第7話 二度目の邂逅

「……う~ん。あー」


 小窓からから差す燦燦さんさんとした太陽な光が日向の重い瞼を叩いてくる。ギシギシときしみを上げるベッドの上でグーっと伸びをした日向はおもむろに立ち上がる。ベッドの脇に立てかけていた60センチほどの装飾された剣を腰に携える。剣にはご丁寧にベルトのようなものも付属されていて、革製のそれを腰に巻き付けて、左脇腹のところへ剣を繋ぎ止めた。


 いまだ、この剣の能力は知らないけれど、なぜかなくてはならないと感じていた日向は装備すること決断していた。


(えーっと、こうかな?)


 狭い一室の中、日向は意識的に目をつむる。そして、数瞬の後、バァッと目を開けると、数字とアルファベットの組み合わせが左目に映る。


 日向は昨日一日で、様々なことに感づいていた。この左目に見える余命についても然りだ。この力は自分が「余命を知りたい」と意識して目を瞑ることで、目に見える景色の中に文字と数字が現れる仕組みらしい。まぁ、あの最初にこれを見たときは、余命なんて考えてはいなかったけれど、そこは青年が気を利かせてくれて、都合よくしてくれたのだろう。


 ――――Y99D363。


 日向が予想した通り時間は減っている。余命で間違いないことは確認できた。だだ、一つおかしいことがある。


「なんで、二日減っているんだろう?」


 そうだ。日向はまだここに来て一日しか経っていない。表示される数字は364であるべきはずなのだが、余命の数字は何度瞬きしても一日多く表記されている。


「何か原因があるはずだ」


 朝の新鮮な空気がボロボロなった一室の中に隙間風となって入り込んでくる。日向のその呟きも少し冷たさを帯びたその風に流されて静かに霧散していった。

 日向はそんな疑問を今日中に見つけると自分の計画《プラン)の中に入れて、リエルの入った布袋を持って、部屋を後にする。


「もう行くのか?」


 階段を降りると、昨日ここに留めてくれた強面の店主と会う。


「はい。昨日はありがとうございました」

「そうか。なら、気を付けてな。もし、泊まる場所がなくなったら、うちに来い。いつでも、部屋を開けておこう」

「助かります。じゃあ、これ宿泊代です」


 日向は店主の立つ受付の長机の上に3500リエルを裸で置く。札がないこの世界では全てコインで経済が回っていて、3500リエルのコインはなかなかの重みと量があった。


「確かに受け取った。じゃあ、またな」

「はい、ありがとうございました」


 日向は頭を下げて、両開きの扉を開けて、外へと出た。


(行くか!)


 日向はそう頷いて、朝の空気を吸い込んで、石畳を歩き始めた。




「へい、いらっしゃい。何にしやしょう? ……って、お客さんでしたかい」


 飲食店の多い東区画の屋台が立ち並ぶある通り。一軒のポテト、もといトテポ屋に日向は再び入った。


「昨日はありがとうございました。これ、お代の金です」


 日向は200リエルを店主に手渡した。


「それはどうもご丁寧に、ありがとうございますぅ。確かに受け取りやしたぁ」


 店主は喜色を浮かべて、口の端を上げた。


「いえいえ。それで、3つトテポフライを買ってもいいですか?」

「本当ですかい。それはありがたい。3つですねぇ。少々お待ちを」


 細長く切ったトテポを高温の油でカラッと揚げて、冷めないうちに布袋で包む。ほんのりと薫る塩とお芋の匂いは嫌でも唾液が溜まってくる。


「はいどうぞ~。トテポフライ3つです」

「どうも、です。これお代の600リエルです」

「毎度あり~。また御贔屓に、頼みますぜぇ~」


 店主はさらに喜色を浮かべて、店より去る日向を笑って送った。

 日向が3つも買った理由は決まっていた。彼女に出会った時にお礼をするために。こんな食べ物一袋で喜んでくれるか見当もつかないけど、まだ美味しいか確認していないディルエールの食べ物を渡すよりは幾分かよかった。


 日向は東門に向かう。見上げるような巨門の下には昨日と同じ騎士が立っている。


「昨日はありがとうございました」


 会釈と共に日向は騎士にお礼のあいさつをする。


「あぁ、昨日の。お役に立てたなら、何よりです」


 騎士も口角を上げて、笑みを浮かべていた。因みに、昨日預けていた荷物の山は日向が東門に帰った時に回収して、手に余るということで、集会所(ギルド)の保管庫に預けている。


「今日も、お出かけに?」

「はい。ちょっとやらなくてはいけないことがありまして」


 日向はボリュームとドーンを落として、答える。浮かない表情をする日向に騎士の男は訝しげな表情をするが、気のせいかと頬を緩める。


「街の外は危険が多いので、十分用心してください。特に、魔獣は命に関わる場合があるから、なおのこと」


 騎士は日向に警鐘を鳴らす。それは、ディルエールの中では定型文のような台詞であった。人々にあらゆる恩恵を与える宝珠ジュエルを有する魔獣はある種無くてはならない存在であるのだが、それ以上に魔獣は畏怖される存在である。

