第29話 決意

「日向君~、今日も私に扱かれてきたんだねぇ~。かなりのMだと見た」


 とんでもない爆弾発言をしてくるのは日向のこの世界での先生のような存在である兎人バニーのミミである。


「……何口走ってるんですか!? やめてくださいっ!」


 思わぬ口撃に日向は頬を真っ赤に紅潮させる。


「冗談だよ~。……それで、今日も神語エルの勉強?」


 小悪魔的な笑みを浮かべるミミはいつものように日向に問いかける。もちろん場所はいつもの集会所ギルドの地下である。


「それもあるんですが、もう一つ。建国祭について話を聞きたいと思っていまして」


 何とか調子を取り戻した日向はミミに問いかける。建国祭の日には人生最大のあやまちを犯す可能性があるため少しでも情報を集めたかったのである。


「ほぉ~、建国祭とは日向君、お目が高い。君もこの国に慣れてきた証拠だねぇ~」


 ミミはうんうんと頷きながら考え深げに答えた。


「そうなんですか?」


 日向はいぶかしげに返す。すると、ミミはうんうんと頷き答える。


「建国祭は一応ディルエールの中でも有名なイベントなんだけど、如何いかんせんこの国以外の人達にはあまり知られてなくてね、基本的にディルエール住民だけで行うんだ。だから、この国以外の人が知ってるっていうのはとても珍しいことなんだよ~」

「いや、僕もたまたま耳にして、祭りが近いって聞いていたから、どうも気になっていて」


 日向は少し驚きつつも、自分が知った理由を簡単に説明する。ミミも納得したようで「ああ~、なるほどね~」と軽い口調で返した。


「……で、祭りの概要なんだけど~、建国祭っていうくらいだから国王陛下主催で執り行われるんだ~。基本的には街でパァーっと盛り上がるだけなんだけど、一つだけ特別なことがあるんだぁ~」

「……特別なこと?」

「そう、その日だけはディルエール王城の門が開かれるんだよ~」


 そう告げられた日向は心の中でガッツポーズした。この上ないチャンスが唐突に現れたからである。まさに僥倖ぎょうこうだ。


「もちろん、しっかりと警備は置かれているけど、その日だけは王城に入ることが許されている。どう、面白そうでしょ?」


 ミミの言葉に日向は笑みで応える。その笑顔の表情の意味は二人の間で食い違っているのだが……。


「開催は確か……今日から七日後だったかな? 日向君も是非楽しんでね~」


 看護師ナースの言っていたことと自分の頭のカレンダーを重ね合わせて、そこに今のミミの知らせを掛け合わせると間違いはなかった。そして、その日にアイシアの余命の日が重なっていたこともまた事実であった。


 日向はこの時決断した。


(勝負はこの日しかない)と。


 建国祭の話をした後、神語エルの授業を始める。基本的な文字は覚えたから、今は文を作る授業だ。もちろん、日向のいた日本とは文の構成も異なる。初めて英語に触れた時に日本語とのギャップを感じて、違和感を覚える。


「ここが、述部だから……ここに入れるの。わかる~?」

「う~ん、なんとなくは……」


 文の構成の順序の立て方も日本語とは全く異なる。英語とも少し違う。「やっぱり、ここは異世界だ」と日向は想起した。


「まぁ、難しくても少しずつ進むのが大事だよ~。努力、努力~」


 ミミの鼓舞に応えて、つらつらと羊皮紙に書き連ねる日向のもつ羽ペンのペースが上がる。


「その調子~。頑張って、頑張って」


 少し薄暗い一室の中、向かい合う人間ヒューマン兎人バニーによる神語エルの勉強会はもう少し続いた。


 ——同日、夕方。


 勉強会を終えた日向はグーっと伸びをしながら、集会所ギルドを出ていた。街の中心であるこの場所の賑わいは相変わらずで、喧騒で溢れていた。

 人の群れをかわしながら、日向は集会所ギルドの真ん前に屹立きつりつしているディルエール王城を仰ぎ見た。


 王城を囲む堅牢な門扉はまだ固く閉ざされてはいるが、近くにある掲示板にはミミの言った通りに門を建国祭の日に開くことが書かれていた。


 日向は再び決意する。


(僕は……もう迷わない。絶対に)


 一人グッと拳を握り締め一瞥いちべつし、その場を去る。


 建国祭の行動を築いていくかのように道や建物を確認しながら、日向は赤く染まる街に溶けて消えていった。


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