第11話 業火の騎士長(アグニナイツ)と武具屋の一時
「誰のことだ。もしかして、私のことか? 君の言う、その人物とはおそらく別人だ」
緋色の髪をしたその女性はそうワントーンな口調で否定する。
(氷雨ちゃんに、委員長。どうして、僕の知っている人がここにいるんだろう?)
日向はその疑問を確かめるように女性の瞳をじっと見つめる。赤と黒が混じり合ったそんな瞳を。
「君、私の目に何かついてもいるのか? そうでないなら、私も恥ずかしいから、凝視しないでくれないか?」
「……ああっ、ごめんなさい」
日向はすぐさま視線を逸らす。自分がしていたことを再認識して、頬が熱くなった。
「もしかして、私の目が気になるのか? 私のことは結構ディルエールの中で知られていると思うが、やはり珍しいのだな」
女性は嘆息して、そう日向に伝えた。そして、彼女の言葉の通り、日向は疑問に感じていた。
ディルエールにいる人々には本当に紅い目をした人がいない。生まれた瞬間から、ディルエールの外に放り出され、彼らの住む場所で一生を過ごすのだから。けれど、彼女の瞳には紅い色が宿っている。その矛盾は一体どう説明したらいいのか、日向にはわからなかった。
「彼らのことは何も言えないが、私の瞳の色は正確には赤黒。純粋な紅い瞳ではないから、私はここに生きている」
女性は日向が何も言っていないのに、淡々と答えた。日向の聞きたいことが手に取ることようにわかっているかのように。
それにしても、ディルエールの仕組みは本当に馬鹿げている。紅い瞳の中でも、差別する対象に差があるのだから。紅い瞳が嫌なのではなくて、純粋な紅い瞳だけを差別する。そんなあり方は完全に
日向がディルエールの闇をひしひしと感じているとガラスのショーウィンドウから店の奥にいた武具屋の店主が焦った様子で、玄関まで駆けてくるのが見えた。
「これは『
ガチャン! と扉を音を立てながら、盛大に飛び出した店主は、すぐさま恭しく頭を下げて、日向を無視して緋色の髪の女性に媚びを売る。
「その呼び方はやめてくれ。恥ずかしい」
女性はその真白な肌をほんのりと桜色に染めた。それと同時に、店主の声を聴いていた辺りの人々がざわめき立つ。
「『
「本当だ。本当だわ。騎士長様~!」
「あえて、光栄です。是非握手を」
人種の垣根を越えて、緋色の
「ぎゃ~、助けて……」
日向の小さな声は人々の雑踏の中に虚しく消える。
「こら、やめないか!」
ピキィィィィィィィィィィーン!
女性は腰に携えた細長い鞘から細剣を引き抜き、その切っ先を地面に突き刺した。甲高い音が人々に自重の意を伝える。
「彼が苦しんでいるのが、わからないのか? これ以上、彼を苦しめるような行動をとるのなら、私は容赦しないぞ」
細剣を引き抜き、流麗に構える。両手を剣の
「それでいい。もう少し慎んだ行動をとりなさい。私はただの
彼女の言葉と威厳に圧迫され、胸に手を当てて一礼した人々はその場から散り散りに去っていった。日向と店主のみを残して。
「大丈夫か、少年?」
手を差し出された日向は甘えて女性の手を取り、立ち上がる。その体は揉みくちゃにされたおかげで、朝確認した時以上に汚れていた。
「汚れてしまったな。すまない、私の責任だ。店主、悪いがこの少年にシャワーを貸してあげてはくれないか?」
「いえいえ、そんなことできないです。元々、汚れていたので、貴方に責任があるわけではないですから」
日向は正直体を洗いたかった。泊っている宿にはシャワーも風呂も用意されておらず、正真正銘の素泊まりだったからだ。だから日向の体には汗で痒みと不快感があった。けれど、彼女に助けられたばかりなのに、また甘えるのは倫理的にも、プライド的にもいかがなものかと日向は感じていた。
「サイモン、ここにシャワーはあったよなぁ?」
「はい、ございますよ。ルーラさんの頼みとあらば、いつでもお貸しできます」
「だ、そうだ。ここは、サイモンに甘えておいたらどうだ?」
ルーラと呼ばれた少女にそう言われ、見つめられてしまうと抗いようがなかった。
「……ありがとう……ございます」
日向は店主のサイモンに連れられて武具店の奥にある風呂場に連れていかれた。ルーラに言われて腰に携えた剣をルーラに預けて、風呂場へと入る。