 良心の呵責かしゃくというかせが外れて、ただ本能のままに目の前の敵を蹂躙じゅうりんしつくす。その恐ろしさは、実物を見たことがない人ですら共通認識で知っている、たがえようのない事実であった。


「警告ありがとうございます。しっかり、用心します」


 日向はそう言って、止めていた足を再び動かす。巨門を抜けた先には昨日と同じ、茫漠たる大地が広がっている。巨門を有したディルエールを囲む壁は、やはり内界と外界を隔絶かくぜつする境界線のようであった。


 日向は昨日の記憶を辿るように、道をそれて草原の中へ進む。草花を踏みしめて、獣道のような轍を作っていくと、その威嚇の声は響く。


 シャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!


 小刀と小盾の魔獣の武器モンスターズウェポンをそれぞれ両の手に持った、小さな魔獣。『ゴブリン』である。

 軽く見る限り、日向の近くには三体。日向より左側に一体と右側に二体いる。それぞれ、迷彩色のように草花に玉虫色の体表を重ねて、息を潜めていた。


「……いた。あまり戦いたくはないけど、生活費のためにとりあえずやらないと」


 深呼吸を一つ、装飾されたさやから白銀の刃を抜く。太陽の光に影を残す『ゴブリン』めがけ、日向は駆け出す。と言っても、ステータスが強化されているわけでも、元々抜きんでて足が速いわけでもないから、その姿は滑稽こっけいに見える。

 だが、その白い双眸そうぼうは輝いていた。何か確固たる意志の炎をその目に宿しているように。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 剣術も何も知らないけれど、想像でカバーする。拙いが、しっかりと振りぬかれた一撃は左側にいた『ゴブリン』を切り裂く。小刀と小盾諸共、薄刃の銀閃に抗いようなく断絶される。腹部を裂かれた『ゴブリン』は|裂帛(れっぱく)の叫びをあげる。

 同胞の死を見た『ゴブリン』二体は、魔獣の武器モンスターズウェポンを手に突撃する。

 日向よりも軽快で、鋭利なその突撃に、目を向けた日向はおののく。できた間隙かんげきを見逃してくれない『ゴブリン』は日向の足部に小刀の一太刀を与える。

 飛び散る血潮。伝え難い苦悶の叫声。厚手の紺色のジーンズには小太刀によって斬られた跡とそこから流れる血が原型を留めていないことの証左しょうさとなっていた。


「ぐはっ、あぁぁぁぁぁ。……まだ、だぁぁぁ」


 斬られた左足と反する右足で『ゴブリン』の一翼を蹴り上げる。


 ギャァァァァァ!


 宙を舞う一翼を無視して、地面に沿わすようにもう一体の『ゴブリン』を強引に斬り上げる。無駄の多い動きだが、その銀閃は強力無比そのものだった。縦半分に斬られた『ゴブリン』は|灰燼(かいじん)に帰した。


「はぁはぁ。あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 息を切らしながら、宙を舞っている『ゴブリン』の行く先を見る。宙にいるものを的確に捉えるなんてことはできないけれど、『ゴブリン』が地面に落下した瞬間、銀閃を真下に向けて、『ゴブリン』を串刺しにする。

 枯れたような痛々しい声を零し、橙光色の宝珠ジュエルを残して、三体の『ゴブリン』は消滅した。


「あー、痛い。でも、これで今日は何とかなるかな……」


 日向は持ってきていた細長い白布で傷口を縛る。滴る赤い血がその布切れを白から赤に染める。


「何にもあてがないけれど、探してみるしかないよね」


 日向は足を引きずりながら歩きだした。

 少し時間が経って、日向はディルエールからかなり離れたところに来ていた。と言っても、足に痛みを抱えているので限界はあるから、外壁より一キロほどなのだが、それでもディリエールが霞んで見えるぐらいの距離である。

 場所は東門と北門の間。ディルエール王城から北東にあたる位置であった。


「やっぱり、こんなところにあるはずがない、か。北から、街に戻ろうかなぁ」


 幸か不幸か魔獣との遭遇エンカウントは少ない。傷を負っている以上、帰るなら今がベストだと判断できた。そもそも、あの少女が外界に出ているという保証もない。安全なディルエールの中にいると考えた方が、明らかに理屈が通っている。


(……やっぱり、帰ろう)


 日向はそう決めて、歩みだそうとしたその時、不自然に佇むそれを見つけた。日向のいる位置よりさらに北東。霞んで見えるそれは、何かの建物だと1.2の視力が知らせる。


 「何だろうあの建物は?」


 日向は興味本位で、見知らぬ建物の方へと歩み出した。

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