第40話時を越える者と使役されし竜姫2

 私の国が滅びたのは私が滅びを望んでいたから。

 長く生きて擦り切れた心には、人としての生に喜びを感じるという感覚が無くなってしまったの。

 大切な誰かに先立たれた事もあったけど、もっと単純な事よ。

 何かをやって楽しいって気持ちが起きなかった。美味しい物を食べても味がしなかった。

 感情に色が無くなってしまったのよ。


 そんな私の気持ちが伝わったのね。滅びを望む私の気持ちに応えようと四公爵の内3人が結託して叛乱を起こしたわ。

 最後の1人は私と一緒に滅ぼされるのを選んでくれたの。それがセレスタイトよ。

 私を守ろうと、たくさんの部下達が死んでいったわ。それでも乾いた心には痛みが蘇る事は無かった。

 

 「ローゼンシア様、お望み通り滅びの日をここに」

 「最愛なる我が主、貴方を救えなかった私に出来る最後の奉公です」

 「ローゼ様、本当はもっと一緒に居たかったです」

 

 突き刺さる言葉の矢に傷みを覚えた私だったけど、もう全てが手遅れだった。

 四肢を拘束する魔道具、弱体化の呪い、再生能力封印の魔方陣の効果が重なり、私は抵抗する力を失った。


 「先に行って待ってますね。ローゼ、竜としての体裁を取り繕った芝居も楽しかったですが、やはり最後の時は人の姿で終わりを迎えたかった。誰よりも長き時を共に歩んだ者として、滅びを迎える時も共に」


 ローゼの言葉を聞いて、ああ......私は間違えてしまったんだなと思った。

 思えば私がこうなったのは、あの悪魔と会話をした後だった。



 「全てを手に入れて満たされたはずなのに、渇きが癒されませんか?」


 政務を行う為に机に着いていた私に声を掛けたのは、1人の悪魔だった。


 「時の彼方に置き忘れた感情は何色だったか......知りたくないですか?」

 「何者です。何が言いたいのですか?」

 「貴方が不幸になった原因は、貴方にあるのに目を逸らそうとしているようですね。いや、それに気が付かないだけでしょうか?」

 

 猫獣人のような外見をしているが、身に纏う膨大な魔力と存在感が、そのような下等な存在ではないと言葉無く否定する。


 「私は貴方を救いたい。これは性分ですが、死にながら生きている人を見ると、その傲慢さに、その哀れさに、救いを差し伸べたくなるのです」

 「私が死んでいる?何を持ってそんな事を」

 「まるで砂を咀嚼するかの様な食事、心が満たされない形だけの会話、満たされない思いを抱えた毎日。幸せを見失った貴方は、自分が何処に行きたいのかを見失っています」


 悪魔は恭しく頭を下げると、詫びの言葉を述べる。


 「これは失礼しました。私はラプラスと申します。貴方の望みを叶えに来ました」

 「悪魔との取引?何が望みです?」

 「その血を僅かばかり頂きたいのです。悪用する気はありません。私にも救いたい人が居るのです。純粋な取引ですよ」

 「良いでしょう。確かに生に飽きていたのは事実ですし。自分で生きているのではなく、誰かに生かされている様な気がする毎日。心満たされず、何をすれば良いのか分からなくなってきていたのは事実です」


 ラプラスは小さな小瓶を取り出すと、蓋を開けて呪文を唱えた。

 小瓶は光を放つと私の目の前に浮かんだ。


 「対価の前払いですか、良いでしょう」


 スパンと手首へ爪を一閃すると、血液が零れだす。

 小瓶に血液を注ぐと吸収されていき、栓が勝手に閉まる。

 腕に治癒魔法が自動で掛けられた。


 「では、滅びの運命と過去への旅。どちらか好きな方を選んでください」

 

 私の目の前に2つのオーブが浮かび上がる。


 「どちらを選んでも後悔するかもしれませんし、満たされるかもしれません。少なくとも現状を繰り返すよりもよっぽど価値があると思いますが?」

 「そうね。私が今更過去に戻って何が出来るとは思わないし、素直にここで消えるのもこの世界の為かも知れないわね」

 

 滅びのオーブへ手を伸ばす私に静止の声が掛かる。


 「本当に後悔しませんか?今なら引き返す事が出来ますよ?」

 「勧めた貴方が止めるの?」

 「自暴自棄で選んでいませんか?大切な存在は居ないのですか?」

 「......居ないわけじゃないけれど。もう疲れたのよ」

 「そうですか。私には貴方がもう一度違う選択を望む気がしたのですが......見込み違いでしたかね?」


 悲しそうに微笑んだ悪魔は、喜ぶような悲しみのような曖昧な表情を浮かべた。

 

 「結構です。神が存在するならば、この結末を書き換えてくれる事を願わずにおれません」


 パチンと指を鳴らすと、オーブが砕け散った。


 「最後の日は3日後です。それまでに貴方がもう一度答えを見つける事を祈っています」


 そう言った悪魔は、闇に飲まれるようにして姿を消した。


 ここが私の分岐点。最後の選択はこうして下されたのだ。

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