第4話 寿命の瞳と集会所(ギルド)と兎人(バニー)

 日向は王城に向けて歩を進めている時、何か違和感を感じていた。左目のあたりに。実際は、この街に来てから、ずっとおかしく思っていたのだが、今になってその違和感は顕著なものとなっていた。


(痛くはないけれど、むずむずするし、ぼやける。どうしたんだろう?)


 日向の視力は悪くない。視力検査では両目ともに1.2をキープし続けているのだが、左目の視界はぼやけている。というより、景色は見えているのだが、ところどころ靄がかかっているような感じだ。


(まだ、確信は持てないけれど、たぶんこれも……)


 日向には思惑があった。おそらく、あの青年が言っていたことに関することだろうと。

 そう考え始めた矢先、日向の目にはさらに異変が起きる。


「何だ、これ?」


 人通りが多い傾斜のついた道を登りながら、日向は思わず声を上げてしまった。靄が消え、視線を向ける人間や亜人たちの頭の上にアルファベットと数字が現れたからだ。

 一人のエルフの少女に目を向けると、頭上にY207と浮かんでいた。


(どういう意味だろう?)


 日向は驚きを隠して、考える。他の人物に目を向ければ、Y55。M11。など人によって数字が違うことが確認できた。アルファベットと数字の関係性から、日向は一つの答えを見出す。


「そうか、寿命だ」


 日向は声をまた上げてしまった。様々な人種の視線で、日向はほんのりと頬を染める。止まっていた足を逃げるように動かしだした。そして、坂となっている道を登りながら、確認作業を行う。


(たぶん合っているはずだよね。あの人もそんな感じのこと言っていたから。Y、M、D。時間の単位だ。僕が見ているのはたぶん、僕が見ている人の余命が見えているんだ)


 そう理解した日向は歩を早める。

 どうして、こんな能力が備わってしまったのか原因が理解できなかったからだ。たとえ、人の寿命が見て取れたところで、自分に何ができるのか。考えたところで、その答えは浮かんでこない。

 そう思って、左目を瞬きさせると景色が切り替わる。浮かんできたのは一つの数字と文字。

 Y100、と書かれたものだった。


 聞き覚えのあるその数字と文字はその意味をすぐに日向に理解させる。


(これは、僕の命? ここで、生存できるのがあと100年ってわけなのか)


 青年が言っていたように、日向がこの世界で生きられるのは100年らしい。これが、普遍的に定義される100年なのかはわからないが、現在17年生きている日向からすれば、その命は随分と長い。

 と言っても、訳も分からないこの世界で100年も生きることができるかなど、些か疑問ではあるのだが、今考えたところで意味がないので日向は思考を放棄した。


 それと同時に視界から数字は消えた。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ。あっ、これかな?」


 知らぬ間に大分と高いところまで登っていた日向は、七つの塔が印象的な王城の傍までたどり着いていた。王城には東西南北四方向から直線状に道が延びていて、王城を中心としてどの区画の城下町からも直接登ってこられる仕組みとなっている。


 日向はちょうど東側から登って来ていて、日向から見てやや右側に王城が見えている。王城の前、日向から見て左側に目的の集会所ギルドがあった。

 ドーム状の黒く塗られたその建築物に、門扉と呼べるものは存在しておらず、来るもの拒まず去るもの追わず、といった言葉が似合う佇まいだ。ギルドには鎧を纏った人間から、屈強そうな肉体をしている狼人ウェアウルフ、杖を携えて今すぐにでも魔法を放ちそうな森精エルフなど、様々な人種が入れ替わり立ち替わりでギルドに集まっている。

 日向も歩を進めて、ギルドの中に意を決して入ることを決めた。


「すごい」


 中に入った日向は見渡して、声を上げる。ろうそくの炎にガラスの蓋を被せて、ライトにしたものが、幻想的に建物内を照らしていて、ギルドに群がる様々な人種の喧騒が施設の盛り上がり様を示していた。


 中には日向には読めない記号や文字で綴られたいくつかの施設が点在していて、ゲームの世界のように、銀行や武具屋、食事がとれるレストランの施設がある。

 日向は人混みをかき分け、ギルドの中心にあるサークル状の受付のような場所に移動する。そこには眉目秀麗な美女の受付嬢たちが360度どこからでも受け答えができるように着席していて、様々な衣服を身に纏った人々がお気に入りの女性の元に行って、説明を受けている。


 日向はその中で、たまたま一つ空いていた受付の元へ向かう。


「こんにちは~。ようこそ~、平和と平等の国、ディルエール王国の集会所(ギルド)へ」


 日向が訪れた途端、軽快な声で挨拶するのは兎人バニーの少女である。

 ほのかなピンク色の目を宿したその少女は非常に顔が整っていて、紛れもない美女である。さらに、兎人バニーたらしめたる頭の上に乗っかるふさふさの黒毛のうさ耳とシンプルな黒髪ストレートがどこか不思議な可愛らしさを演出していた。


「わたしはここの受付担当の一人、バニーのミミです。よろしくおねがいしま~す」

「……あぁ、お願いします」


 ミミの軽快な口調に少々気圧されながら、日向はそう返した。


「本日はどういったご用件で?」

「とても遠いところから来たんですが、この国のことが全く分かっていなくて、色々と教えてもらいたいんです」

「そうでしたかぁ~。よくぞお越しくださいました。ちょっと待ってくださいねぇ~」


 ミミは日向から机の中にある資料に目を落とし、何かを確認する。


「……お待たせしましたぁ~。今ちょうど部屋が開いているので、そこで相談しましょう」

「はっ、はい」


 日向はミミに促され、サークル状の受付を出たミミについていくこととなった。ミミが向かったのは地下へと続く階段であった。階段の底は今いるところよりも随分と薄暗い。だから、ろうそくの明かりが仄かに輝くその光景が、より幻想的に見えていた。


