第33話 二人の戦い1

 ひそひそと絨毯の敷かれた回廊を進むと通路全体がカーブを描いていることが見て取れる。日向が入ったのは王室塔を囲む六つの塔を繋ぐ連絡通路である。たまたま騎士がいなくて入ることができたものの回廊の先からは騎士達の声が響いて聞こえる。


 とはいえ、結構先に進んできた上、今から戻ることもできない。日向は心臓の拍動を早めながら先へと進む。


「……うん? 誰だ、貴様?」


 案の定、騎士と遭遇エンカウントした。一度は日向の風貌に通り過ぎようとしたものの、やはり騎士の纏う重厚な鎧とは似ても似つかぬ日向の鎧は見過ごすことなどできない。


「……僕は……その……」


 恫喝どうかつに似た騎士の男の態度に日向の言葉は口ごもる。日向の今の有り様に騎士の男の心証は悪くなるばかりだった。


「貴様、どこから入った? 怪しいな。少しついてこい」


 横柄な態度で日向の腕を掴んだ男の手を日向は強引に振り払った。


「……ごめんなさい」


 日向は駆け出す。唐突な加速に騎士の男は反応できない。


「こらっ! ……くそ、逃げた。仕方ない」


 追いつこうとしても、日向の速度についていけない。騎士は立ち止まり、懐より宝珠ジュエルより生成された魔法具を取り出す。

 形状はトランプのダイヤのような菱形ひしがたで色は濃紺。「コール!」という騎士の叫びに呼応して、魔法具は暗く輝きを放つ。


「緊急連絡。王城内に一人侵入者が入ったのを視認した。侵入者は王城内をかなりの速度で逃走中。容姿は黒髪白眼。鎧と剣を携えた人間ヒューマン。発見され次第速やかに対処願う」


 騎士の男の言葉は王国騎士全員に配布されている同様の魔法具を介して伝えられる。


 想定外の事態に伝えられたディルエール全騎士達はどよめきの声を上げた。ディルエールの歴史上でも類を見ないというよりあってはならない事態だ。


「すぐに向かう。兵団全てでその輩を取り押さえる」

「……待て!」


 勇猛果敢な一人の騎士の声をさらに勇壮な女性の声が遮る。


「その声は騎士長。一体どうなされたのですか?」


 ルーラは国王の御前でその入電を受けていた。その言葉を聞いた途端、国王に許可を取り、仲間である騎士の部下に国王の安全を守らせ、玉座の間を飛び出していた。


「私が向かう。あまりこちらに余計な人員を使わなくていい。配列をできるだけ崩すな」

「……お言葉ですが、よろしいのですか? 騎士長殿にお任せをして」

「私が信じられないというのか?」


 ルーラの命令口調にその男は物怖じした。


「……わかりました。こちらからは二人、王城へと向かわせます。ご武運を」

「よし。発見者の男、その人間ヒューマンはどこへと向かった?」

「……はい。私が見たのは三号塔です。方角からして一号塔に向かったものと思われます」


 一号塔は城門に対して真反対に存在している。方角で言えば中心からやや北西よりだ。


「わかった。今すぐ向かう。お前も警戒を怠るな」

「了解しました」


 ルーラはすぐさまそちらの方角へと向かった。その侵入者の検討もついた様子で。


「……はぁはぁ」


 日向は息を切らしていた。未だ警戒が解けることはないものの進む先には気配がないし、背後からの追手も今のところいない。


(……何とか撒けたみたいだ。これなら、何とか……)


 日向の表情は疲れの色が見えるものの少しホッとした様子だった。日向が眼差しを向けているのは日向の目線から右手にある中央塔に延びる連絡通路の階段である。


 日向は息を整え、その通路へ入る。


 どこまでも真っすぐと続くその階段を上っていくと、とある広間へと出る。円形のその空間はとても広く、まるで何かのコロシアムのようである。


「……日向、本当に君だったのだな」


 日向から真向いの中央塔への階段の影から彼女は現れる。重厚な鎧を体の一部であるかのように着こなし、腰元には鋭利な細剣が収められている。赤髪ポニーテールのその見覚えのある精悍せいかんで美しい顔立ちは間違いようがない。ルーラであった。


「……ルーラ……さん」


 日向の顔は強張ったものになっていた。


——同刻、東門にて。


「聞いたか? 騎士長の話」

「……ああ。一体王城で何が起こっているんだか……」


 魔法具による警鐘で門前に立つ騎士達はどよめきが起こっていた。歴史上起きたことのない異常事態に驚きがないのはありえない。とはいえ、彼らもディルエールの治安を守る騎士だ。驚きはあるものの不法者の侵入を許さないという使命はしっかりと全うしていた。


「……隙が無い。これじゃあ……」


 騎士達が守る東門近くにその騎士を息を潜めて見つめる黒いローブをかぶった少女が一人。紅い目をチラつかせる少女の表情は極めて焦っていた。


 すべての能力が著しく高い彼女であるが、ディルエールを囲む壁を超えるにはそれ相応の力が必要だ。それこそ、魔法を使用しなければならないほどの。

 しかし、彼女は今魔法を使うことができない。正確には使うわけにはいかない。なんとなくの感覚で理解していたから。あと一度、大きな魔法を使用すれば終わってしまうと、そんな感覚が——。


「……どうしたら? あの人達が動くと思えないし……。私は……何もできないの……」


 少女の表情はさらに翳る。騎士達のチェックは全く怠ることなく行われている。『かせ』に『制限』に『時間』。あらゆる要素が少女の行く手を阻み、拒んでいた。


「緊急連絡! 北門より大量の魔獣が現れた! 可能であれば、北門へと出撃せよ!」


 その連絡は再びのどよめきを生んだ。

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