第64話復讐計画第2段階 魔境に響く笑い声

 「ガードルートが殺られるだと?冗談ではない!」


 ドン!と馬車を殴りつけたダンケルクは、事ここに至ってようやく自分の置かれた状況を正確に把握し始めた。

 あれ程猛っていた筈の衝動が萎んでいくのを感じた。自分の危機を明確な形で感じた事により、冷静な心が目覚めて生存方法を求めて全開転を始めているのが分かる。


 「結局は自分だけが頼りだという事か。しかし、手段を選んでいる場合では無いな......くっ、この屈辱を忘れる事はないだろう。ゼストと言ったな!これで勝ったと思わぬ事だ!」


 正に悪役といったテンプレの台詞を残してたダンケルクだったが、転移の魔道具を起動すると姿を消す。


 「これで良かったんですな?」

 「ああ、これでダンケルク側の戦力はほぼ駆逐した。公爵領へ連絡を付けても王都へ駆けつけるには2日は掛かるだろうし、王都の公爵邸に残る戦力は全て無力化してあるからな......悪夢の開幕だ」


 ゼストの問いかけにケイがニヤリと笑いながら答える。


 「これからあの外道には己が罪を存分に償って貰いましょう。私の、私達の復讐が幕を開けますわね」

 「ああ、ここからは好きにすれば良いさ。あっちは内部時間を掌握してた別空間へ変化しているからな。殺しても殺しても逆再生して楽しめるから、どんな無茶をしても大丈夫だ」

 「感謝致しますわ。果たされる事が無かった数多の願いと思いを乗せて、万倍の苦しみで染め上げて見せます」


 イーリスが自ら背負った幾千幾万の魂達の声は真紅のバトルドレスに宿り、噴出する程の暗い感情の波を放ち続けている。


 「伝説クラスで語られるアンデッド達の王とは、きっと今のイーリス嬢の様なオーラを放っているんだろうな」

 「ああ、味方だからこっちにこないように調整してくれてるけど、あたしらが敵だったら近くへ行くだけで発狂するだろうさね」


 ゼストとアメリアでも嫌な汗が流れるのを自覚する程度には余波を受けており、イーリスの今の状態に危惧を覚えて警戒している。

 

 「行ってこいイーリス!待ち望んだ瞬間を存分に楽しんでくるといいさ」 「はい!行ってまいりますわ」


 瞬時に転移術式を編み上げた俺は、虚空に魔方陣を展開すると転移門を設置した。一回で消える使いきりの魔法ではなく、術者の意思で消滅までの時間を決める事が出来る設置型のゲートである。

 イーリスは門を潜り抜けて出発していったが、こっちは後始末が残っているので全員がすぐに移動するわけにもいかないのだった。


 「んじゃ~、俺も行くわ。奴隷達の移送はリトアに任せておけば良いだろう。バルドにも連絡は付けてあるから、顔見せも必要だろうし丁度良いさ。2人も後始末が終わったらこっちに来てくれ」


 そう言い残してケイも転移門へ消えていく。


 「凄惨な復讐が行われるんだろうねぇ。正直な所、胸糞悪くなるだろうから行きたく無いんだけど、私も一太刀浴びせないと許せない事情があるからねぇ」

 「俺も同意見だ。あの公爵には借りがあるからな。最後を見届ける義務がある」


 多くの繋がりを持っている傭兵ともなれば、同業者や友人が公爵の毒牙に命を落としたという話など何度も聞かされてきた事だ。諦めにも似た感情で皆が諦めていたのだ。


 「ドジを踏んじまったな」「報酬に釣られて馬鹿な依頼を受けるからこうなるんだ」「やっぱ嵌められたか」と帰らなかった者へ捧げるグラスへエールを注ぐ者、相手の居ない乾杯をする者と様々だったが、彼らも皆がやりきれない思いを無理やり割り切っているのを何度も見てきた。


 「最後はアタシらが見届けるとしようかねぇ」

 「ああ、俺達はあいつ等の代わりに見届けて、あいつ等に語り伝えてやらにゃならんしな」


 2人は手を繋いで語ると、少しの間だけ亡くなった友人達に向けて黙祷を捧げた。

 


 転移したダンケルクは公爵邸の変わり果てた姿に絶望した。そこは数日前に自分が支配した屋敷ではなく、沢山の気配が彷徨う魔境と化していたからだ。

 奈落の結界は解き放たれており、アンデットが跳梁跋扈するそこは、もはや下手なダンジョンよりも凶悪な空間となっていた。


 「何が、何が起きていると言うのだ!この数日で一体何があったのだ!」


 ケイが王都で行ったのは完全な情報規制と、神結界クラスの強度をした空間の構築である。

 エルリック王に奈落の存在を報告すると、同時に今回の計画を掻い摘んで話した所、何でも協力するので奈落を何とかしてくれないかと懇願されたので了承する。

 ダンケルクを恐れて公爵邸の周辺に住む住人は居ないが、周囲の道を衛兵で遮断して通行不可能にした後で結界を構築することになった。


 「相変わらず愚かな男ですね」

 「誰だ!この俺が愚かだと!?」


 空間が歪んで開くと、そこにはイーリスが立っていた。ケイの魔法で少女になった姿ではなく、陵辱の限りをその身で受けた【氷華】がそこに咲き誇っている様を見せ付けられたダンケルクは驚愕する。


