第10話 二人目の再会
「痛い。誰が……」
黒髪赤眼の少女が教室で転ぶ。目が不自由な氷雨は杖をコツコツと鳴らしながら、空間を把握しているのだが、唐突な出来事に反応するのは難しい。
「ごめん。ぶつかったわぁー」
クラスメイトの少女は足を故意にぶつけたのだが、何事もなかったように答える。
「そうですか。こちらも、声を荒らげてすみませんでした」
氷雨は杖を支えに、ゆっくりと立ち上がる。ぼんやりと映る自分の席を捉え、座った。
クラスからも一目置かれるほど美人だった氷雨は、特に女子生徒から虐めに似た行為を受けていた。けれど、頻繁に行われるわけでもなく、誰かが止めようとも、逆に推進しようともしないため、その実態を晒すことはできなかった。
(あぁ、何かしてあげたいけど、動けないなぁ。ハブられたくないし)
隣に座る氷雨を一瞥して、何もできずに机を見つめた。別にクラスを牛耳るスクールカースト上位の人間でもないし、そんな正義感溢れる人でもないし、日向は動けずじまいだった。
「何してるのっ! あなた、夜露さんの目が不自由ってわかっているでしょ。そんなことやめなさい」
教卓から、声が飛ぶ。クラス委員長の赤石玲である。黒髪の肩まであるポニーテールで、その整った顔立ちと正義感溢れるその性格は男性から人気が高い。委員長と共に、剣道部主将も務めており、個人で全国ベスト4にまで上り詰めた実力者でもある。そのせいもあってか、人からの信頼も厚く、誰からも認められている存在だ。
「委員長ぉ。また説教? 先生にでも言ったらいいじゃない。私は本当に偶然でぶつかってしまっただけだし、怒られるのは委員長でしょうけど」
足をぶつけた少女は玲の言葉に反省の色を見せることなく、逆に玲を追い詰める。
「何を言って……」
「委員長さぁ、言うだけで何かこの子にしてあげてた? 何もしてあげてないよねぇ。言葉って、結局無意味なんだよねぇ。そんな、言葉だけで何もしない委員長は、偽善者って言うんじゃないかなぁ?」
「別にそんなことは……」
「やめてください。わたしは別に気にしていないから」
氷雨はその言葉で遮った。目の代わりに発達した耳に流れる不協和音のような
——そこから、数か月後。
夜露氷雨は失踪した。クラスから夜露氷雨はいなくなった。
氷雨を探しに行こうと躍起になる人も、憂い
「……はぁ、はぁ、はぁ。嫌な夢を見たなぁ」
軋むベッドの上。少しだけ見慣れたボロボロに傷が入った天井を仰いで、悪夢を見た日向はゆっくりと起き上がる。
日向は
左目に意識を集中させ、自分の余命を確認する。アルファベットと数字で構成されるそれを見れば、また一日減っていることが確認できた。けれど、昨日のように理由のわからない余命の減退は無くて、正確に一日だけ減っていた。
「やっぱり、わからない。何が原因なんだろう?」
小さな一室で呟く。この世界に来てから、わからないことばかりだ。『魔法』に、ディルエールの実情、そして『
今日向にできることは限られているけれど、何もしなくちゃ何も起きないし、何も変わらない。
(結局、『女神の腕輪』のことも聞けずじまいだったけど、今やらなくちゃいけないことは決まっている。
日向は今日の
東区画の中心の通りを歩きながら、汗ばむ自分の服装を見つめる。魔獣との戦いで、傷がついている上に、汗や血のシミがこびりついて、臭いを放っている。
(服もそうだけど、この装備じゃ心もとないよね。せめて、鎧の一つでも買いに行かないと)
昨日の戦闘で獲得できた報酬は7000リエル。一昨日の報酬の残りと、昨日の報酬から雑費を差し引いて、使えるのは5000リエルほどだ。
(正直、|碌《ろく)なものが買えるとは思えないけど、行ってみるしかない……か)
宿泊先の店主に聞いた日向はディルエールの西部に武具などを扱う工業街が密集していると知っていた。日向は、それを頼りに西部を目指すことにした。
王城を中心にして東西南北各区画に十字に道が繋がっているのと同様に、外壁に沿ってディルエールを周回できるように円形に道が繋がっている。前者の街を十字に走る通りを『クロシスストリート』。後者の外壁を沿う通りを『インサクルストリート』と言う。
日向は北部の民宿から『インサクルストリート』を通り、西部の工業地区へと歩き出した。
「あれ、銅像? 目立つなぁ。人も多いし」
王城から見て北西部の辺り。一際人目を惹く真っ白な石像が建てられていた。ディルエールの人気スポットなのか多種多様な人種がその石像に群がっていた。
「あの~、少しいいですか?」
日向は群がっているうちの一人の優しそうな
「何だい?」
微笑みを浮かべて、老人は振り向いた。
「この像は、何か有名なんですか?」
「ああ。その通りだよ。この像の主は『ルリエル様』。
「『ルリエル様』。そんな神が存在しているんだ」
真っ白に彩られたその石像は美しい装束を見事に彫り上げ、凛々しい顔立ちを人々に表していた。ほんのりと微笑むその石像の表情に確かに引き込まれそうな何かを感じた。
(あの人は自分の世界とか言ってたけど、この人に関係してたりするのかなぁ? でも、顔は似てないからなぁ)
完璧に記憶しているという訳ではないけれど、あの青年の顔を日向は覚えていた。それと照らし合わせてみた時、この石像の顔は確かに似ていない。凛々しく神秘的な印象は近いところがあるけど、顔立ちは全くの別物だ。
「いいかい、少年?」
「あっ、ありがとうございました」
微笑を失くさず、格好よく去っていく
そこは金物を叩く重低音が鳴り響く場所だった。鍛冶師が自分の作業場で、真っ赤に燃え滾る金属を何度も何度も打ち込み、鈍い音が鳴る。それが、いたるところで重なり合い
西区画はディルエール屈指の工業街である。産業発展の新技術を開発したり、伝統的な調度品を作成したりしている。その一角には、武具や防具を扱っているお店もあって、掘り出し物がないかと日向はやって来ていた。
「うわ~。よく出来てるなぁ」
日向は一つの店のショーウィンドウに目を奪われていた。光沢のある銀色の輝き、日向の身長に適した大きさ、様々な要素が日向に合っていて、その防具が呼んでいる気がしていた。
「一式で、三万リエル。とても、手が出ないなぁ~」
鎧の下に添えられた値札を一瞥する。
「他で探すしかないのかなぁ」
溜息を一つ。その店から離れようと
「すまない、少年。大丈夫かな?」
聞こえるのは女性の声。日向はおでこをさすりながら、おもむろに目線をその人の元に合わせる。
(……ッ!)
日向は驚嘆した。その女性の姿に。緋色の長い髪をポニーテールでまとめ、その下についた吊り目気味の赤黒の目と相乗効果を増して美しい。そして、整った形の大きな胸を重厚な銀に煌めく鎧で覆いつくし、全身を同様に煌めく装備で固めている。一見華奢に見えるその体で支えているのは、驚きを与えて、凛々しく格好がよかった。
そして、日向が一番驚いたのは、その少女が初めて見たことがなかったことだった。既視感を覚えるのは高校の教室で、毎日のように見ていた少女と瓜二つだったから。
「頭をぶつけたのか? 痛いだろう。私に何か償いをさせてくれ」
その女性が話すたび、その声が馴染みを帯びてくる。毎日のように聞いていた彼女の声と同じだった。
「……委員長」
日向はそう呟いた。
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