第39話時を越える者と使役されし竜姫

 「GYAAAAAA!!!!」


 そこにいたのは骨と化した一匹の竜だった。

 禍々しいオーラを放っていると予想していたが、世界の全てを呪うような、不死者特有の邪気は発していない。

 長き時を越えて尚風化することが無い骨は、生前は頑強な鱗に覆われており、鋼を超える強度の筋肉がその巨体を動かしていたのだろう。

 咆哮を上げはしたが、こちらを襲う気配も無く。微動だにしない骨の竜。

 

 「これは......使役されている?竜を超えるような馬鹿げた力の持ち主が居るな」

 「ご慧眼ですね。神の如き存在だとお見受けしましたが、中身は複雑な形をしていますのね」


 目の前の壁と同時に崩れた天井、声は上から聞こえてきたが......見上げるとそこには一人の女性が浮遊していた。

 神秘的な光を放つ銀髪は、まるで月の光を宿したかの様に儚げで美しく、その薄っすらとした光は全身へ伝わっている。淡雪と表現すれば良いだろうか、白過ぎるその肌は、真紅に輝く瞳をより際立たせている。

 人成らざる者の美しさ、妖しげな魅力を全身が放っている為、心の弱い者はその意に抗う事は出来ないだろう。

 神秘的な雰囲気をまとった彼女は、何かを思案する様に腕を組んで考え事を始めた。


 何かに気が付いた表情を見せた彼女は、浮遊するのを止めて、地面へと降り立った。


 「高い所から見下すなど、目覚めたばかりとはいえ失礼致しました。私はローゼンシア・リーンハルト・オブシディアンと申します。今が何年かは分からないですが、滅びた国の女王ですわ」

 「オブシディアン?それって歴史書レベルじゃないかな?」

 「ケイ様、彼女が言っている事が本当ならば、1億年程前に存在した吸血鬼が統治した国があったと伝えられている国の女王という事になります」


 教えて!【百科事典】ウィキペディア先生!

 『解』【オブシディアン帝国】1億1211年前に建国されてから、滅亡する9536年前までの間、大陸全土を統治した。女帝ローゼンシア・リーンハルト・オブシディアンが建国してから滅亡まで王となり君臨する。

 真祖であるローゼンシアから不老不死を賜ろうと、大陸で覇を唱えた王達が頭を垂れて従った為、無血での大陸統一を果たした唯一の国。

 別名、【夜の国】と呼ばれたこの帝国は、ローゼンシアが自らが使徒として選んだ、四公爵を頂点に爵位持ちの貴族達が支配する吸血鬼の国だった。

 少数ながらも圧倒的な武力を誇る貴族達と、使役される魔獣、不死者の軍勢が中核を成す帝国軍は、夜の支配者と呼ばれており、魔王や竜達でさえ容易に敵対する事は無かった。


 黄昏の時と呼ばれた。四公爵の突然消滅による国家基盤の崩壊と女王の行方不明で、帝国は1月と持たず瓦解した。その後、自らを王と称する上級吸血鬼達が国を建国して領土を広げるが、悉く他国軍や竜達の襲撃にあって崩壊する。

 この出来事で歴史の表舞台から吸血鬼は姿を消していった。

 帝国滅亡には諸説あり、女王が自ら命を絶った為、直属の眷属であった四公爵が消滅した。女王自らが帝国を滅ぼすべく四公爵を消した。

 何らかの理由で神の怒りに触れた帝国を神が裁いた。

 どれも確証は無いが、それくらいでなければ説明が付かないと言われ、今でも歴史家の間では議論されている話題である。


 との事だ。これは歴史的な瞬間に立ち会ってしまったのだろうか?何にせよ俺が取る行動は一つ。


 「ならば話は簡単だ。ローゼンシア......お前が欲しい」

 「......は?脈絡が無さ過ぎて理解が追いつかないのですが?」


 呆気に取られた表情は、先ほどまでの神秘的な霧散しており、統治者や絶対者としての仮面が外れている。

 

 「どんな理由でここに居るとか、何を背負ってここに来たとかどうでも良いから!帝国を長期に亘って統治したその卓越した手腕を是非貸して欲しいね」

 「はぁ、貴方は私の素性を知っても、驚いたり傅いたりしないのですね」

 「何で?そりゃ、魅力的で可愛い女性が居れば口説きたくなるけど、今は為政者としての判断で動くべきかな~って思ったんだけど?」


 どうして眉毛の間を摘んで悩んでいるのかな?何か不味い事言ったかな?......分からん。


 「ローゼンシア様、ケイ様をそこらの有象無象とご一緒にされては困ります。私の旦那様はやがて世界を統べるお方です。不老不死と引き換えに何かを差し出す様な愚か者達とは格が違います」

 「それにケイはそんなレベルなんかとっくの昔に卒業してるんだから!」


 嫁達が俺自慢を始めだした。いかん、このままでは夜を徹してのマシンガントークへ移行するのが見えている。俺が止めなければ!と思ったんだが、ここで思わぬ所から声が掛かる。


 「ローゼ、どうやら彼等は本当に奴等とは関係無いようだ。それに、おそらくその少年は神格位所持者であろう。我々が如何に足掻いても、逃げる事も倒す事も叶うまいよ」

 「セレス!黙っていなさいと命じたでしょう?ああ......偽装も無駄になったわね」


 セレスと呼ばれた骨の竜は、輪郭がぼやけて変化し始めた。

 細工をしているのは分かっていたが、こちらが見破っている事を手札として切る前に、自分から晒す所を見るに、彼女は駆け引きにも長けているようだ......ふふふ、逸材だぞ!これは楽しみだ。


 「姿を偽って居た事を詫びましょう。彼女はセレスタイト、今の時代に存在しているか分からないけれど、水晶竜クリスタルドラゴンでも上位の力を持つ個体よ」

 「挨拶もせずに口を挟んでしまった事をお詫びしましょう。私の名はセレスタイトと申します」


 頭を垂れる竜は、先ほどまでの骨の体では無く、水晶のように透き通った鱗を身に纏った、美しいドラゴンだった。洞窟の中で明かりは光魔法だけだというのに、まるで動く宝石がそこに存在するかのようだ。

 生きた芸術品と言っても過言では無かろう。光の加減で虹色に見える体表はキラキラと輝く天の川みたいだ。


 「あまり見つめられると照れるのですが......ケイ様?」

 「むう、夜空に流れる星の川の様だと思ってね。不躾ですまないな」

 「あう、その様に譬えられたのは初めてです」


 シュルシュルと縮んだセレスタイトは、ポンッ!と人間型へと変化した。

 青色の透き通った髪は水晶のように煌きを湛え、サファイアの様な蒼い瞳と相まって彼女の魅力を最大限に引き出している。

 身に纏った衣装は、鱗が変化しているのか水晶のような光沢を放つローブへ変化していた。


 「もう、勝手に人型に変わって。何でそんなにシャイなのよ」

 「ですが、あのような熱い視線を殿方から向けられるなど、私の竜生において数えるほどしかなく......」

 

 ゴニョゴニョと言い訳を述べるセレスタイトと呆れた様に言葉を聴くローゼンシアは姉妹のようだった。

 

 「貴方に協力しても良いけど、聞きたい事があるの。もし、貴方が力を持っているならその力を貸して欲しいのだけれど」


 そう言った彼女は条件を語りだした。

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