第12話 おとぎ話と代償と英雄

日向はルーラに連れられ、『クロシスストリート』に入る。途中で、曲がり王城から見て北の方に向かうと目的地につく。


「さぁ、ついた。ここがディルエール国立図書館だ」

「おぉぉぉー。すごい迫力ですね」


 日向が見上げるのは黄土色あるいは黄金に近い色をした壁の建物である。林立りんりつする他の家々とは迫力の違うその建物はディルエールに現存する蔵書が一堂に会する図書館である。パルテノン神殿を思わせる巨大な石柱が三階にわたる巨大な書庫を支える形になっており、その石柱の中に建物が入り込んでいる。つまり、石柱に直接繋ぎ止めることで、この図書館の崩壊を阻止し、維持している仕組みだ。あまり見たことのない造りに感動の声が上がるのも納得だ。


「感動するのはいいがあまり時間もない。ついて来てくれ」

「はっ、はい」


 入口の石の階段を上り、図書館内に入る。中には数多の書棚が平行に均等に整然と並んでいて、その中には数えるべくもない量の蔵書が並べられている。人はぽつぽつと点在しているけれど、皆音もたてず静かに動いていて、その静謐せいひつは神秘的に感じられるほどであった。

 入口から見て少し奥、右側に受付があって、そこには二人の司書の女性が並んでいる。ルーラは迷わずその受付に向かって、日向はそのあとについていく。


「ようこそお越しくださいました。……あら、これはどうも」


 司書の女性は思わぬ来客に驚きを見せるものの、そこは司書としての意地とルールに従って、小さな声で挨拶を行う。


「お探し物は何でしょうか?」

「……確か、ディルエールの歴史書。もしくは神話に関する本だったと思うのだが、それはどこにある?」

「……えー、そういった類の本は一階の特別書架にございますね。貴重な資料なので、一般の方にはあまりお貸しできないのですが、貴方様であれば問題はないでしょう」


 日向は再認識する。ルーラのこの国においての地位の高さと、信頼の高さを。


「特別書架には鍵が掛かっておりますから、わたくしも行きます。少々お待ちください」


 受付の蝶番ちょうつがいの付けられた板を上に開けて、司書の女性は鍵を手に受付から出る。


「では、こちらに。あとはよろしくお願いします」


 もう一人の司書に挨拶をして、司書の女性は歩みだす。その後をルーラが金属のブーツでコツコツと軽快なリズムと甲高いメロディーを奏でながら歩む。さらに、その後を少し薄汚れた衣装を纏う日向がついていく。


 館内に設置された階段を下り一階に向かう。立ち並んだ書棚の森を奥に奥に進むと南京錠の付けられた扉が現れる。その扉を囲むように白壁が部屋を隠しており、書物を守っていた。

 司書は鍵を南京錠の鍵穴に入れて、さらに南京錠に付けられた四桁のダイヤルを回す。

ガチャリとロックが解除され、司書が特別書架室の重たい扉を開ける。


「……では、時間になれば受付にいるわたくしどもにお伝えください。鍵はお渡ししておきます。できるだけ、部屋の扉を閉めて、そして、書物の持ち出しは厳禁でお願いします」

「ありがとう」

「……では」


 司書の女性は恭しく頭を下げて、特別書架室を後にした。日向は司書に従って、扉を閉めた。


「……どこだったか?」


 部屋の書棚の書物を、小言を呟きながら、そして指で指し示しながら、ルーラは探す。


「…………おっ、これだぁ」


 一冊の本に指をかけて、書棚より引き抜く。その拍子に隣り合う本が傾き、別の本にもたれかかる。


「日向、そちらに座ってくれ。探していた本はこれだ」


 特別書架の中の小さな椅子に腰かけて、その間のテーブルに書物を広げる。日向に向き合うのではなく、横顔が見えるように90度ズレて座ったルーラはぺらぺらとめくりあるページを開けた。


「これは、絵本ですか?」


 日向が見たページには緻密に描かれた一つの絵がある。まだ、使える色が少ないのかカラフルとは言えないが、丁寧に美しく描かれている。絵は一人の青年が輝く剣を高く掲げ、それに祈りを捧げ少女が見つめている構図だ。


「まぁ、そんなところだ。これは、過去に起きた神話やおとぎ話を絵師が描いた絵と共にまとめたものだ。タイトルは『英雄と代償』」

「英雄と……代償」


 感慨深く日向がそう繰り返したところで、ルーラは話を続ける。


「日向、このページの青年が持つ剣をよく見て。あなたの持っているものとよく似ているだろう」


 日向はそう言われ、ページにある剣の絵をまじまじと見つめる。細かく描かれているといっても、目の粗い紙に描かれているため多少ガタついてぼやけてはいたが、確かに似ていなくない。鞘に施された絢爛豪華な装飾、そして銀閃を放つ刀身。見れば見るほど、似ているように感じてくる。


「……本当だ。確かにそっくりですね」

「そうであろう。この剣をこのおとぎ話の中ではこう呼ばれている。『聖剣デュランダル』」

「『聖剣デュランダル』……」

「この剣について、おとぎ話ではこう記述されている」


 ルーラはページをめくり、神語エルのみで書かれた部分を開き、手でなぞりながら説明する。


「『聖剣』であると同時に『生剣』である『デュランダル』は持ち主に恩恵もしくは災厄をもたらす。心の清い『英雄』が手にすれば、『代償』以上の力と輝きを放ち、心のけがれた『悪魔』が手にすれば、『代償』によって絶望が身を焦がすだろう、と」

