第14話 デュランダルと白雪の少女アイシア……

 点在する無数の白い皮膚。いくつもの赤く冷たい視線。そのどれもが一つの白銀光を放つ少年に向けられている。


「来い!」


 日向は身構え、高らかにそう叫ぶ。言葉が理解できるようにアルミラージの群れは一斉に襲い来る。疾駆するアルミラージに向かい合う日向は剣で受け流し、体を逸らし、腕と足で振り払って、アルミラージの襲撃をことごとく防ぎ切る。まるで、戦い方を覚えているかのように。


(もし、君が『デュランダル』なら、僕に力を貸してほしい。与えるのは『三日』だ。頼む、僕に力を、戦う勇気を、斬り刻む技を与えてくれ)


 寸でのところで回避を続ける日向は胸中でそう願う。


 しかし、その思いは隙を生み、容赦なく襲い掛かる。日向の足元には何かの拍子でぶった切られたアルミラージの角が転がっていた。と言っても、アルミラージの角は刹那の速度で生え変わるため、斬ったところであまり意味がないのだが、地面に転がるとなれば話は別である。


 硬くそして丸みを帯びたアルミラージの角を踏みつけてしまった日向は勢いに任せ、後方に倒れる。臀部でんぶを地面につけて、着地した日向にアルミラージの群れは疾駆する。着地した瞬間に鳴り響いた鎧の鈍音が、隠れていたアルミラージをさらに呼び寄せ、逃げ場なく囲まれた。


(やばい。やられる)


 日向は確信した。日向の纏う鎧は確かにアルミラージの攻撃を防げるかもしれない。けど、圧倒的数量で打ち込まれれば、間違いなく金属は変形するし、最悪壊れて胸をえぐられる。さらに、日向は兜を装着していないから、頭部への攻撃は致命傷になる。絶体絶命。その四字熟語が似合う状況はこれ以上にないだろう。


 迫る三十体ほどにまでに増えたアルミラージ。膝をついて立ち上がる頃には身体はズタボロであろう。だが、そこに奇跡が舞い降りる。


「少年、君は私を従えるのにふさわしい」


 唐突に脳に響く声。耳ではなく直接に内側に。


「君の願いに応え『代償』をいただく。遺憾なく私を使いこなしてみよ」


 音がぷつんと途切れた瞬間、剣の輝きは増幅する。比喩ではなく実際に光り始めたその剣を肉薄するアルミラージに向かって、尻餅をついたまま、前方に横薙の一閃を轟かせた。


 三日分の『代償』。命の重さを、物理的な力へと変えて放たれた一撃は一切取りこぼさず、アルミラージの死体を築いた。


 強く美しい光の剣を手にする日向の姿はおとぎ話の英雄の姿と重なっていて、その剣が正真正銘『聖剣デュランダル』であると証明していた。


 アルミラージのコアであるゴブリンに似た橙光色に光る宝珠ジュエルがボンボンと落ちていく草原は、『代償』によって放たれた一撃によって無慈悲に荒らされ、草で隠れていた砂や土が抉り取られてあらわになっていた。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 日向は息を切らしながら、地面に『デュランダル』を突き立てておもむろに立ち上がる。ふらつくほど、体には倦怠感けんたいかんが残っている。『デュランダル』の代償の後遺症のようなものであろう。


「すごい力だ。けど、反動が痛い。もう少し、技を磨かなくちゃいけないなぁ」


 嘆息交じりに日向が呟く。『デュランダル』の力は確かに強力ではあるが、まさに諸刃の剣的な部分がある。だから、振るえる身体的力と使いこなせる技が必要だ。


 日向は自分でそう再認識して、とぼとぼと歩いて、落ちた宝珠ジュエルを拾い上げる。ゴブリンのものよりいくらか純度や密度が高いそれは、素人目にも価値が上がっているのだと理解できた。

 転がっている全ての宝珠ジュエルをしゃがみ込んで拾い上げた日向は立ち上がり、ボーっと辺りを見つめる。


 そして、倦怠感が時間と共に取れ始め、杖代わりにしていた『デュランダル』を地面より抜いて、装飾の美しいさやにしまった。


(まだ、足りない。時間がないんだから、とにかく急いで力を蓄えないと……)


