ戻ってきて合流する。合流ごは1階を探索して中庭へ進む計画だ。


 「さて、では最初の欠片を回収するとしようか」

 「ええ、メインホールには黄色以外にも赤色の光点もあります。油断は禁物ですよ?」

 「愚問だな。我が妻の為ならば百回行っても百回成功させて見せるとも。油断などせぬわ」


 そう言うと指に付けた指輪型のアイテムボックスから槍を取り出し、一閃した後にクルクルと回して構える。達人......誰が見ても疑う事無くそう呟くだろう。

 キュン!と風を切り裂く速度で突き出した槍を高速で引き戻し、二連三連と数を増やして連続突きを繰り出す姿は一人の武人だった。


 「ふん、時とは残酷な物だな。あれだけ鋭かった我が槍術がここまで鈍るとはな」

 「とんでもないですな。このレベルで槍を扱える騎士などこの国には居りませんぞ?」


 武を突き詰めて技を磨き、ただ殺す事を破壊する事だけに拘って作り上げた我が剣術だった。目の前の武人には全力を持って勝負を挑んでも勝てる気がしなかった。

 ダンケルクという男は武術の分野でも非凡な才能を持っており、自分の身を守る為に嗜む程度で始めた艙術を若くして必殺の域まで昇華させた実力者でもあった。

 

 「では参りましょうか」

 「ああ、準備は十分だ。ここから一気に全ての欠片を回収してやろう」


 不適に笑うダンケルクだったが、その余裕の笑みも直ぐに消し飛ぶ現実と向き合うことになる。ケイが直接仕込んだゲームがそんな生易しい遊びである訳が無いのだ。

 ガチャリと扉を開いて廊下に出た2人は、徘徊するアンデット達を視界に収めると素早く死角へ移動する。


 「レイスやワイト程度なら瞬時に始末出来ますが、どれもこれも上位種ばかりですな......リビングアーマーですらミスリル製の鎧とはサービスが過ぎる」

 「戦う為に音を出せば続々と集まってくるだろう。慎重に行動しなければ......なッ!?」


 突然の浮遊感に襲われた2人は予想外の結末を迎える。通路の床に擬態した【模倣者イミテーター】がその巨大な口をバクンと開いてそのまま2人の下半身を食い千切ったのである。


 「む、まさかここまで悪辣な......」

 「ぐう、しくじっただと......」


 上半身となった状態で現状を把握したが、なすすべも無く残りの上半身も床に飲み込まれてしまう2人だった。



 

 別空間で2人を見守るケイとイーリスは、予想通りの展開に失笑していた。


 「腕が良かろうと、強力な装備で身を固めていようと、所詮は狭い世界で生きてきた人間だと思い知っただろうな。初めての冒険は中々刺激的な物になりそうだ」

 「アンデットを魔法生物とミックスした生き物なんてどうやって作ったのですか?」

 「ああ、犠牲者には冒険者もいたからな。彼らに【変形トランスフォーム】の魔法をかけて好きな姿に変化するように伝えたら、半分はアレになったよ。様々な経験を積んでいるだけあって、このゲームで効率良く痛みを与える術を良く考えているな」


 ダンジョンを攻略する上で最大限に注意を払わなければならないものはモンスターだけではないのだ。トラップは瞬時に命を奪う悪辣なものから、身動きする力を奪うものなど様々なものがある。

