第8話 紅眼の家畜小屋(スカーレット・ハウス)1
近づく度にその平屋造りの建物がくっきりと見えてくる。石と土を塗り固めて建てられた、クリーム色のその建物はなかなかの大きさがある。およそ二十坪。ただ、風に当てられて経年劣化しているのか、
窓にガラスなんてものは、はめ込まれているわけもなく雨でも降ったら中がビチャビチャになりそうだった。それに、何よりもこの建物そのものがそもそも異質だ。周りに広大な大地以外何もないのにポツンと一つだけ立っている。
(ディルエールの中で建てればいいのに、どうしてこんなところに建てたんだろう?)
そんな不自然極まりない建物の前で日向は疑問を感じながら立ち尽くし、ボーっと仰ぎ見る。目の前には取ってつけただけの片開きの木の扉があって、きれいに設計できていないのか壁と扉の間に隙間ができている。鍵もつけられておらず、とても不用心だ。
(扉も開くし、入っていいのかな?)
ドアノブがないから、木の扉に触れてグーっと押すと、ギギギッと軋みを上げて開いた。
「おっ、おじゃましまーす」
(誰もいないのかな?)
扉を開けると数メートルほど廊下が続いていて、突き当たりを右に曲がると別の部屋がある仕組みだ。
内装も外観と同じようになかなか年代を感じる造りだ。抜き足差し足でゆっくりと廊下を進んでもギシギシと鈍い音が
(あれっ? これって……)
その広間はきれいだった。ノスタルジックな様相は変わらずあるけれど、しっかりと手入れがされている。間違いなく、人為的に。
大理石で造られたのか、白く艶のあるシンクが目を引くキッチン―。部屋の中央に置かれた味のある木のテーブルと椅子。その真ん中に置かれた草原に咲いていたピンク色の花を飾った小さな花瓶。蔵書数が極めて少ない、隙間だらけの本棚。
シンプルに、でも計算されたその配置は好感が持てる。
「お兄さん。うちに何か御用?」
突然の呼び声に日向は背筋を震わせる。おもむろに振り返ると何もいなかったはずの廊下に鎧を纏った少女が立っている。
栗色のもじゃもじゃなボブヘア、少し焼けた肌に、ぱっちりと開いた丸い目。そして、110センチのとても低い身長――
「わぁぁ!」
日向は広間の床に盛大に尻餅をつく。気配もなく後ろに立っていたのだから、仕方のないことではあった。
「驚かせてごめんね。でも、お兄さんが急に入ってきたから、隠れるしかなかったんだよ」
謝罪の念を感じる瞳で
「……いや。僕が勝手に入ったのが一番悪かった。本当にごめんなさい」
日向は
「お兄さん。で、うちに何の御用?」
訝しげな表情で問いかける少女に、ハッとした様子で日向は答える。
「……人を探しに来たんだけど、ここが気になって入ってきちゃったんだ。あっ、忘れてた。僕は
「珍しい名前だね、お兄さん。あたしはマロン。そういう理由ならまあいいけど、今度は気を付けてね」
「……ごめん。……それで、ここは何の場所なのかな?」
マロンの眉間に皺が寄る。
「お兄さん、ここのこと何も知らないの?」
(あれっ? なんか、顔が怖い。なんか地雷ふんじゃったのかなぁ)
「うん。随分と遠いところから来たところで、まだここらへんのことがわかっていないんだ。でも、教えたくないことなら無理に教えなくても……」
言葉を濁し、日向は委縮したようになる。どう見ても、自分より年下の少女なのに。
「それは俺が答えようか?」
聞き馴染みのない、でもどこか優しさを感じさせる声が日向の耳に届く。マロンに呼ばれて、廊下側に向いていた日向は広間から聞こえる声に再度振り向く。
そこには、日向よりも背の高い身長185センチほどの青年が立っていた。縦長の端正な顔立ちには紺色のストレートの長髪が美しくたなびいている。その下の肢体はすらっとしているが、筋肉がしっかりと覆っているように見える。そして、特徴的な牙のような歯を覗かせるその少年は
今度は固まる日向に少年は微笑みかける。
「驚かせてしまって済まない。俺はルーク。マロンと同じでここに住んでいる
日向はその優しそうな口調に引きつった顔を綻ばせて、
「……本当に珍しいなぁ」
ぼそぼそと小さな声で発したルークの声は日向の耳には届いていない。
「僕の力で、姿を隠させてもらっていたんだ。すまないね。それで、話の続きなんだけど……」
「ルーク、そこまでにした方がいいんじゃない? アイシアとテリーにどやされるかもしれないよ」
話の腰を折って、割って入ったのは先ほどまでいなかった
「レナ。彼は何も知らない。ここのルールを。それに、彼はあそこの住人とは違う気がする」
ルークが
再三驚いた日向はまた固まっているが、それ以上にルークの発言が気になっていた。
「知らないなら、知らない方がいいと思うわよ。それに、彼もつけているじゃない」
レナの視線は日向の左手首、銀色に輝く腕輪に目を向けられていた。
「彼が、それをつけている限り、私は何も伝えない方がいいと思う」
冷淡で単調なレナの声は日向を好ましく思っていないことが容易に読み取れた。
「それは、わたしも賛成かなぁ。一応、危険もあるし」
(……危険? これは人を守るお守りだよね?)
マロンはレナに同調して、日向は疑問で顔が曇る。
「……そうか。日向君って言ったかな?」
「はい。その通りです」
皆の意見を聞いたルークは、日向に微笑み提案をする。
「今だけでいいから、その腕輪『女神の腕章』を外してくれないか? そこの机の上にでも置いておいてくれたらいいから」
「……別にいいですけど、何か問題でもあるんですか?」
何かまずさを感じつつも、もらったものを否定された気がして、日向は問い返した。
「お兄さん、『女神の腕章』のことも知らないんだぁ。一体君はどこから来たんだろうねぇ」
日向の返答にマロンはそう言った。あまりにも無知な少年に興味がわき始めていた。
「……日本って国ですけど、知らないですよね?」
「う~ん、知らないなぁ。そこは、いいところ?」
「マロン。そんなくだらないことはどうでもいいから!」
レナの怒声を帯びた声が、マロンの言葉を遮った。
「あなた、結局どうするの? 外すの、外さないの? 早くして」
急かすようにレナは日向を
「外します、外しますから。ちょっとだけ、待ってください」
日向は手首の腕輪をするすると抜いて、指定された通りにテーブルの上に置いた。
「これで、問題ないだろう。レナ?」
「ええ。私がどうこう言える状態ではなくなったので」
ルークに諭されるようにレナの声はか細くなっていった。
「遅くなったね。じゃあ、今から俺の知っていることを話そう」
「お願いします」
「まず、ここの名前は『
「スカーレット・ハウス?」
その言葉を聞いた瞬間、日向は何を示しているのか見当がついた。性別も人種もバラバラなここの住人の唯一にして、最大の共通点。
ここに住む人々が皆、『紅い瞳』をその双眸に宿していた。
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