第34話 二人の戦い2

 騎士の一人が焦った様子で、もう一人の騎士に問いかける。


「しかし、実際問題、こうして報告が来ている。何か起きているのだろう」

「……どうする? 向かうか?」

「……う~ん、しかしここを離れるわけにはいかない。別の奴が行ってくれることを信じるしか……」


 騎士は問答に答えられず、ごまかすしかない。


 この事態は確かにあり得なかった。今の今までこんなことが起きたことなどない。ランクの高い魔獣は『疎外の紅眼スカーレット』が対処して、自分達がどうにかできる魔獣は魔獣除けと小銭を稼ぐ冒険者によって征討されてきた。その均衡が、まさか今日起こるなど想定できるはずもない。


「緊急連絡! 南門よりも魔獣の接近を確認。このままでは、甚大な被害が出ることが想定される。至急、向かわれたし!」

「……一体何が、この街で……」


 訳の分からない警告の声が鳴り響き、騎士達は青ざめるしかなかった。




「……うまくいったみたいだね~」

「……これでいいんでしょう、マロン?」

「うん、上出来、上出来~」


 騒ぎを起こした張本人達は普段では考えられないほどの深手を負いながら、ディルエールに向かう魔獣達を見届けていた。レナとマロンは日向の切実で真剣な手紙に心を打たれ、『義務』ではなく自身の『良心』で戦いに出向いていた。


 レナとマロンは生み出される大量の魔獣を自身の武力と魔法の力を駆使し、魔獣を調教して、ディルエールへと誘導していた。魔獣を殺さず、圧倒的暴力で従わせる。その難しさは討伐と比べ物にならない。


 しかし、ディルエール国民に手出しが一切できない上、侵入するのも不可能に近い彼女らには、騒ぎを起こすのにはこの方法しかなかった。


「……これは、想像以上にきついね~。魔獣に手加減しないといけないんだから」


 全身に擦過傷さっかしょうや切り傷がつき、息の荒いマロンは溜息交じりに隣に立つレナに話す。


「……それを、私に言ってどうするの? あなたが付き合ってと言ったから、付き合ってあげたのに」


 マロンと同様の状態にあるレナも息を荒らげて返答する。


「でも、レナもお兄さんの言葉に胸を打たれたからついて来てくれたんでしょ~」

「……それは……そうだけど……でも、それ以上にアイシアのことを……ね」

「まあ~、そうだね。……あんな顔されたら、世話を焼くしかないよね~」


 二人が見つめるのは遠くに見えるディルエール。そして願うのは一人の少女の幸せ。

 その願いを胸に抱き、二人は再び立ち上がる。武器を取る。そして、構える。


「「アイシア、頑張って。……お幸せに」」




「……どうする。このままでは被害が出てしまうぞ」

「……しかし、私達の役目はここの監視であるし」

「緊急連絡! 西門からも魔獣の接近を確認! すぐに来られたし!」


 警報はいつまでも鳴りやまない。その警報は国中で鳴り響き、噂となって国民全体に広がる。


「魔獣が攻めてきったてよ。ディルエール最大の危機らしい」

「東門にはまだ侵攻がないらしい。みんな、急ぐんだ」

「……いやぁ~、魔獣の姿が見えたわぁ。……怖い」


 噂と事実が混沌こんとんと溶け合い、ディルエール全体が混乱に包まれる。


「……落ち着いて。落ち着いてください。……くそぉ、らちが明かない。……仕方がない、誘導しながら、魔獣を制圧に向かうぞ」

「……了解。私は西に向かう」

「わかった……私は北へ。……みなさん、落ち着いて。今から徒党を組み魔獣を征討します。それまでの間、できるだけ落ち着いて行動してください」

「ここは、今のところ安全です。……魔獣がここに接近し次第、すぐに私達が戻ります。それまではどうか落ち着いて」


 混乱渦巻く東区画で、人々に指示を出しながら、騎士達は征討の援護へと出向いた。


「……警備が消えた。……今しかない」


 ローブを纏って、顔全体を隠したその少女はローブの隙間から白雪のような髪を少しだけ揺らしながら、加速する。魔法ではなく、長年の経験に裏打ちされたただの身体能力で。

 ひらひらとローブをたなびかせながら東門を凄まじい速度で駆け抜ける。人混みを一蹴りで飛び越え、『クロシスストリート』へ飛び込む彼女の姿はまさに疾風。


 そんな彼女をディルエールの国民達はいぶかしみ、ただ見送ることしかできなかった。


「……もう少しもって、私の体」




——ディルエール王城内、一号塔。訓練所。


「……約束したはずだったな……君と」

「はい、その約束を果たしに……今来ました」


 かなり遠い距離で向かい合う二人はその距離を保ったまま話し合う。


「……有言実行できるとは凄いことだ。私はそんなことができるほど覚悟も心もなっていない。君は本当に凄い」

「……なら、そこを通してください。僕には時間がない」


 日向の言葉にルーラはうつろな表情で首を振った。


「……本当にすまないが、それはできない。私は弱いから……すまない」


 ルーラはおもむろに腰元にある細剣を引き抜く。


「……どうして? どうして、どうして?」


 日向の言葉にルーラは耳を傾けようとしない。そして、静かにゆっくりと日向に近づいてきた。


「……日向、君が今『弱い私』を『強い君』が倒してくれることを願っている」


 意味深なその言葉を残し、細剣を構え突貫の動作で加速する。日向は『デュランダル』を引き抜き応戦した。

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