脱衣所で、服を脱いでみればじっと汗ばんでいることがより顕著にわかる。二日もまともに風呂に入れていないから、臭いもなかなかのものだ。クンクンと鼻を腕に近づければ捻じ曲がるほど強烈だった。すぐさま、シャワーのノブをキィ! と回して、お湯を出す。立ち込める湯気に傷のついた体を隠し、全身をサァーっと流す。
「あぁぁー。気持ちぃぃ」
思わず漏れる嬌声にも似た快感。男のそんな声など誰得なのだが、気持ちがいいのだから仕方がない。日向はしばらくの間、久しぶりの風呂を楽しんだ。
「ルーラ殿。いつも、
店主のサイモンがそう呼びかける。
「サイモンの武具はとてもよく出来ているからな。金を出す価値があるというものだ」
ルーラは微笑を浮かべて、そう返した。
「そう言っていただけると至上の幸せでございます」
サイモンは笑みを零して、頭を下げる。
「……それで、本日は以前お渡しいただいた武具の返却でよろしいですね?」
「あぁ、それもあるが、私のこの剣が少し刃こぼれしてしまってなぁ、今日中に直せるか?」
ルーラは腰に携えた細剣を
「確かに、ありますね。お忙しいのは重々承知致しますが、あまり荒々しい使い方はなさらぬようにお願いしますね」
「いつもすまない。できる限り、気を付ける」
「この程度なら、一、二時間ほどで再生可能だと思いますので、どこかに出掛けて待っておいてください」
店主は笑みを浮かべ、店の奥の工場へと向かった。しばらくすると、ギィィィ! と
ルーラは店内の武具を見て回る。鈍色に輝く重厚な鎧や兜、銀閃を放つ巨大な戦斧に戦槍、色とりどりの武具がきれいに飾られて並んでいた。そして、立ち並ぶ武器を
鞘には見事な装飾が、そして鞘から抜けば白銀光を放つ刀身が姿を現す。
「見事だ。凄まじい切れ味と耐久性を感じさせる。素晴らしい名工が打った最高傑作とも呼べる業物に等しい」
その輝きを見て、驚嘆と感動の色を見せたルーラの元に日向が頭から湯気を放ちながら現れた。
「店主さん、ありがとう……あれっ、いない」
「疲れは取れたか、少年?」
鞘に刀身を戻して、レジに置き直したルーラは日向に問いかける。
「あっ、はい。お陰様で。えーっと、ル、ル……」
「ルーラだ。ルーラ・ハルバート。ディルエールで王族直属の騎士長の任を|賜(たまわ)っている」
「ルーラさんですね。……って、騎士長っ! この国の騎士達のトップということですか?」
突然の告白に日向は愕然とする。
「……君は本当に何も知らないのだな。君の名前は?」
「……すみません。忘れていました。
「日向か。あまり聞き馴染みのない名だが、とても良い名だ。君の両親に感謝をすることだ」
「そう言って、いただけると嬉しいです」
日向は褒められて照れた様子を見せる。微笑を浮かべるルーラは一度息をついた後、話を切り出す。
「では日向。君はこの剣をどこに手に入れた?」
唐突な問いかけに日向は困惑する。何よりルーラのその真剣な眼差しが日向を戸惑わせた。
「……悪いんですが、僕にもわからないんです」
「……わからない?」
「えぇ、僕の知らぬ間に腰に付けられていて……。信じてもらえないかもしれないのですが……」
「そうか。非常に興味深い話だ」
感慨深く頷いたルーラは提案を持ちかける。
「日向、一ついいか?」
「はい、何事ですか?」
「私に付き合ってはくれないか? 君のその剣のことに曖昧だが、覚えがある。日向もわかっていないのなら、丁度よいと思うのだがどうだろう?」
「……この店に用があったんじゃないんですか?」
ルーラはふふふっ! と軽く笑う。
「元々、装備を受け取るだけだったのだが、私の剣の刃がこぼれてなぁ」
日向は思い出す。自分を守ってくれた時に地面に剣を突き立てた、ルーラの姿を。そして、現在持っていたはずの細剣を腰に宿していないことを。
「もしかして……」
「言うな。ついて来てくれるな?」
その含んだ笑みには小悪魔的な可愛らしさを秘めていた。抗いようのない不可視の力に圧迫された日向は頷いた。
「よし、ではいこう」
ルーラは店の扉を開ける。日向はレジの上の剣を手に取る。
(予想できない事態だけど、何か情報を得られるなら願ったり叶ったりだ。今はルーラさんに従うことにしよう)
緋色の髪の女性と黒髪の少年は武具屋の外へと出た。扉に付けられた金色のベルがカランコロンと誰もいない店内に鳴り響いた。
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