第32話 変革の始まり


パァァーン、パパパパーン!


 ディルエール王国に美しく壮大なファンファーレが鳴り響く。トランペットやフルート、ヴァイオリンの鳴り響きを宝珠ジュエルを利用した魔法で拡張させて、王国全体に届かせる。毎年行われるディルエール恒例の建国祭の始まりの合図である。


「……すごい盛り上がりだぁ」


 日向は東区画の門前にいる。警護の騎士の人数もさることながらいつもより明らかに人間ヒューマン亜人デミヒューマンの数が多い。


(……ミミさんがこの国の人しか知らないって言っていたけど、こんなに人が多いなら、やっぱりそれなりに有名なんだなぁ)


 感慨深げに見つめる日向の今の格好はサイモンお手製の少し露出のある鎧である。総額十万リエルプラスアルファの。


「……さて、行きますか」


 日向は一言呟いて、目の前に見える『クロシスストリート』へと渡る。人が極めて多いからって、かわして、を繰り返して。


 雑踏に紛れ込みながら傾斜を登っていくとディルエールで最も高い王城が姿を現す。時間的にまだ早いのか、門扉はまだ開いていない。


(……お腹も少し減ってるし、ちょっと腹ごしらえをしよう)


 特に今できることのない日向は集会所ギルドへ立ち寄り、ディルエール王城の姿が見えるテラス席に座り、様子をうかがいながら食事を始める。


 日向が頼んだのはマタゴサンド、もといタマゴサンドである。四つ並んできたサンドイッチをかぶりながら、ディルエール王城を覗いていると固く閉ざされた鉄格子の門前に騎士達が集まり騒がしくなっている。


「……もうじき時間だ。毎年言っているが、王城を開けることは危険を伴う。陛下に危険が迫らぬよう、警戒を怠るな」


 小隊長と思われる騎士の男性が物々しい格好と態度で部下である騎士達に警鐘を鳴らす。

 上司の言葉に部下達は美しい動作で敬礼し、従順に従う意思を見せていた。


「……時間となった。ディルエール王城、開門!」


 その小隊長の一声で両開きの門に立っていた二人の騎士がゆっくりと鉄格子の門を開けていき、閉ざされていた道が通じた。

 既に待ち構えていた人々が騎士たちの誘導に従って王城に雪崩れ込んでいるのを見ながら、日向は皿に置かれたマタゴサンドを食べきる。

 代金を職員に支払って、日向はゆっくりと王城へ向かう。


 門の開かれた王城には入ってすぐに二人の検問官が立っている。王城内に入る前に厳しい検査が行われているが、剣の持ち込みは許されている。


「……よし、入っていいぞ」


 日向も案の定問題なく侵入できた。剣という凶器はディルエール内ではその人のアイデンティティを現すようなものだと位置づけられており、強制的に取り上げることが人権侵害になると言われているため、持ち込み可となっている。

 それ以上に並大抵の戦士では厳しく鍛えられた王室直属騎士に立ち向かうことなど不可能だとされており、そんな騎士達が跋扈する王城に持ち込んだところで意味がないというのが実情だった。


 検問官が取り締まっているのは魔法具の類だ。絶体絶命の危機すら跳ね返す力を秘めた魔法の類は検問官の下で厳しくチェックされる。そういった類の魔法に関する武具等を持ち込もうとすれば、忽ち取り押さえられるだろう。


「すごい人だなぁ~」


 王城内に忍び込んだ日向の最初の感想はそれだった。ありとあらゆる人種が絢爛豪華な王城内を見ようと集まり、蔓延はびこるため、差し詰め大混雑のテーマパークのようである。


 ただ、人々が集まるのは納得ができて、日光に輝く極彩色のステンドグラスに、精緻に彫られた彫刻、キラキラと煌めくシャンデリアなど確かに見応えがある。


 日向もその光景に目を奪われながらも、どこかでこの人波から抜け出せないかと窺っていた。

 王城内公開は王室のある中心の塔には入れない。見学できるのは城門に近い三つの塔だけである。中心塔に繋がる連絡通路にはしっかりと騎士が張り付いており、侵入するのは難しい。


「……どうしよう? 入れそうなところがない」


 日向が人波に飲まれ、思い悩んでいるところ騎士のいない通路を見つけた。地理的にそれは中心塔には通じていない通路である。


「……仕方ない。遠回りだけど……」


 他に入れそうな道はない。このままでは出口まで人に流されて一直線だ。日向は人混みをかき分けて、その通路へと気づかれないよう転がり込んだ。

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