 その中でも特に致命的なのがこのイミテーターである。ミミック等を代表に多種多様な形を持つイミテーターだが、その高度な擬態に引っかかれば瞬時に命を奪われる事となる。

 宝箱を開けて油断した所を頭からパクリとやられれば首無し死体の出来上がりである。


 「貴族社会で生きていてはお目に掛かる事も無かっただろうさ。俺だってあっちの世界ではラノベに出てくる鬼畜な存在だなぁ程度の認識しかなかったからな」

 「私も所見ですが、アレは避ける事が出来ないと思いますわ」


 モグモグと咀嚼されて磨り潰された2人の末路を見て唖然とするイーリスであったが、今後の展開を考えてゾッっとする。これは始まりでしかないのだから......。




 通路で蘇生した2人の表情は怒りで染まっていたが、己の未熟さに対する怒りも多分に含まれていた。


 「まさかあの様な生き物まで存在するとはな」

 「私も噂話で耳に挟んだ程度でしたが、ダンジョンで生息するモンスターがここで登場するとは油断しました」


 気持ちを切り替えた2人は周囲を確認しながら改めて行動を開始する。

 噛み砕かれて破損した装備まで復元されている事に驚愕したが、感触を確かめるついでに音も無く武器を振るいアンデットを葬った。

 腐汁を滴らせるフレッシュゴーレムや無言で忍び寄るファントムを切り捨て、串刺しにする手際は見事な物で、戦闘に使う時間が惜しいとばかりに瞬殺していく。


 2階のメインホールに繋がる扉を発見した2人は息を潜める。ダンケルクが扉を開けようと手を伸ばした瞬間、またしても扉に擬態したイミテーターが襲い掛かる。

 しかし、今度は警戒していたガードルートが剣で扉を切り飛ばし、ダンケルクを救い出す。


 「すまぬ。同じ手を2度も食らうとは情けない」

 「いえ、まさかを想定していただけに過ぎません」


 切り飛ばした扉を通り抜けてメインホールに入った2人の目には、青い光を放つ光球が室内を漂っている光景が飛び込んできた。

 マップを取り出すと、先ほどと同様に光点が存在しており、魂の欠片と刺客が室内に存在している事を示している。

 おそらく、漂っているあれが魂の欠片だろうと2人は顔を見合わせて頷く。回収の器を取り出そうとした瞬間にゾクリと背中を走った悪寒に2人はその場から飛びのいた。


 ズズン!と見上げる程の巨体が落下して2人が立っていた床が陥没する。

 キィキィと豪華なシャンデリアが揺れているが、どうやらあれに捕まって待ち構えていたのだろう。100キロを超えるであろう巨体の男がそこにはいた。

 顔には無表情の仮面を付け、筋骨隆々とした肉体にはズボンと靴のみをつけており、空間にズブリと手を突っ込むと2メートルを超すサイズの巨大な戦斧を取り出した。


 「ダンケルクとガードルートか......どちらも殺し甲斐のありそうな男ではないか!ククククク」

 

 ブンッと振るわれた斧から風の刃が発生して、地面に大きな溝を穿つ。


 「ここより先は我が通さぬ。欠片が欲しければ、その力で押し通れ!」


 ビリビリと肌を振るわせる咆哮を2人に浴びせた男はその巨大な斧を片手で軽々と振るい、圧倒的な暴威を見せつけると、片手で手招きする様な仕草で挑発する。


 「その仮面は死神のバルクホーンか!」


 当時の戦場で対峙したくない敵を挙げれば、10人に7人は彼の名前を挙げたであろう猛者である。

 1000人切りを達成した逸話を持つ、騎士王国アゲートで活動していた男である。

 戦場の死神として有名だった傭兵で、その巨大な斧を一振りすれば鮮血と臓物が降り注ぎ、敵と大地を真っ赤に染め上げたと、王国の戦記にもミンチメーカーと名前が残る程である。


 「流石は騎士団長殿だな。もう20年以上も前の事を覚えているか......その切っ先が喉を抉った感触は俺も忘れていないぞ?」

 「貴様も復讐か!どうやらもう一度引導を渡されたいらしいな」

 「抜かせ!一騎打ちと言いながら、卑怯にも背後から部下に奇襲させた卑劣な手口、忘れたとは言わせんぞ!」


 ゴウッ!と怒りのまま巨斧を地面に叩き付けたバルクホーンは激昂しギリギリとコブシを握り締めた。


 「あの屈辱、あの怒り、あの憎しみ、あれほどの感情を忘れる事が出来ようか!貴様等に欠片などくれてやるものかよ!」

 「ふん、敗北した負け犬が吠えるものだ。もう一度地に這い蹲らせてやろう」


 こうして2人の戦いは幕を開けたのである。

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