第5話 再会
ギルドを出た日向は東の方角へ登ってきた坂道を下っていた。その手にはミミから受け取った魔獣の資料や
「ありがたいけど、少し邪魔だよね~」
坂を下った日向はそうボヤいていた。そんな、手に余る荷物を抱えて、不思議な装束を纏って、神秘的な雰囲気の剣を腰に携えた、一言でいえば『異質』な日向に街を歩く人々の自然に目が集まる。
人々の様子を気に留めず、ミミに教えてもらった東門へと向かって歩き続けると、既視感のある大きな門が見えてきた。
「あの~、すみません」
日向は門の前に立つ騎士の元へ駆け寄り、話しかける。
「どうかしましたか?」
最初に面を確認された時より、随分と優しい口調で騎士は受け答える。
「あの~、今から街の外に出るので、しばらくの間この荷物をここで見ていてもらえませんか?」
日向は
「ああ、それくらいならお安い御用ですよ。私が預かっておきましょう」
騎士は優しい口調と笑顔で日向から荷物を受け取った。
「ありがとうございます。何時間かすれば戻ってきますので、地面に置いていてもらえばいいですから」
「そう言っていただけると、こちらも助かります。私も業務がありますので。では、私の足元に置いておきますから、時間になったら受け取りに来てください」
日向は頷いて、再び足を動かしだした。城門に立つもう一人の騎士に頭を下げて、巨大な門を通り過ぎる。
街から一歩出ればそこは大自然だった。
巨門を有する街を囲む巨大な壁は街と外界を断絶する、差し詰め結界ともいえる風格を放っていた。
「こんなにきれいだったんだ。こんなところに魔獣なんて呼ばれるものがいるとも思えないけど……」
日向はミミからもらった手書きの地図を参考にして、整備された土の道とは別の方角へと向かう。舗装されていない草花を踏みつけながら数百メートル進むと、唐突にそれと
草原に姿を隠すのに適した玉虫色の体表と人間の子供に満たないほどの小さな体躯、体の一部のように両の手に携えられた小刀と小盾の
「ほんとにいたぁっ!」
日向は
その銀閃に目を移した『ゴブリン』は黄色の
シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
『ゴブリン』は叫びをあげて、日向へと肉薄する。華奢な足で高く飛び上がった『ゴブリン』は日向の顔の前で横に一閃する。
「うわっ!」
寸でのところで刃を顔近くまで上げて、『ゴブリン』の一撃を受け止める。鳴り響いた金属の重低音が日向に与えたダメージを物語った。日向は手に伝わった、鳴動するような衝撃に苦悶の表情を浮かべる。
「痛いっ! こんな小さいのにどんなパワーをしているんだ」
日向は震える手を、剣を握りしめて無理やり押さえつけて、『ゴブリン』を
シャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
『ゴブリン』は再び肉薄する。真正面から突撃する『ゴブリン』に日向は両の手で剣を握りしめ、銀光を放つ切っ先を『ゴブリン』へ向ける。ちょうど、日本剣術の面のような形である。
『ゴブリン』は日向より2メートルほどの距離で先ほどより高く飛び上がり、170センチはある日向を軽く見下ろすぐらいまで跳躍する。小刀を日向に向けて、逆に面を取られそうになった日向は、正面に向けていた切っ先を斜めに向けて、右斜め上方に切り上げる。『ゴブリン』の小刀より数瞬早く捕らえた銀閃が、『ゴブリン』の腹部を真っ二つに切り裂く。
気色の悪い紫紺の血が飛散して、『ゴブリン』は灰塵に変わった。そして、『ゴブリン』の残滓から橙光色の石の欠片のようなものが落ちる。
「危なかったぁ。……で、これがたぶん『
一息息をついて、日向は魔獣の体より産み落とされた神秘的な欠片をまじまじと見つめる。魔獣の核である『
この世界において――まぁ、どこでも変わらないかもしれないが――『魔法』というものの存在は著しく高い。日常生活に一つ存在するだけで、その不思議な力がどれほど効率的になり、どれほど有意義になるのか、言わずもがなである。さらに、こういった『魔獣』というものが存在する以上、身を守ることのできる要素はいくらあっても無駄ではない。そういった要因が組み合わさって、『
「これ一つでどれくらいになるかなぁ? あまり戦いたくはないけど、お金にならなかったら意味がないからな~。さて、どうしよう?」
日向はとりあえずトテポの入っていた布袋に『
シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
先ほど何度も聞いていた『ゴブリン』の呻き声が日向を囲むように幾度もこだまする。その輪唱が間違いなく、ゴブリンが一匹ではないということを証明していた。
「……ちょっと、待って。これは色々とやばそうじゃない、かな?」
日向の嫌な予感は見事に的中していた。草花の影に隠れていた『ゴブリン』の群れは一匹の同胞の死をもって、一斉に姿を現す。まるでそれは、同胞を殺した敵に復讐するかの如き人間らしさを感じさせていた。
日向を円状に囲んだ『ゴブリン』の群れは容赦なく、躊躇なく、日向に肉薄する。
「いよいよまずい。どうしたら……」
日向は『ゴブリン』の接近に頭を回す。正直、何も解答は見えてこなかった。質で劣った自分が量で押してくる『ゴブリン』に勝ち目などなかったからだ。
ディルエールでは魔獣の強さに応じてランク付けされている。一体のみであれば最低ランクである1である『ゴブリン』も、現在進行形で日向に襲い掛かる10体以上になれば、ランクが一つ上がる。現在の日向の実力から考えても、これは非常に危険だった。
(何か、何かあるはずだ。起死回生の何か、が)
そんな思いも虚しく日向に容赦なく接近した『ゴブリン』は
――瞬間、日向の剣が煌々たる光を放つ。と、同時。美しい少女の叫びが、戦場に鳴り響いた。
「
日向を囲む『ゴブリン』の群れを的確に、正確に、凍える氷柱の槍が貫き、駆逐していく。声の主の方へと日向が向くと、そこには美しい白雪の髪をした少女が立っていた。
「えっ、嘘。あれは……」
日向は
「氷雨、ちゃん?」
日向はそう呟いていた。
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