第17話 北東5キロの『義務』

 おののく日向をスルーして、レナの前に立ったマロンはファイティングポーズで構える。


「リバレイト」


 構えるマロンは詠唱不要の無詠唱魔法、『リバレイト』の名を叫ぶ。超短文で紡がれるその魔法は小人ドワーフの彼女の華奢な体に光を与える。ビルダーのようにその小柄な体は骨と筋繊維が急激に隆々と盛り上がり、威厳と風格が上昇する。


 ガァルルル!


 魔法の発動に数体の『フェンリル』が突撃を始める。大顎を開けて、牙を差し向ける二体の魔獣に、強靭な右回し蹴りが炸裂する。隣り合う二体の『フェンリル』はその一撃によって、二体諸共跡形もなく消滅し、紺碧こんぺき色の宝珠ジュエルを残した。


「レナ、いいよ~。決めちゃって」


 向かってくる『フェンリル』を殴り蹴り上げ、レナに一切寄せ付けない。レナはマロンの言葉と動作に感化されて、詠唱を開始する。


「走れ、雷電の閃光。放て、森精の天弓」


 言の葉を編み上げると同時、淡黄の円の魔法陣がレナを中心として、大地に広がる。


 向かい合う『ケンタウルス』は鈍色の弓を空に向けて掲げる。そして、自身を構成する宝珠ジュエルの力を弓に伝わせる。紫紺の光が鈍色の弓に渡ると、同色の矢が創造される。そして、引き絞った弦を撃ち放ち、天高く紫紺の矢が舞う。

 その矢は空中で急増殖を始め、一は二に、二は四に、四は八に、と掛け算を繰り返すように光の矢は増して、重力に従って落ちてくる頃には、数千にも上るほどの兵団をそれだけで壊滅しうる数のおびただしい数の矢へと変質を遂げていた。


 レナはそれを見据え、射線を決めると、蓄積チャージしていた魔法の名を叫ぶ。


雷撃の一矢フルミネ・レイ!」


 円形淡黄色の魔法陣が億千の紫紺の矢に連続的に複数現れて、魔法陣の道を創り上げる。放たれた閃光の一射は雷のように九十九折りに曲がりながら、魔法陣を標として連綿れんめんと進み、矢の森を蹴散らしていく。そして、最終標的目標の『ケンタウルス』に同様の魔法陣が現れ、雷を纏った一撃が茶褐色の体毛を貫く。


「命中!」


 凱歌がいかの叫びのようにレナは高らかに宣言する。それを証明するように紫紺の矢は空中で消失していき、やがて全て塵に変わった。

 直撃した『ケンタウルス』にはその醜い胴部に大穴を開け、雷電がその体を少しずつ灰に変えていった。


「よくやってくれた。レナ。こちらも、すぐに終わりそうだ。警戒を怠らないように」

「了解。ルーク、任せておいて」


 どこからか消えるルークの声に、レナは満足そうに返答する。

 そんな姿を日向は唖然とした表情で傍観する。彼らの次元の異なる強さに何も言えなかった。


(あんなことで、強くなったと勘違いしていた自分が恥ずかしい……)


 日向は何もできずにいる自分に苦虫を噛み潰したような思いに襲われた。


「まぁ、そんなに落ち込まなくてもいいですよ~、お兄さん。あたしらも、それなりに経験を積んでできてることなんで」


 『フェンリル』の下顎に強烈極まるアッパーを決めたマロンは手についた小手を動かして、直しながら日向に伝える。


「そうよ。あなたが気にするようなことじゃないわ。まだ、日向は戦いに慣れていないのだもの」


 アイシアもそう淡々と伝える。

 日向はそう言われるたび、恥ずかしさに苛まれた。


 ズドドドォォォォォォン!


 轟音を鳴らしながら、その地に新たな魔獣が舞い降りる。かなりの重量があるそれは着弾した瞬間に土煙をあげ、大地を揺らす。


「これは……。あいつか」


 『フェンリル』を駆逐したルークは実体の姿を現す。そして、土煙に隠れたそれを見据える。


「みんな、また警戒だ。それと、マロン。初撃は任せた」

「はぁ~い。りょーかい」


 ルークの真意を汲み取ったマロンは両膝を大きく曲げて、構える。

 土煙から現れたのは三メートルを超える土と岩の巨人。もとい『ゴーレム』であった。頑強な四肢は全てを寄せ付けない盾となり、その一撃は全てを破壊する矛となると、ディルエールでも恐れられるランク7の魔獣だ。


 単純な攻撃力だけで言えば、ランク8の『ケンタウルス』よりも勝っているが、重さの分動きが鈍くなっているため、ランク7に設定されている。


 しかし、その強固な体と圧倒的な攻撃力はランク8に迫るほどの力を有している。


「じゃあ、いってくる~」


 マロンは足に蓄えていたエネルギーを『リバレイト』と重ね合わせ、大地を蹴り上げ『ゴーレム』に疾駆する。圧倒的な速度で加速したマロンは腕に力を集中させ、右手で凄絶なストレートをぶつける。


ババァァァァァァァァァン!


 けたたましい鈍音と共に凄まじい衝撃波が|茫漠(ぼうばく)たる原野に走る。衝撃波は強烈な突風となって、土埃を舞い上げた。


「イタタタ。やっぱり、硬いなぁ~」


 土埃から弾き飛ばされたように飛び出たマロンは膝と足首を擦らせるように着地して、凹んだ小手を外す。強烈という言葉が似合うその一撃は間違いなく『ゴーレム』を後方に退けたものの、致命傷には至らなかった。


 後退した『ゴーレム』は土と岩に埋もれる瞳をギロリと光らせて、左腕を地面に叩きつける。


「気をつけろ! 大技が来る」


 ルークの警告と同時、突き刺さった巨腕が大地を揺らす。グラグラと大地が鳴動し、その衝撃によってきしみをあげて、大地にひびが入り地割れを発生させる。


「ぐわぁぁぁぁぁ!」


 日向はその揺れに悲鳴を上げ、行動不能になった。


「仕方ない。私が決める」


 震動する大地の元、何事もないように屹立きつりつするアイシアは掌を前方にいる『ゴーレム』へと向ける。


「アイシアの魔法。久しぶりね」


 レナがそう声を上げる。そして、どこか喜色を浮かべて、憧れを抱くようにアイシアを見つめる。


「アイシア、やりすぎないように」

「よろしく~、アイシア」


 ルークは少し焦り顔で、マロンは期待するようにアイシアに視線を移す。そして、日向は何も言わず、氷雨と重なり合うような彼女をじっと見つめた。


「白銀の六つの花。槍となり、穿うがて」


 小さく呟く詠唱。腕を持ち上げる『ゴーレム』を標的にしたそれによって、『ゴーレム』の周りを囲むように六つの青白い魔法陣が現出する。


 腕を持ち上げ、今まさに巨大な足を踏み込もうとした瞬間、アイシアはそれを発揮した。


六花の氷槍スノウ・ジャベリン


 六方向の魔法陣から青白く輝く氷の槍が発現する。六つの槍は『ゴーレム』の堅牢な体を容赦なく貫き通し、そして氷が触れた瞬間に氷結させる。


「いつもながらに、凄いわね。アイシア」


 呆れたように語ったレナの一言で、『ゴーレム』の体は氷塊と共に崩壊した。


「お仕事終わり。お疲れ様」


 数多いた魔獣は全て宝珠ジュエルに変わり果てて、地面に転がっていた。

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