第3話 のり唐揚げ弁当

 彼とは会社で出会った。会社は確かにおんなじだったが、部署が違うので顔を知っている程度の知り合いでしかなっかった。

 その頃私は就職して2年目。単身、東京に出て来て、そろそろ一人暮らしも辟易としていた。

 

 昔から料理は好きだった。実家にいる頃は時間があれば料理は全て私が作っていたし、それを食べて喜ぶ家族の顔を見るのも好きだった。特に私の手料理を喜んだのはお父さんだったから、得意な料理は、お父さんの好きなものが多くなっていった。

 しかし、東京にでて1人暮らしを始めると、だんだんと料理が億劫になってきた。自分1人が食べる量というのが最初の壁で、誰にも感想を言われないというのが最大の壁だった。

 

 そしてその頃、あれは何の会だったかは忘れてしまったが、会社の飲み会で彼と始めて話をした。趣味はと聞かれて、特に人に話すような趣味などなく、「料理です」と答えた。

「へえ、食べてみたいなぁ」私は彼が既婚者である事は知っていたし、はっきり言って軽そうな人とも思っていなかったので、そんな事を言うのが意外だった。「奥さんに毎日作ってもらってるんですよね」それは、素朴で至極自然な質問だと思ったけど、それに対して彼はなあまり良い反応をしなかった。

 

 その、何日後だかは忘れてしまったが、私は朝早く起きて、お弁当を作った。前日から下味をつけた鶏の唐揚げと、三段に重ねたのり弁当だ。のりの他におかかとじゃこをみりんで味付けしそれも、あわせて重ねた。色合いが真っ黒になってしまったから、きゅうりの入ったポテトサラダとミニトマトを添えた。食べたら捨てられるように、お弁当箱はプラスチックのものにして、割り箸を添え、紙袋にそれと分からないように入れた。

 直接手渡すのは、気が引けたので、いつもより早く出社し彼のデスクに置いた。

 それをした後、午前中の間はずっと後悔をしていた、なんでこんな事をしてしまったのか、重い女だと思われてしまうのではないか。たかだか飲み会の社交辞令を間に受けるなんてどうかしている。

 特に昼の時間は生きた心地がしなかった。

 

 午後になってすぐ、廊下を歩いていると、背中をポンと叩かれた。彼だった。「すごく、おいしかった。今度お礼にご馳走させてよ」それだけ言うと彼は去って行った。

 その後、間もなく私は彼の誘いに応じた。

 何度か食事を重ねて、やがて身体を重ねた。

 私は、それを拒む事など出来はしなかった。

 あの日、お弁当を渡した日。彼に背中を叩かれたあの時。私は身体中に電流が走るのを感じた。その瞬間から、私は彼を求め続けていた。

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