第9話 紅眼の家畜小屋(スカーレット・ハウス)2

 ルークは少し暗く重たい口調で、改めて口を開いた。


「俺達はここで暮らしている。ディルエールには入れないからね」

「ディルエールには入れない!?」


 日向は耳を疑った。あんなにたくさんの多種多様な人種が入り混じっているディルエール王国に入られないとはどうも考えにくい。


「どうしてですか?」

「俺達が『疎外の紅眼スカーレット』だから、さ」


 ルークは苦虫を噛み潰したような暗い表情をする。同様に、ここに住まう他の人達も顔を引きつらせていた。


「スカーレット? ……なんですか、それは?」


 何のことか少し感ずいていた日向は噛み締めるように、気を遣うように、ゆっくりと問いかける。


「『疎外の紅眼スカーレット』。それは、ディルエール王国が呼ぶ、俺達の最大限の蔑称。純粋な紅い目を持つ人々を差した言葉だ」


 そう言うルークは虚ろな目をしていた。優しさを感じる口調とは裏腹にそんな目をしたルークはとても近づきがたく、恐ろしい風体をしていた。


「どうして、そんなことに? ディルエールは平和と平等を|国是(こくぜ)としてるんじゃないんですか?」


 思い出すミミの言葉。集会所ギルドでは定番になっている、ディルエールのあり方を示す言葉だった。……だが。


「そんなもの、嘘に決まっているでしょ!」


 半森精ハーフエルフのレナの言葉がそれを完全に否定した。


「あの国は私達を否定する。権利も、人権も、生きることも……」


 日向に浴びせられる痛烈な言葉が今まで見てきたものが全て欺瞞ぎまんだったと、上辺うわべだけのものだったと証明した。


「……そんな、そんな雰囲気も空気も漂ってなかったのに。どうして?」


 日向は頭が壊れそうだった。あんなに優しさで溢れていた街がひた隠しにしているとは全く想像できなかったからだ。


「……それは、俺達が畏怖されるべき存在だと、忌み嫌われるべき存在だと決めつけられているから」


 苦笑を浮かべて、ルークは答える。


「俺達は、いや俺達が生まれる前の先祖達から『紅い瞳』を持つ者達は他と違っていた。高い身体能力を備えていたり、高度な魔法を放つことができたり、とにかく圧倒的な何かを持っていた」


 『紅い瞳』を持った人々は突然現れた。赤子としてこの世に誕生した瞬間からその力は絶大だった。その力は時に誰かを虐げることのできるほどのもので、時に国を救うことのできる英雄のようなもので、世界変える可能性を秘めているものだった。


 『紅い瞳』を持った人々が現れ始めた頃、別の色を持つ者は受け入れていた。しかし、時代と共にそのあり方は変わっていく。


「ディルエール周辺に住んでいた過去の人間は、『紅い瞳』を認めなくなっていった。俺達を忌むべき存在だと、疎外するべき対象だと決めつけた」


 それは、人が嫉妬したことによるもの。英雄視されるほどの力への憧憬どうけいが、嫉妬へと突然変異してしまった結果によるもの。


 それは、恐れによるもの。いつ虐げられるか、蹂躙じゅうりんされてしまうかもしれないという強迫観念によるもの。


 そんな感情はどんどん蓄積し、蔓延まんえんし、大多数の暴力となって、顕著に表れ始めた。


「そこからは、早かった。ディルエールの先住民たちは壁を作った。そして、壁の外に『紅い目』の人々を追いやった。入って来られないように厳しい検問を張り、枷をつけて、『義務』を課した。そこから、ずっとこの伝統が受け継がれている」


 ルークは嘆息する。抗いようもなく諦めるしかない事態に。


「そんな身勝手で虐げられていると? おかしいよっ!」


 日向は声を荒らげる。身勝手に彼らの住まいに入り込んでしまった自分を嫌悪するように、強く声を荒らげる。


「それは、違うよ。お兄さん」


 さとさを感じさせる単調な口調でマロンが遮る。


「ディルエールで認められた、普遍的に認められてしまったものは、間違っていたとしても正しいものなんだ。どうしようもないことなんだよ。お兄さん」


 マロンは受け入れていた。仕方のないことだと。日向はそれを否定してあげることができなかった。この幼さを感じさせる小人ドワーフの少女の重みと説得力を秘めたその言葉を。