「よくわからないです」


 そこはおとぎ話の中での語り。ごく普通の少年である日向には理解困難である。


「ははは。確かにそうだ。ならば、私の解釈での説明となるが、それでいいか?」

「はい、それで頼みます」

「この説明の中で大切な要素は二つ。『生剣』と『代償』これに限る」

「『生剣』と『代償』?」


 日向は小首をかしげる。


「ではまず、前者から。『生剣』、つまりおとぎ話の中ではこの剣が生きていることを示唆している。あらゆる存在に神が宿るといったそういった宗教的なことではなく、実際に剣自体に意識があると言いたいのだろう。おそらく、後に出てきた『英雄』や『悪魔』は持ち主を判断したデュランダルの思考を例えたものなのだろう」

「この剣が意識を……?」


 腰に携えた『デュランダル』を見つめる。


「あくまで、それはおとぎ話。君の持つものがそれだとは限らない。けれど、もしこれが『聖剣デュランダル』あるいはそれに似た類のものだったならば、気になるのが後者のことだ」

「……『代償』ですね」


 日向の回答にルーラは静かに頷く。そして、眉根を細めて真剣な表情へと変わる。


「『代償』。思い当たるのは一つしかない。ディルエールに伝わる諺でこういったものがある。『力には命の灯を掻き消す代償が伴う』」

「命の灯? そんなものをかけなければいけないのですか?」


 日向の顔が曇る。しかし、ルーラの眼差しが事実であると理解させた。


「ディルエールの中で、『力』とはすべからく『魔法』であることが多い。今でも、宝珠ジュエルを介して、『魔法』に伴う余命の減少を回避しているほどだ。つまり、君のその剣が同じような類のものであれば……」


 日向はルーラの言葉に耳を疑った。


「どうした? 顔色が悪い。そこまで、驚嘆する事実だったのか?」


 ルーラは息が早くなっている日向を心配そうに見つめる。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


(吐き気がする。もし彼らの短命の原因がこれだったとしたら。彼女が僕を救ったことが、命に関わるのだとしたら。……頭が痛い。考えたくない)


 自分が命を奪う一役を買ってしまったと、殺人に準ずる行為をしてしまったと、日向は胸を締め付けられるように苦しみにあえぐ。


「君は『彼ら』のことを気にしているのだな。私も君と同じ感情は持っている」


 机に目を落としたルーラは思い悩むように声を濁らせて語り始める。


「私がこの職に就き、そしてこの立場まで上り詰めたのは『彼ら』に何かしてあげられないかという念があってこそ、だ。……けど、私には変えられそうもなかった。未だに『彼ら』は身を焼いてまで戦い続け、元々の短い命をさらに短くしている。国は宝珠ジュエルを提供することなく、挙句の果てに『かせ』を取り付けさせている。間違っている。間違っているはずだが、私には変えられなかった。そもそも、動くことができなかった」


 重く暗く語るルーラは自分の罪を告白するようであった。けれど、大切な部分は全て隠している。それが、国のディルエールのあり方なのだろうと日向は悟った。


「日向、君が彼らとどういった関係を持っているのかはわからない。でも、君は関係を断ち切るべきだ」


 早まる鼓動。締め付けられる胸の苦しみ。言われてしまうかもしれないと感じていたけれど、今このタイミングでは言われたくなかった。


「罪を背負った私が言うべくもないが、彼らと関われば君の命は危ういものとなる。『デュランダル』に似たその剣がいつ君に牙を向けるかもしれないし、彼らと関わることで君を討たねばならなくなるかもしれない。だから、もう一度言う。関わるない方がいい」


 ルーラの言葉はどこまでも重い。その経験があるからこそ、諦念しか残らなくなってしまうからこそ、伝えられるその重み。えぐるように一言一句が日向の胸に突き刺さる。


 しかし、日向を突き動かすものが一人。記憶の中に存在していた。

 何度振り払っても残ってしまう黒髪の少女。似ているだけとは言えない彼女をアイシアに重ねていた。だから……。


「……僕はやらなくちゃいけないんです」

「……何を?」


 覚悟を決めたような日向にルーラは真顔で問いかける。


「わかりません」

「……わからないのに、何かをするのか?」


 ルーラはその暴論に顔をしかめる。


(確かに無茶苦茶だ。矛盾だらけで、何も理屈も論理も何も成り立っていない。でも……、それでも……)


「僕はやらないといけないんです。過去に失ったものを取り戻すために。新しい何かを生み出すために」


 決意に満ちたその言葉は一切違わない日向の本心であった。何かを取り戻すことができると、生み出すことができると信じて。ここに来たことが、間違いのない運命であると信じて込められた本心の願いだった。


「ふふふ、面白い。ならば、君のできることをとことんやることだ。おとぎ話の『英雄』にでもなって見よ。その、難しさがきっとわかるだろうから」


 ルーラは笑ってそう答える。けど、その瞳の奥には髪の色とは対照的な冷たさが宿っていた。


 静謐な図書館での一時間は幕を閉じた。

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