第13話 プレゼントと三度の戦闘

 カチャリ、カチャリ。喧騒渦巻くディルエール東門前を見慣れてきた顔立ちの少年が、見慣れない格好をして渡り歩く。


「また、魔獣を倒しに行くのですか……、って、どうしたんですか、その恰好は?」


 日向と気軽に話すのは、東門前に立ついつもの騎士である。いつもと異なる日向の姿に顔を歪ましている。


「えーっと、ルーラさん、騎士長様におごっていただいて」

「ハルバート騎士長に……。いきなりですねー。そもそも、あの方に出会うのは私共でも、あまりないことなのに、めぐり逢いというものは本当に面白いものですね」


 日向が来ていたのはショーウィンドウに並んでいたあの鎧である。三万リエルであったそれを、ルーラは太っ腹にキャッシュ一括で支払ったのだった。




 ——数十分前。西区画。サイモンの武具店にて。


「ルーラさん。何ですか? 僕はもうここに用はないのですが……」


 図書館での一連の会話で気まずい思いを感じていた日向は、買えない鎧が立ち並ぶ先ほどの武具店に、ルーラに連れられ戻って来ていた。正直、戻ってもあまり意味がなかったのだが、ルーラがどうしてもというので仕方がなかった。


「まぁ、待て。サイモン私の剣は完成したか?」

「えぇ、完全に修復できました。それと、これが以前お預けいただいた防具一式の修正品です」


 店主は裏から重そうにルーラの装備一式を運んでくる。そのどれも丁寧に、正確に、そして美しく手入れされていた。その最たる証拠として、装備の銀の煌めきは眩しさを覚えるほどであった。ルーラが信頼を寄せるサイモンの鍛冶師としての技量の高さが窺える。


「いつもながら、見事だ。感謝する」

「ありがたきお言葉です」


 店主のサイモンは照れ臭そうに笑みを浮かべる。


「では、今回のお代だ」

「確かに、受け取りました」


(僕は何を見させられているんだろう……)


 ルーラから少しだけ離れたところ。微妙な距離感を保つ日向は渋い顔を浮かべて俯瞰ふかんしていた。


「サイモン、あと別にこれを」


 ルーラは重厚な鎧の胸辺りに手を入れて、リエルの入った布袋を取り出す。


「彼にそこの装備を提供してあげてほしい」

「えっ、いやいやそんなことできないですよ。そんなに高いもの受け取るわけにはいきません」


 唐突なルーラの言葉に日向は手を振って断る。女性に自分の欲しいものを買ってもらう、イコール、ヒモになどなりたくはなかったからだ。


「男がその程度のことを気にしなくていい。私に付き合ってくれたことのささやかなプレゼントだと思えばいい。それに、君の命は自分で守らなくてはいけない。だから、すがれ。生きることに必死になれ。消耗品はいくらでも使って、誰かを頼って、自分のやるべきことに手をかけろ。それくらいの意志がなければ、君には何も動かせないし、変えられない」


 真摯しんしな態度でルーラは言う。何か日向に光を感じているのかと思わせるような熱のこもった瞳で。


「でも、悪いですし。そんな大金……」


 日向は後ろめたさを感じるようにそう返す。これ以上、自分の欲望に巻き込みたくないのだと、そんな感情だった。


「ならば、貸しということにしておこう。君がその願いを果たせたときに返しに来てくれればいい。もちろん、利子などいらない。ほら、サイモン。ぼさっとしてないで、日向に渡してあげて」


 強引に受け取らされた日向は嬉しいのか、恥ずかしいのか、辛いのか、もどかしいのか、自分でもよくわからない混沌とした感情を胸に抱きながら、必死に苦笑いを浮かべた。




 ——現在時刻。東門前。


「そんなことが……。あのルーラ様がそういったことをされるとは意外です」


 騎士の男性が感慨深く頷く。


「もし、ルーラさんに会うことがあれば、感謝をお伝えしていただけると嬉しいです」

「承りました。伝えておきます」


 日向の願いに騎士の男性は快く受け入れた。日向は一礼して、門の外へと出る。カチャリカチャリと音を立てて。


「今は強くならないと。とにかく、強く」


 日向は足を運ぶ。いつもの通りを外れたところでなく、まっすぐと通りを進んで、ディルエールから離れたところに。

 兎人バニーのミミに警鐘を鳴らされていたことがある。ディルエールから離れれば離れるほど魔獣の強さは比例して強くなっていくと。そのため、現在日向が歩いているこの土の道には宝珠ジュエルの力を応用した魔獣除けを有しており、できる限り魔獣がよりついてこないよう工夫している。


 ただ魔獣にも個体差があり、思いがけない出会いによって魔獣除けを越えて襲い掛かる場合もあるため、一概に安心できるとは言えない。

 逆を言えば、この道を少しでも外れれば魔獣の巣窟にぶつかるということであって、強戦士は道を外れて魔獣討伐を行い、金を儲けるのである。


 日向はディルエールより二キロ離れたところで北側にそれ始める。茫洋とした草原の景色はそのままに、ひしひしと感じる悪寒が走るような気配が強くなっていた。


(来る。ゴブリンより確実に強いのが)


 日向の双眸が白く光る。瞬間、急襲を仕掛けてきた魔物の先制攻撃を引き抜いた剣で受けきり、弾き返す。ゴブリンでの戦闘で感覚が掴めたのか、反射する速度が並みの人間ヒューマンの域を超えていた。


 対して、弾き返された方も宙がえりを決めて華麗に着地をして、無傷の状態で日向を睥睨へいげいする。


 一匹いや一体で現れたそれは兎型の魔獣。血走るような紅い瞳に真白の体躯。けれど、普通の愛らしい兎とは到底呼べるものではなくて、不気味な牙を覗かせるその顔立ちは醜悪そのものだ。そして、その額に宿る一本の巨大な角。『アルミラージ』であった。


 相対する一人の人間ヒューマンと一体の魔獣アルミラージ。先に仕掛けたのはアルミラージの方だった。豪脚な後ろ脚を蹴り、前方へと疾駆しっくする。一角獣ユニコーンを思わせるその角で、日向に肉薄する。


 ゴブリンとは比べ物にならないほどのその速度に日向は条件反射で体勢を横に流し回避する。反対にアルミラージは日向に回避されてなお着地して追撃を仕掛ける。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 日向は叫びをあげ、力を漲らせる。その願いと思いを達成させるために。呼応するように剣の輝きは増し、一閃。型も動きもまだまばらだけれど、日向の一撃は肉薄するアルミラージを角ごと両断した。ゴブリンより数段強いランク3にカテゴライズされる魔獣を。


「まだまだ、だよね。全部、倒しきる」


 日向に迫るのは近づいていたのはアルミラージの群れ。視認できるだけで十数体。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


 日向は再び叫んだ。


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