第23話 死と同情と崩壊
「ちょっ、ルークさん。ルークさん!」
うつ伏せで転がるルークの体はピクリともしない。日向は体を揺らし、ルークを仰向けにして、何度も呼び掛ける。けれど、ルークは何も応じないし、何も答えない。
「……どうして、こんな急に……」
知らぬ間に左の目に映っていたのはアルファベットも何もかも失ったただ一つの0の一文字。ルークが息絶えていることを淡々と、
「……あぁぁぁ。なんで……」
日向の瞳からは自然に涙が溜まっていった。そして、抗いようなくポロポロと地面に零れ落ちた。
「……
「……はい」
「……了解~」
アイシアの声に小さく答えたレナと呑気な口調の中にも少しだけ暗さを感じさせて立ち上がったマロンは転がるルークの元へ向かう。
「日向、少しどいて。ルークを土に返さないと」
アイシアは淡々とした口調でルークに張り付くルークを引きはがし、ルークが天に召されたことを確認する。
「……鼓動なし。……マロン、お願い」
ルークの手首に指をあて、血が流れていないことを確認したアイシアはまるでいつもあることのように一言、マロンに伝えた。
「は~い」
マロンはアイシアの意志を汲み取り『リバレイト』で増強した腕で地面を叩き、『オーガ』のように殴りつけ、深く穴を開けた。
「レナ、手伝って」
「わかった」
スピーディーにかつ丁寧に執り行われるその動きは送り人のようでいて、哀しみの中にも冷静に執り行わなければならない使命感のようなものが見受けられた。
「ちょっ、待って。アイシア、どうしてそんなにすぐ?」
「決まっているでしょ。これが、ルークのためだから」
アイシアとレナはマロンが掘った穴に丁寧にルークの体を置き、再びマロンが砂を被せて、姿を隠した。
「アイシア、これ」
レナが手渡したのは血色の長刀。ルークの形見だった。
「ありがとう」
アイシアは礼をすると、ルークの埋まった地面を見つめて、その剣を十字架のように突き立てる。
「ルーク、貴方はよく生きた。運命に挫けず強く生きた。だから、今はそこで休んでいて」
「アイシア! 彼は、ルークさんはどうしてこんな急に死んだんだよ? 本当に突然に、どうして?」
アイシアが看取りの儀を終えると同時、日向の疑問が爆発していた。突然の出来事に困惑していたのに、何も解決できていなかったからだ。
「……ルークは魔法が原因で命を燃やしきった。そう言うことだよ、お兄さん」
割り込んで入ったマロンの説明を聞かずとも、魔法が命に直結することは日向も理解していた。けれど、こんなに突然死んでしまうことなど理解できなかったのだ。
人が死ぬ時、痛みないし苦しみのようなものを味わうことが基本だ。けれど、ルークはそんなもの一切感じさせなかった。正真正銘の即死。唐突に突然に、死という概念が表出したのだ。痛みや苦しみは人間が生きているための証拠であり、それを味わうことこそが生きていると実感できる死ぬ直前の最後の縁なのだ。
「魔法が原因の場合、命は時間のように消費される。その時間が尽きた時、何の兆候もなく死んでしまうものなの。それは……ずっと続けられてきた仕方のないこと」
アイシアがマロンの説明に付け足して説明した。
命とは風船のようなものだ。少なくとも、この世界ではそう例えるのが正しい。風船そのものが命だとするならば、膨らます空気が魔法なのだ。普通、
この考え方の悪いところはもちろん死が本当に唐突に訪れること。でも逆に言えば、苦痛を感じることなく、言ってしまえば究極的に楽に死ぬことができるのだ。でも、それを日向は認められなかった。
「日向、どうしてあなたは泣いているの?」
アイシアはずっと涙を零す日向を見つめ問いかける。
「さっきの説明なら、ルークさんを殺してしまったのは僕ってことになる。僕は大罪を背負ってしまった」
「何を言っているんですか、お兄さん? 死ねることはいいことです」
マロンが否定した。レナも続くように否定する。
「私達にとって死ぬことは役目を終えて解放される瞬間。必死に生きたことを証明することの出来る唯一の瞬間。あなたはそれを否定するの?」
「……いや、そんなつもりは……。ただ、生きていて欲しかっただけで……」
アイシアの表情が曇った。
「日向、それを本当に言っているの?」
「あなた、それはただの同情。あなたは何もわかっていない。私達のことなんて、何も」
レナは
「お兄さん、聞きましたよ。アイシアから。自分があたし達を守れるくらいに強くなるって。それは、あたしも誇らしいと思いましたよ。あたし達の為を思って、懸命に努力してくれると思いましたから。でも……」
アイシアはマロンを制して口を開いた。
「でも……今のはただの同情。ディルエールでもよくいるくだらない同情。同情なんてものはものすごく虚しいものなの。人を
日向が思うほど彼らの闇は濃く深かった。生きることを諦めているというより死ぬことを求めている。生きることを証明するために死を求めている。
「日向、とても残念だわ。信じていたのに」
「今、あなたが言ったことはあいつらと何も変わらない」
「お兄さん、一度頭を冷やした方がいいんじゃない?」
「そんなことない」と言いたかったが、視線が冷たくなっていく彼らに日向はそう言い返せなかった。
彼らと同じことを体験したわけでもない、ただ自分の思惑で彼らについて来ていた。そんな醜い部分が、隠れていた部分が露呈した気がした。
「日向、さよならよ」
アイシア達は日向を置き去りにして、どこかへ行ってしまった。追いつこうとしても、体は頭はそれを拒んだ。
(また、僕は……やってしまった)
日向はまた別の理由で流れてきた涙を地面に落とし続けた。
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