 「イーリス......イーリス・クラインだとでも言うのか?なぜ生きている?なぜ傷一つ無い姿でここに現れた?」

 「愚かなお前には分からないでしょうね。全ては至高のお方の手の上である事も、自分の無能が私を生かしたという事実も、ここに生まれた魔境の意味も」


 奈落から解き放たれた不浄の存在が空間全域を犯し始めている。空気は汚染されて瘴気が混じり始めているし、奈落からあふれ出した腐臭が鼻を突く。

 群がれば人を一瞬で白骨化させるだろう程まで増殖した人食い蝿が群れを形成して飛び回り、ゾンビやグールまでも苗床に変えている。


 「こんな事をして生きていられると思っているのか!貴様など私が本気を出せば赤子の手を捻るようなも」

 「お黙りなさい豚!」


 言葉を遮るように振るわれた鞭の一撃がダンケルクの左腕を吹き飛ばす。

 

 「ぐぁああああ!!きき、貴様ぁ!何をしているか分かってい」

 「黙れと言いましたよ?この汚物ふぜいが」

 「ぎゃあああああ!」


 更に一閃された鞭が右足を吹き飛ばした事でダンケルクが地を転げ周り、立つ事も出来なくなる。


 「時間はたっぷりとあります。この時間を楽しみましょう?ふふふ、貴方に復讐したい人は数え切れない程居るのですよ?勿論ですが、何度詫びた所で私が貴方を許す事などないですよ?泣いても叫んでも手遅れですわ」


 ダンケルクの叫び声に反応して無数のアンデット達がこちらに向かってくるのを感じたイーリスは、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるとその成り行きを見るイーリス。


 「うあ......あん、け.....あう......るく」

 「コロスコロスコロスコロスコロス」

 「ダンケルク......ソコカ、ケヒヒヒヒ」


 腐肉で構成された人形が腐汁をグジュグジュと噴出しながら歩いてくる、両手にナイフを持った黒い影が地面を滑るように高速で近寄ってくる、鎌を構えた死神を連想させるような亡霊が空を飛んでこちらに向かってくる。

 彼らは奈落に落とされた犠牲者の成れの果てである。


 「わぁあああああ!!来るな!繰るなくるなぁああひぃやああああああ!」

 「アハハハハハハ!どこに逃げるというのですか?逃げ道など残されているとでも?」


 地面を芋虫のように這いまわり逃げようとするダンケルクの脇腹を蹴り飛ばしてアンデット達の方へと追いやる。ボキンと肋骨の折れる音がして、臓腑に深々と骨が突き刺さったダンケルクは血を吐き出す。

 

 「ぎがぁあああ!げふぅ......ううう」


 ナイフで滅多刺しにされ、残った腕と足を引きちぎられて貪られ、上半身と下半身が別れを告げる中でダンケルクは絶叫し、嘆きの声を上げ、許しを請うが蹂躙を止める者は居ない。

 そして、ダンケルクは気付いてしまった。本当の絶望は始まっても居ない事に。


 「なぜだ!俺は何で生きているんだ!死ねない!?死なない!?」

 「誰がお前の死を許したのですか?貴方が奪った命はいくつですかしら?与えた痛みはどれほどですの?」


 ニコリと優しく微笑みながら、涙でくしゃくしゃになっているダンケルクの上半身に声を掛けるイーリスが手に持った鉄杭を眼球に突き立てる。


 「ぎぁあああああああ!」

 「もっと!もっとです!鳴きなさい!絶望を感じなさい!お前の罪を数えろ!お前を許す者など居はしないのです!あははははは」


 振るわれた鎌がダンケルクの首を刎ね飛ばしゴロゴロと転がるが、肉体的な損壊が一定を超えたので魔法が発動する。時間が巻き戻されるようにダンケルクの体が復元され、光が収まった所に立っているのは無傷のダンケルクだった。衣服まで完全に復元されており、今ここに来たのかと錯覚するほどだった。


 「なな、何が起こった?体が?手も足もある、目が......見える?」


 呆然としたダンケルクだったが、周囲の状況を再認識して瞬時に逃げ出す。


 「どこに行くのですか?ああ!鬼ごっこがしたいのですねぇ?ふふふ」


 半壊した屋敷の扉を開けて中に逃げ込んだダンケルクは必死だった。


 「ひいいいいい!どこに逃げればいいというのだ」


 知り尽くしている我が家が魔境と化しており、観葉植物だった物は死体を食い荒らす化け物へと変貌しているし、飾られていたはずの鎧は剣を抜き放って追いかけてくる。天井に吊られた豪華なシャンデリアには明かりの代わりに飾られた生首や白骨が乗せられており、怨嗟の声と視線をこちらに向けている。


 「はぁはぁはぁ、なぜ俺がこのような目に合わねばならんのだぁああ!!」


 ここに至っても罪を自覚する事の無い愚かな罪人は、更なる絶望に向かって闇を転げ落ちていく。

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