第30話 復活の兆しと完成

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 舞い上がる粉塵。鳴り渡る裂帛れっぱく


 そこには白い瞳を宿す少年が一人。と、魔獣の群れ。


 パーカーとジーパンという軽装を身に纏う日向には輝きを取り戻しつつある『デュランダル』の姿があった。

 日向は加速し、目の前の敵を一方的にほふり、斬り刻む。


 日向に相対しているのは『フェンリル』『ケルベロス』『オーク』である。しかし皆、傷を負い、今にも灰燼かいじんへと帰ろうとしている。その傷をつけた張本人には足と腕に軽傷を負っているもののまだまだ戦える力を残していた。


「面白い。私の力をここまで引き出すとは……」


 日向の頭に直接響くのはおそらく『デュランダル』。日向もなんとなく自覚はしている。


「一度は私も興が醒めたがやはりこの者に宿ってよかった……」


 独り言のように語られるその言葉を聞く余裕は日向にはない。


 向かい来る『フェンリル』の体を、刀身を使い受け流し、初撃を打ち払い、続く二撃目の『ケルベロス』の火柱を左に一回転し回避する。


「……両手で軽く握って……」


 日向の頭にあるのは彼の声ではなくて、今は亡きあの彼の声である。ルークの言葉を一言一句思い返し、日向は魔獣を討ちたおす。


 ——来たる日のために。


「……軸足に力を込めて、体全体で振りぬく」


 言葉だけでなくルークの動作も真似るように日向は肉薄する魔獣を斬り絶つ。


 ガァァァァァァァァ!

 ギャァァァァァァァ!


 むせび泣くような死に様を晒していく魔獣達を一瞥いちべつだけして、目線を次の魔獣に切り替え加速する。


 その姿はルークと重なっていた。




 ——数時間後。


 日向は既に姿を失った魔獣の核である宝珠ジュエルを拾い上げていた。

 色とりどりの不可思議な輝きを放つそれを布袋に収めた日向は地平線を眺め、踵をディルエールの方へ返す。


「……そろそろだなぁ」


 そう呟いた日向はヒリヒリと痛む体を気にせず、足を動かした。

 今日から数えて、建国祭まであと五日だ。そして、今日は日向が待ち望んでいた日でもある。


 まだ太陽が高い昼下がり、日向が向かったのは西区画である。来た理由は約束の品物を受け取るためである。

 日向は熱気渦巻く通りを進み、大きなショーウィンドウが印象的なサイモンの店へとたどり着く。扉を開ければ中には誰もいない。


「……誰もいない。店主さん、どうしたんだろう? もしかして、逃げた?」


 日向が疑い深く見回していると、カンカン! と甲高く、そして重い音が鳴り響いた。聞こえるのはシャワーがあった場所のさらに奥、工場である。


 待っていても仕方がないので日向は奥に歩み始める。薄暗い通路を抜けて、木で造られた扉を開けると、滝のような汗を流すサイモンが鋭い眼光で鉄を叩いていた。


 サイモンの前には鉄を溶かす溶鉱炉。日向の位置からもその熱はひしひしと伝わってくる。

 サイモンの後ろには依頼された防具や武具がごちゃごちゃと並べられていて、普段の仕事の量が感じられる。


「……ふぅ~、……って、あれお客さん。ダメですよ、入ってきたら」


 日向にやっと気づいたサイモンはそう釘をさす。


「……ごめんなさい。でも、もう少しだけ見せてください」


 日向はそう言い返した。日向の目に留まったのは木の箱の上に乗せられた白銀の防具。他のものと分けられて、わかりやすく置かれたそれは日向もすぐに自分の注文したものだとわかった。


「……まだ、完成してないんですが、それでも見ますか?」


 店主は少し嫌そうに問いかける。すると日向はこくりと頷いた。


「……はぁ~、仕方ないですね。危ないので、近づきすぎないでくださいよ」


 サイモンは溜息を一つして、日向を自分の後ろに立たせた。


 近づけばわかる圧倒的な熱。鍛え上げるために金槌を振るえば火花が飛び散った。熱を帯びた赤く燃える鉄塊を傍にあった水の中につけるとジュボッ! と泡と湯気を立てながら、水の中に沈む。

