第24話 狂乱の偽英雄

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 日向は舞う。視界も定まらず、動きもめちゃくちゃに。


 魔獣は襲う。どこか統制のとれた動きで、容赦なく。


 最悪な別れを遂げてしまった日向は激情に任せて、狂乱していた。溢れる出る魔獣を無我夢中で、引きつった表情で、何度も攻撃してはほうむっていた。


 叫びをあげる度、触発されるように魔獣が誕生する。

 数十を超える『アルミラージ』の群れ。ほとんど群れを成さない『フェンリル』。三つ首のおぞましい『ケルベロス』。


 そんな多種多様な魔獣達と日向は一人で対峙たいじしていた。


 もちろん新種もいる。『オーク』その名を冠した醜悪な魔獣だ。木の皮のような茶褐色の皮膚。二メートルほどのぶよぶよでだらしのない体。豚の顔面を陥没させてさらに気色悪くしたような顔立ち。その全てが醜悪の一言に尽きる魔獣である。

 その手には『オーガ』と似た魔獣の武器モンスターズウェポン、木で造られた棍棒が持たされている。その見た目は『オーガ』の下位互換であるように見える。

 贅肉ぜいにくを揺らしながら、鈍い足で突進する『オーク』に強引に剣を振る。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 脂肪に溢れたその体は剣の一撃を吸収し、侵攻を阻む。それ以上に『デュランダル』は輝きを失っており、一撃の重みが何倍も軽くなっていた。


「ぐわぁっ!」


 跳ね返された日向は背中から地面に落ちる。待っていたかのように、日向の元に『ケルベロス』の炎が飛んでくる。足で蹴り上げ、横に転がり直撃を回避するが左肩に掠り、痛みと熱さが日向を蝕んだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 痛みに悶える咆哮をあげて、苦悶の表情で膝をつき立ち上がる。


 未だに輝きを取り戻さない『デュランダル』のさやを捨て、軽量化を図った日向は両の手で剣の柄を持ち、地を蹴り疾駆しっくする。


 一滴ひとしずく涙を流した日向はその白い双眸をまず『オーク』へと向けた。利き腕とは反対の左腰部後方に地面に対して45度の向きで輝きのない剣を構えて突撃する。

 日向から見て東側から何度も直線状に延びる『ケルベロス』の業火がかすることもいとわず、ただまっすぐ『オーク』の元へと向かう。『オーク」は垂れ下がった不細工ぶさいくな瞳に日向の目を映して、片手持ちだった棍棒を両の手に持ち変える。

 鈍いその動きでも、一撃の重さは『オーガ』に引けを取らない『オーク」は頭に沿うように棍棒を振り上げ、日向の元へ振り落とす。

 迫る魔獣の武器モンスターズウェポンより数秒早く懐に入った日向は『オーク』の首に向けて、右斜め上方に斬り上げる。伝わる柔らかい感覚。進まない刃。それでも、日向は無我夢中で刃を当て続ける。


「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 木の皮のような色の皮膚に鈍色になっている刃がグイグイと押し込められ、どす黒い『オーク』の鮮血が、返り血となって日向の額の半分を染める。叫びをあげながら、刃を進めていき、ついに首根っこを削いだ。


 『オーク』の魔獣の武器モンスターズウェポンが地面に落ちて、乾燥した砂に当たって、砂埃を上げた。

 日向の姿は塵に隠れて見えなくなり、やがて風に流された砂埃の中から顔半分を『オーク』の黒い血で染めた日向が姿を現した。


 シャアオゥゥゥゥゥゥゥゥ!


 その姿の日向に魔獣達は容赦なく襲い掛かった。




「……ああっ、……うぐっ」


 日向はふらつく足で、ディルエールへと歩いていた。西門から延びる結界が張られた道に入ったため、魔獣との遭遇エンカウントはないもののその体は魔獣の血と自身が流す血にまみれ、ルーラからもらった鎧はへこみ、使い物にならない状態だった。ただ、その腰元には入りきらないほどの色とりどりの宝珠ジュエルが布袋に詰め込まれていて、満身創痍まんしんそういになりながらも全ての魔獣を討ったという証であった。


 日向はディルエールの巨大な壁に囲まれた中の通行口の一つ、西門までたどり着いた。


「そこの男。止まって、その顔を見せろ」


 いつもとは違う騎士の男性に呼び止められ、うつむいていた顔を懸命に上げる。


(……体が言うことを聞かない。……倒れそうな……気が……)


 日向がその顔と白い瞳を見せると騎士は頷き、槍で塞いでいた道を開ける。しかし、日向にその間を通り抜ける体力も気力も、もう残っていなかった。


「……おいっ、どうした? おいっ、おいっ!」


 突然倒れた日向に驚いた様子で騎士の男性は近づき呼びかける。


(やばい……意識が……)


「大丈夫か? というか、君ひどい傷じゃないか。誰か、担架を頼む。それと、医者と回復ヒールの魔法が使えるものを呼んでくれ!」


 騎士の男性の指示に部下の騎士が頷き、それらを探してどこかへ消えた。


「……もう少しだから、死ぬんじゃないぞ」


 優しくたくましいその騎士の声は薄れる意識の中に溶け込んでしまって、聞こえることはなかった。




 ——翌日。ディルエール内、とある場所にて。


「……ふわぁっ! はぁはぁ……」

「お目覚めですか?」


 日向の眼前に映るのは見覚えのないクリーム色の天井と新緑の短めに切り揃えられた髪が麗しい森精エルフの女性である。

 ひらひらとした特有の制服を着こなすその女性は少し大人びた印象で、美人という言葉が似合う。


「……ここは?」

「北区画にあるディルエール国の病院です。あなたは昨日西門で意識を失っているところで発見されて、ここに連れてこられたんです」


 看護師ナースと思われる女性の言葉を聞き、日向は自分自身の今の様子を確認する。傷だらけの体には包帯のようなものが巻かれ、日向の眠っていたベッドの横にはへこんで使い物にならない鎧が立てられていた。


「……そうですか。それはどうもありがとうございました」


 看護師ナースの女性は微笑を浮かべ、預かっていた宝珠ジュエルの詰まった布袋を日向のベッドの傍の机に置く。


「これは、あなたの持ち物です。こちらで預かっておいたので返しておきますね。……それより、魔法治療を施したとはいえ、一日で意識を取り戻すとは奇跡ですよ。あなたは本当に危ない状態だったんですから。お金が必要になるのはわかりますが、命を無駄にしてはいけませんよ」


 そう残した森精エルフ看護師ナースは一礼をして、部屋を出た。


「……僕だけ、助かってしまったんだ」


 一人用の病室でむなしい声が響く。『フェンリル』に噛み付かれて血塗れになった腕も『ケルベロス』の炎で火傷を負った肩や足も、回復魔法とやらによって綺麗に消えていた。ただ、戦いの疲れによる倦怠感けんたいかんで手足はまだ思うように動かなかった。


「……アイシア達に見放されて、アイシア達が望んでいたとしても見殺しにしてしまって、自分だけが助かって……。本当に……僕は……」


 日向はふわふわとしたベッドの上で体を30度ほど起こし、動きにくい右手を無理やりグッと握りしめる。そして、自分への苛立ちに任してベッドに叩きつけた。


 軋んだ鈍い音が静謐せいひつとした部屋に響き、儚く消える。


「くそっ! くそっ! くそぉぉぉ!」


 日向の瞳には知らぬ間に涙が溜まり、ベッドシーツにシミをつけた。

 ベッドを殴る、きしむような音と日向の苛立ちと悔しさと悲しみに満ちた叫びは何度も虚しく響き渡った。

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