「わかったかい? これが、俺達がここにいる理由だ。どう思った?」


 その問いかけに日向は口をつぐんだ。答えるのが怖かった。


「……ただいま。何をしているの?」


 きしむ廊下を渡って、少女は突然現れた。腰までに伸びた銀髪を揺らす、純紅の瞳を宿したあの少女だった。


「あなたは……あの時の……。どうして、ここにいるの?」


 日向を捉えた少女は麗しい声で呟く。


「日向君、アイシアと知り合いだったのかい? もしかして、君が探していた人って……」


 口を開けてわかりやすいリアクションをとる日向を見て、ルークはそう問う。


「……はっ、その通りです。これを届けに来たんです」


 日向は混乱する頭を酷使して、持ってきていたトテポの袋と現在支払えるリエルの袋をアイシアという少女に手渡す。


「昨日はありがとうございました。これはそのお礼です」

「……そう。別に必要ないのに」


 アイシアは冷たい瞳でそれらを受け取った。


「それで、あなたは何を聞いていたの?」

「俺がここのことを説明していた。日向君が知りたかったからね。ダメだった?」

「いや、ルークが今の長だから、別にいいけれど、ちゃんと考えて行動をとってね」


 そう残したアイシアは日向の傍を通り過ぎ、部屋の奥へと姿を消した。


「日向君、ごめんね。彼女はとてもシャイでね。……それで、俺達のことを知ってどう思った? 君も、ディルエールのようになりたいと感じたか?」


 ルークは再度問いかける。日向は混乱した頭を整理して、言葉を選んで、ゆっくりと答える。


「僕は……少なくとも、虐げるようなことはしたくありません。けど、僕がそんなことを言っていい立場にないとも思っています。……だから、詳しいところはわかりません。でも、僕に何かできるのなら、尽くしたいと思います」


 ルークはふっと微笑を浮かべた。


「そう。やっぱり君は違うのかもしれないね」


 そう答えるルークの笑みには空虚さはなく、実のあるようなものに感じた。


「……偽善者。私達のこと何もわかっていないのに」

「レナ、それは言い過ぎ~。ディルエールの住人に比べればまだましだよ」


 レナとマロンはまだ認めていないようだった。特にレナの嫌悪感は、はっきりと醸し出されている。けれど、初めての邂逅かいこうの時よりは随分と落ち着いた感じがしていた。


「日向君、今日はもう帰るといい。君にもやることが色々とあるだろう。また、良ければいつでも来てくれていいよ。まぁ、ひどくあしらわれるかもしれないけどね」


 |吸血鬼(ヴァンパイア)の牙のような歯を覗かせて微笑を浮かべるルークに従って、日向は頷いた。

「わかりました。ここらで、おいとまします。……ああ、そうだ。もう一つ、トテポフライがあるので、みんなで食べてください」

「これはどうも。ありがとう、日向君」


 テーブルに置いていた『女神の腕章』を手に取る。


「では、また」


 会釈をして、廊下の元へ向かう。曲がって、『紅眼の家畜小屋スカーレット・ハウス』を出ていく前に、一度振り返って再び頭を下げる。


(まだ、わからないことがいっぱいあるから、少しだけ……)


 頭を上げる瞬間、意識を寄せる。そして、一度瞼を瞑り、見開くと同時に目の前にいる人々を見つめる。


 ――Y0。Y3。Y5。


 そのどれもが数えるほどしかなくて、彼らがアイシアと同じ短命だということを示していた。

 日向は瞠目どうもくし、驚いたけれど、必死に取り繕って、部屋を出た。そして、顔をしかめながら、『女神の腕章』を草原の中に投げ捨てて、ディルエールに向かって走った。

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