 沈んだそれをトングのようなもので持ち上げると湯気を立てながら、腕を覆う鎧のパーツの一つが銀の輝きを見せながら現れる。

 腕のサイズに合わされた枠をサイモンは抜き、少し冷ました後、サイモンは座る椅子の向きを変え、研磨機の置かれた方へ未完成の防具を運ぶ。


 研磨機にはもちろん電気など使えないから、宝珠ジュエルを応用した技術が利用されている。魔法の力を核として、研磨剤の刷り込まれた板を高速回転させ、それに防具をあてて磨き上げる。火花を散らす度、銀の輝きは増していき美しさを増していく。

 完成した時には火から上げた時のものとは全く輝きが異なり、全くの別物だと想起させた。


「……ふぅ~、お客さん。これで完成です」


 木箱に積み上げられていたものと合わせ、完成した防具を見せながら、サイモンは日向にそう告げた。


「……ありがとうございました。とてもいいものを見させてもらいました」


 日向に真顔でそう言われたサイモンは照れた様子で首にかけていたタオルで汗を拭い、少しだけ笑みを浮かべた。


「ここではなんです。店舗に戻って、試着してみましょうか?」


 サイモンの提案に日向は嬉々とした様子で頷いた。


 サイモンは日向用の防具一式の乗った箱を持ち上げて、日向を先に行かせて店頭へとのしのしと歩んで、カウンターの上へと置く。


 そこで、並べた防具の数々を日向に確認を取り、装着させていく。しっかりと採寸されて、設計されたそれは日向の体に馴染むように見事にはまる。

 高熱で少し変形したものはその場で金槌を振るい微調整し、見事に日向の体にフィットさせる。

 そして、全てを纏った時、日向は満足していた。これ以上ない完璧な仕上がりに。


 日向のオーダーしたのは軽量重視型の鎧。重量があって、装甲の厚いものが本来は鎧のあり方として適しているのかもしれないが、重さで動きが鈍くなるのなら、傷を負わされる可能性があっても、それを選んでいた。

 日向の鎧は研磨で薄くされ、所々が露出している。けれど、美しいフォルムで構成されたその鎧は日向の風貌にも体格にも見事にマッチしていた。


「お客さん、どうです。着心地は?」

「……大満足です。動きやすいし、それでも堅そうだし」


 日向の嬉々とした表情に店主のサイモンの口元はホッとした様子でほころんだ。


「それなら、よかったです。……私は残っている依頼を片付けなければいけないので、そのまま帰っていただいて結構ですよ。先払いで、お金は頂いていますし」


 サイモンはそう言って、工場の方へ再び向かおうとするが、日向が「待ってください」と呼び止める。


「……どうしました? どこか、不備があるのなら、今から直しますよ」


 疲れているのかサイモンのまぶたは閉じかかっている。


「これだけのものを作って頂いたんです。僕の気持ちとして、これを受け取ってください」


 日向は今日持ってきた宝珠ジュエルの原石を、収穫分の半分手渡す。


「まだ、原石ですが、集会所ギルドで売れば結構なお金になると思います」


 日向の渡してきたものに驚きの表情を見せるサイモンは閉じかかっていた瞼を大きく開けた。


「いいんですか。頂いても……」

「はい、僕にはあまり必要のないものなので」


 そう言う日向にサイモンは大きく笑みを浮かべて、宝珠ジュエルの詰まった布袋を受け取った。


「では、お言葉に甘えて頂きます」

「……では、僕も行きます」


 日向は軽く会釈をして、店の扉を開いた。サイモンは手にした思わぬ宝珠ジュエルに笑みを浮かべて、カウンターの下に隠し、作業をしに工場へと消えていった。

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