 日向は着慣れたように見えるほどぴったりとはまる鎧をカラカラと揺らし、再び魔獣を狩りにゆっくりと歩み始めた。




 日向はむさぼるように魔獣を狩り尽くす。できる限り、『代償』を支払わずに。明らかに今の自分で太刀打ちできない相手は身を潜めやり過ごし、一体から三体を目安に自己流で剣を振るって、技を磨いていく。


 この世界に来て、剣術を教えてもらえる師などいるはずもなく、自分で覚えていくしかない。あるいは、ルーラなら教えてもらえるかもしれないけれど、忙殺されそうになる重要な責務を抱える彼女に日向は頼るわけにはいかなかった。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ。これじゃあ、まだ足りない」


 肩で息をしながら、日向はまだ戦いを終えようとしなかった。渇望するように、重たい足を、震える腕を、必死に動かす。

 そして、ふと地平線の彼方を見つめると、そこに彼女はいた。吹き抜ける風を浴びて、腰まで伸びた白雪のような白髪を揺らす少女。

 まるで、はたから戦う意思がないように重厚な鎧もつけず、巫女のような全身を包む衣だけを纏って、アイシアは立ち尽くしていた。


「……あら、また会ったね」


 アイシアは魔獣とは違う気配を感じたのか、そっと振り返り小さく呟く。


「……こんにちは」


 日向も挨拶を交わす。けれど、たくさん秘密を知ってしまったせいか、どこか距離感があった。


 少女アイシアはそろりそろりと日向の元へ近づく。


「日向……君だったっけ。この前のトテポフライ? は美味しかったわ。久しぶりにまともな食事を食べられて、私達も助かった」


 くりくりとした純紅ルビーの目で見つめ、美しい声で日向に礼をする。その一挙手一投足がどこかの姫殿下であるように美しく流麗であった。しかし、その小鳥のように澄んだ声の中に聞き捨てならない言葉が混じりこんでいた。


「まともな食事? 普段、どんな感じで食事をしているんですか?」

「君は何でも知りたがるんだね。珍しい。ディルエールの人が私達に興味を持つことなんてないのに」


 諦念にも似たうつろな瞳。けれど、心配そうに自分を見てくれる日向に感じたことのない喜色の感情がほんの少しだけ沸き立ち、アイシアの瞳に僅かな煌めきを与えた。


「私達は基本的にディルエールに管理されている。食事も一方的にディルエールが与えたものしか食べられない。いくら、頼んだところで門の先には入ることができないから」


 衣食住の概念を管理される。人間としてのアイデンティティを奪われるようなものだ。その苦痛など推し量れるわけがない。


「……そんな、ひどい。おかしい。無茶苦茶だ」


 日向は否定する。ディルエールのあり方を。ディルエールに生きる全ての人が悪い人ではなかったとしても、少なくとも『疎外の紅眼スカーレット』として虐げる人は、街は絶対に間違っていると。


「君、本当に変わっているね。そういえば、ちゃんと名前を聞いていなかった。教えてくれる?」


(前会った時はスルーされたのに、今日は話しかけてくれる。少しは関係がよくなったのかな?)


 日向はアイシアの対応に小さく喜色を浮かべて、口を開く。


「僕は逢生日向あおいひなた。君は?」

「……私はアイシア。アイシア……。アイシアよ」


 不自然な間。言い淀んだようなそんな間。けど、日向は気付かなかった。


「アイシアさん。……アイシアさんですね」

「アイシアでいいわ。日向」

「……うん、アイシア。これから、よろしく」


 微笑で語りかけるアイシアに日向は微笑で答えた。


「日向、あなたは強くなりたいの? 宝珠ジュエルをそんなに蓄えて。一体、いくらの魔獣を倒してきたの?」


 三日前に自分に呆気なく助けられていた少年が、知らぬ間に強くなっている。そんな日向にアイシアは興味が湧いていた。


「わかりません。どれもこれも綱渡りで、怪我だらけだし、倒した数なんて覚えていない」

「……そう。……なら」


 アイシアは頭に考えを思い浮かべ、日向に伝える。


「私について来ない? 私達の世界を見てみない?」

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