第6話 餃子

 あまり、何も考えたく無かった。だから、ただ材料を混ぜてひたすら皮に包むだけの餃子を作る事にした。味なんてどうでもいいからキャベツとニラとひき肉と、あとは市販のタレを混ぜて作った。どれだけ必要かわからないから皮も2パック買った。全部で100個できる計算だ。タネを混ぜるとテーブルに座って黙々と餃子を包み始めた。

 

 彼は会社も辞めてしまった。周りの人には理由も告げずいきなりだった。連絡も付かないままだ。どこで何をしているのか全くと言っていいほどわからなくなってしまった。

 

 部屋の中は大体片付いた。家賃を支払ったおかげで余裕がないから部屋のものは置いて行きたいと鈴木さんにお願いしたら、物も新しいので、いくつかは了承してくれた。それでも調理器具等は、どうする事も出来ずに処分する事にした。処分する事を決めたらせめて最後に何か作りたいと思った。また、しばらくの間は誰かの為にご飯を作る事もないだろうから、誰に作るわけでも無いが、あえて言うなら今まで億劫がってしてこなかった、自分の為にご飯を作る事にした。

 

 全てのタネを皮に包んで、3回に分けてフライパンで焼いた。焼き終えた物をありったけの皿に分けて無造作に盛り付ける。最初の一皿目にぐるっと醤油をかけ、続けてラー油をかけた。熱いうちにと1個目をほうばった。

 

 彼の同僚が噂していた。彼が辞めた理由は女が原因だと。女で借金を作ってそれが奥さんにバレて離婚に至ったと。それで会社にいられなくなったと。彼等はあくまでも噂話としてそれを話していた。

 

 1個目が口の中にあるうちに2個目を口に入れた。焼きたての餃子はとても熱く口の中を火傷しそうになった。それでもなんとか飲み込んで3個目をほうばった。

 

 噂話は瞬く間に広がったが、不思議な事に不倫相手の名前は浮上しなかった。SNSで出会っただとかお店の女の子だとか憶測だけが飛び交ったが、どれも最期に馬鹿な事をしたものだと嘲笑われていた。

 

 3個目4個目と熱い餃子を口に入れる。おいしいのかおいしく無いのかもわからない。ただ目の前の餃子を口に入れる。飲み込めないから口の中がいっぱいになる。それでもなんとか飲み下そうと一生懸命噛んだ。そしたら何故だか涙が溢れた。餃子噛んで飲み下そうとすればするほど涙が溢れた。

 

 馬鹿な事をしたもんだ。本当に馬鹿な事をしたもんだ。更に無理矢理餃子を口にほうばる。そうしたら更に涙が溢れた。餃子を飲み込みたいのに、嗚咽も溢れてどうやって食べればいいのか分からなくなる。それでも一生懸命噛んだ。

 

 だって、私は

 

 愛していたんだ。愛していたんだ。馬鹿でもなんでも、彼の事を愛していたんだ。

 ふれられるままに、ほだされるままに。ただ気持ちの赴くままに。愛していたんだ。愛していたんだ。

 

 餃子はそのまま減らなかった。ただ包んで焼かれただけの残骸が目の前に散らかっていた。あんなに泣いたのは何年ぶりか。それでも幾らかスッキリとした。

「馬鹿な事をしたもんだ」口に出して思わず笑った。思えばこうして笑ったのも久しぶりのような気がする。

 

 会社は辞める事にしよう。今このタイミングでは怪しまれるかもしれないが、それはただの事実でもあるし、そう思われても仕方ない。ただ、この部屋と一緒に全て終わりにしてしまおう。そして、今度こそ見つけよう。ご飯と私が、胸を張っていられる部屋を。


 おわり

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ご飯と私のある部屋 枡田 欠片(ますだ かけら) @kakela

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