第6話 早すぎる別れ、激動の一日の終了

 少女は本当によく似ていた。瓜二つだった。腰まで伸びたストレートの髪。ぱっちりと大きな少しだけ吊り目がかった真紅の瞳。高く伸びた鼻筋と小さめの口元。艶やかな桃色に輝く唇。そして、人為的に配置されたような整った顔のバランスは彼女が美女であることをはっきりと示していて、その下に伸びるすらっとした華奢な体は純真な少女のように思わせる。その顔立ちとほっそりとした体つきは日向にあの少女の姿を想起させるに至った。


「あなた、大丈夫?」


 草原を吹き抜ける風にその雪のような髪をたなびかせて、少女は美しい声で問いかける。


「……ひ、氷雨ちゃん、じゃないよね?」


 少女の問いかけを無視して、日向はそう聞き返す。答えはわかっていたものの問いかける他選択肢はなかった。


「あなたの言うその人は、わたしじゃない。残念だけれど」


 日向の問いかけに少女はそう返した。


「……そう、だよね」


 日向はそう呟いて、目を落とした。

 少女はそんな日向の様子を怪訝な眼差しで見つめて、その視線はある一点に向けられた。日向の腕に巻かれた一つの白い宝珠ジュエルが付けられた銀色の腕輪に。




――数時間前。ギルド地下一階の一室にて。


「そうだ、忘れるところだった」


 部屋を出る直前、兎人バニーの少女であるミミが日向を呼び止めた。


「どうかしたんですか?」

「これを持っておいて」


 ミミは日向に銀色の腕輪を手渡した。そこには白く丸い宝珠ジュエルが付いている。


「何ですか、これ?」


 ミミは微笑を浮かべて答える。


「これは、女神の腕章。装備した人を災厄から守るって言い伝えがあるお守りだよ~。ディルエールの住民あるいは街に訪れた人々に無償で渡されるんだぁ~」

「へぇ~。いいんですか、もらっても?」

「もちろんだよ~。魔獣との闘いには危険が伴うから、神頼みする気持ちで腕に巻き付けておいて。邪魔だったら、外してもいいから~」

「ありがとうございます。では、ミミさんに従って、着けておきますね」


 日向は腕にその女神の腕章を装着した。




――現在。街の外東側。とある草原。


「とりあえず、無事ならよかった。宝珠ジュエルが欲しいのなら、そこに落ちているのを全部持っていくといいわ」


 少女はどこか冷たい口調で、草原に落ちた無数の橙光色の宝珠ジュエルに目を向ける。


「いやいや、これを倒したのはあなたですから、持って行ってください」


 立ち去ろうとする少女を日向は引き留めて、そう呼びかける。そんな日向を真紅の瞳で窺う少女は怪訝そうな顔になる。


「あなた、何も知らないのね」


 その言葉の意味を当然日向は理解できなかった。


「わたしたちが何者で、どういう境遇に置かれているのかを」


 日向の頭には疑問がいくつも流れ込んでくる。その答えは、やはりわからない。


「それは、どういう意味ですか?」

「あなたが今知らないのなら、これから先も知らなくていいくだらないことよ」


 少女は辛辣で冷淡な口調であしらう。


「……さよなら」


 そして、白雪のような髪をたなびかせて、少女は日向の元を離れていく。哀しみともどかしさのようなものをその背中に宿しながら。


「……ちょっと、待って……」


 日向は手を伸ばすが届かない。せめても、何かができればと、日向は頭の中でもがく。すると、思いに呼応するように、日向の左目が少女の真実の糸口を指し示した。


 ――――Y0M0D28。


 日向はしばらく言葉を出すことができなかった。




「……日向さん、日向さん。こちらになります。聞こえてますか。日向さん、日向さ~ん」

「……あっ、すみません」


 日向はハッとした様子で、布袋に入った収入リエルを受け取った。


「大丈夫ですか?」


 宝珠ジュエル換金所の赤毛の人間ヒューマンの少女が、ぼーっとした日向の様子を心配そうに見つめて、問いかける。


「……大丈夫、です」


 どこかうつろな様相で日向はそう返した。


