第2話 鮭茶漬け
さすがにテレビまでは置けなかった。買うにしても値段は高いし、部屋から持ってくるのも億劫だった。それに、そもそもあんまりテレビは見ない。だから、1人でいる時は大体、本を読んだりして過ごしていた。時計はもう午後8時を回っていて、今日は彼からの連絡は無い。彼には以前から、ご飯を作る都合があるから来るときは連絡してほしいと伝えてあって、彼はそれを律義に守る。だから、この時間に連絡が無ければ今日はもう来ないだろう。
この生活を始めて気付いたのだけど、1人のご飯があらためてしんどい、材料はあっても作る気がしないし、正直あまり食べる気もしない。どうしようかと考えながらキッチンをうろつく。なんとなく買い置いてあったミックスナッツを皿にわけ、彼の為に買ってあった缶ビールを開けることにする。
テレビとは逆に、こちらは贅沢して買った二人がけのソファーに腰をおろして、ビールを片手に本の続きを読んだ。
静かな時間が流れる。ページをめくる音が耳障りなくらいに。
どこかで誰かの笑い声が聞こえる。おそらく隣の部屋からだ。どんな人が何人住んでいるかも知らないけれど、明らかに複数人の楽しそうな話声がが聞こえた。
そう言えば声。
”この感じだと私の声も隣の部屋に筒抜けだろうな”
そう考えたら、お酒の力も手伝って、なんだか身体が熱くなった。
アレの時の事なんて、部屋を選ぶ時は考えてもいなかった。ただ二人だけの空間であればどうでも良かった。でも、もしそれを気にしていたとしても、そんな事どうやって伝えれば良かっただろう。アレの時の声が漏れない部屋なんて要望。あの物件数ナンバー1の鈴木とかいう担当はどんな顔して聞いただろうか。条件を絞る事が出来ると喜んだのだろうか。そんな事を考えていたら電話が鳴った。彼からだった。
「今駅にいるんだけど、これから行くよ」それは珍しく突然の連絡だった。
「今から?もう駅なの?」
「うん」
私は少し困った。
「ご飯は?何か食べる?」
「何かあるかな?」
「簡単なのでよければ」
「うん。連絡してなくてごめん」
「うん」
電話の向こうの彼は、少し酔っているみたいだった。改めてキッチンに立つ。余り物の冷凍ご飯を1度レンジで解凍し、更に少し水を足して再度温めなおした。焼いた鮭をほぐしていると、彼が部屋に入ってきた。少しどころではない。だいぶ酔っているようだ。
「飲んでたんでしょ?お茶漬けでもいい?」
「助かる。ありがとう」そう言うと彼は後ろから抱きついてきた。一瞬思考が止まってしまいそうになったが、その腕を振りほどいてお茶漬けの続きを作る。
ほぐした鮭をご飯にのせて、さらに砕いたナッツを揚げ玉がわりに使った。煮立たせた出汁をひたひたに注いで、炙った海苔を刻んでまぶす。少し迷ったが梅干しではなく、摩り下ろしたワサビを乗せた。その代わり梅こぶ茶の粉をひとつまみいれる。
ソファーに座りくつろぐ彼に、お茶漬けを出すと、ズズズと勢い良く音を立ててすすった。熱いはずのお茶漬けだったが、あっという間に食べてしまい、フウと息を吐きながら腹をさすっている。
「冷たいお水でものむ?」空いた皿をさげながら台所へ向かうと、彼はスッと立ち上がりまた後ろから抱きついてきた。
酔った彼は少し乱暴で、いつもの丁寧さはなりを潜める。私はされるがまま1枚1枚服を剥ぎ取られていく。正直、私の準備はとっくに出来てる。電話の時から整っている。そっと彼のにも触れてみたが、どうやらこちらも大丈夫みたいだ。私はその場で組み伏せられて、そのまま彼に抱かれた。
ああ、そう言えば声が。
隣の部屋に聞こえてしまう。それは、そう思いはしたが、結局やっぱりどうでもよかった。
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