「それなら、いいのですが。……では、今回の換金額は9700リエルになります。またご利用ください」

「……あっ、ありがとうございました」


 日向は軽く会釈をして、ギルドの中の換金所を後にした。外に出れば、もう既に日は沈み始めていて、地平線にぶつかりそうな紅い太陽がディルエールの街を赤く染め上げる。


 そんな、街並みを日向は目線を落として、ただあてもなく逍遥しょうようした。


 ディルエールの北側、住宅街と宿が立ち並ぶエリアにたどり着いた日向は、本日の宿探しをすることにする。泊めてくれそうな友人などこの世界にいるはずもないし、暗い街中で一人野宿するといった身体的にも、精神的にも酷なことはしたくなかったからだ。


「……はぁ~。どこかあるかなぁ?」


 日が完全に落ちて、宝珠ジュエルを使った暖かな灯りが石畳の道を照らす。そんな仄暗い、夜になって人通りの少なくなった通りをとぼとぼと歩いていると、石畳の道に三角に立てられた小さな看板があるのを見つけた。そこには神語エルで民宿という文字が、看板に取り付けられた黒板に描かれていた。もちろん、日向にはそんなことはわからなかったのだが、何か直感で感ずるものがあったのか、それともすがるような気持ちだったのか、日向はその看板をまじまじと見つめる。


 そして、看板の後ろに屹立するノスタルジックな建物を見つめる。他の建物より早く建てられたのか、外壁は少し剥がれ落ちていて、埃と塵が溜まって何とも言い難い霞んだ色合いを醸し出していた。


(ここで、聞いてみるしかないよね)


 日向は一息大きく息を吐いて、意を決したようにその建物に入る。両開きの扉の片方のドアノブを握り、ガチャリという音を立ててフロントに入る。日向に気付いた店主の強面の男性が一瞥する。


「いらっしゃい」


 店主は低音のその声で、日向を迎える。


「あの、ここって、宿泊できたりしますか?」

「店前の看板にそう書いてあるが、読めなかったのか?」


 店主の男性はいぶかしげに問いかける。


「あっ、……すみません」

「いや、別にいいんだが、神語エルが読めないなんて、珍しいな。異国の出身か?」

「はい、その通りです。まだ、言葉が覚えられなくって。話が通じるだけまだいいんですが……」

「そうか。それは大変そうだ。金はどれくらいある? 素泊まりなら安くしてやろう」

「本当ですか! 9000リエルぐらいです」

「なら、3500でどうだ?」


 強面の顔が人情味あふれる笑みに綻ぶ。


「是非お願いします!」

「決まりだ。ついてこいっ!」


 日向は店主の男性についていき、罅割れた木製の階段をゆっくりと昇った。


「う~ん。はぁ~。あ~」


 四畳ほどの真四角の部屋に詰められた年代物のベッドの上で横たわり、ごろごろと日向は寝返りを打つように揺れ動き続けていた。

 日向はどうも眠れなかった。部屋に染み付いた煙草臭い香りに鼻を曲げていたのもあるが、それ以上に今日一日が衝撃的過ぎて、眠ろうとしてもそうはさせてくれなかった。


(あの子は、一体誰だったんだろう……)


 思い出すあの子と瓜二つだった少女の姿。名前も彼女の境遇も、抱えているものも、何も聞くことができなかった。初めて会ったのだとわかっていても、これ以上に後悔の念を抱くとは思わなかった。


「はぁ~。本当にどうしよう?」


 日向は部屋で一人そう呟く。すると、ベッドの傍の小窓から雲に隠れていた月の光が、日向を優しく照らした。


(とにかく、彼女にお礼しよう。助けられて、お金も渡せなかったし、何も答えられなかった。だから、彼女をとにかく探そう)


 そんな計画を立てた日向はどこか落ち着いたような気分になる。心残りだった彼女のことに明確な指標を立てることができ、安心できたからだった。


(今は寝よう。明日、彼女に会いに行けばいい)


 日向は今更どっと疲れが込み上げきたのか、重い瞼を閉じた。

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