「こちらで~す」


 躊躇なく階段を下りるミミの後を少し緊張しながらついていくと、地下階層にたどり着く。受付のあった一階とは異なり、人の数はまばらで、その代わりにたくさんのドア付きの部屋が存在していた。部屋はすべて同じ広さで造られていて、一本の中央通路から枝分かれしたようにまっすぐ伸びた通路に整然と並んで点在していた。

 ミミは階段のすぐ傍を通る中央通路を少し進んで、右に曲がる。そこから、三つ目の部屋の扉をガチャリと開けた。


「どうぞ~」


 扉を開けて中に促すミミにうやうやしく頭を下げながら、日向はその一室へと足を踏み入れる。

 中は明かりがなくて、真っ暗だった。扉を閉めたミミが扉の横にかけられていたランプに火をつける。だけど、その火をつける行為に日向は驚きを隠せない。彼女はマッチも何も使わず、唐突に火をつけてしまったからだ。


「今、何したんですか?」


 思わず、日向は問いかけてしまった。するとミミは不思議そうな面持ちで返答する。


「何って……魔法を使ったんですけど~。知りません?」


 至極当然という面持ちで答えるミミに日向は苦笑いで答えることしかできなかった。


(まあ、僕の目も何かおかしくなったみたいだし、エルフにドワーフも存在しているし、今更深く考えることもないか……)


 日向はそう結論づけて、疑問の一切合切を無視した。


 日向とミミは部屋にポツンと置かれた木椅子に座る。テーブルを挟んで、日向の真向かいに座るミミは話の続きを繰り出す。


「本当に異国から来られたんですねぇ~。今時、というより伝統的に存在するものなのに」

「……すみません。僕の暮らした国ではあなたのような亜人種もさっきみたいな魔法も一切存在していなかったので」

「そうでしたか、一体なんという国の名前なんですか?」


 日向は少し間をおいて考えて答えてみることにする。


「……日本っていう国なんですけど、知ってます?」

「……に・ほ・ん? 聞いたことないですねぇ~。余程遠い国なんでしょうね。それなら知らないのも仕方ないかもしれないです」


 日向の不自然さの理由を理解したミミはそっと微笑を浮かべる。兎のような小さな口元が示す微笑の表情は、男性を骨抜きにしそうな艶やかさを秘めていた。


「あのー、本題に入る前にこの部屋は何ですか?」


 日向はミミへの照れの感情を隠すように問いかける。そして、椅子に座りながら首を回して、仄暗ほのくらい一室の内装を見渡す。

 部屋は十畳ぐらいの長方形の形をしていて、部屋の中央のテーブルと椅子を除いて、出入り口の扉から一番遠い部屋の奥に書棚が置いてある。そこには、パンパンとまでは言えないものの、かなりのノスタルジックな書籍たちが詰められていた。


「ここはですねぇ~、わたしたちに相談したい場合や仲間同士で会議したい場合、はたまた男女で情愛を深めたい場合など、様々な用途に合わせて利用できる個室空間なんですよ。ディルエール王国の住人や訪れる人たちには定番のスポットなんです」


(……うん?)


 ミミの発言に聞き逃せないことはあったが、そこにはあえて触れず日向はうんうんと頷く。壁を隔てて、別の部屋からは血気盛んな男たちが何かの計画を楽しそうに話す声や何か重要な仕事の話を小さな声で相談している声が漏れていた。


「へぇー。それは便利ですね」

「そうでしょう。ディルエールの住人達にも非常に人気なんですよ」


 彼女はそう言って、再び微笑を日向に向ける。そして、ミミは本題の話を切り出した。


「では、まずあなたの相談したいこと教えていただけますか。あなたというのも他人行儀ですね。その前に、あなたのお名前を教えてください」

「あぁ、すみませんでした。僕は逢生日向って言います。17歳です」


 ミミは予め持ってきていた羊皮紙に羽ペンで情報を綴る。スラスラと彼女が綴るのはこの世界の共通語である神語エルである。ヨーロッパのどこかの国で見たことがあるような丸い文体が特徴的ではあるが、言葉の意味や概念としては全く違う。50の文字で構成される神語エルは文字の形的にはアルファベットに近しいものがあり、アルファベットを簡略化あるいは複雑化して、変質させた文字と捉えるのがわかりやすいだろう。


「その文字も覚えないといけないですね」


 日向はミミが綴る羊皮紙の文字を一瞥して、そう伝える。


「こう話せていますから、すぐに覚えられますよ。そこの書棚に辞典がありますから、あとでプレゼントしますね」

「……そんな、悪いですよ」

「気にしないでください。住んでいて、生き辛くなると思いますから、どうぞ受け取ってください」


 そう言うミミに頭を下げて、日向は「ありがとうございます」と、感謝の思いを伝えた。


「で、本題に入りますが日向君、君は何が知りたいのかな~?」


(急に君って言われた。ミミさんの方が年上なんだろうなぁ)


「ざっくり言うと、この国の概要を全て知りたいです。あと、働き口を」

「なるほど~。じゃあ、一つ目の質問から。まず、この国は平和と平等の国、ディルエール王国って言います。様々な人種が集まってくるのがこの国のいいところですかね。国の形は大きな円に近い形になっていて、東西南北の区画によって特徴や雰囲気が異なります。それぞれの区画に外界と分けるための巨大な門が設置されていて、ディルエールの騎士たちが常に監視をしています。こんなところですかね」


 日向は相槌を打つようにミミの話に耳を傾けた。


「なんとなくわかりました」

「魔法などの的確な説明はわたしにも難しいので、今は答えられそうにありません。だけど、働き口なら一つ心当たりがありますよ」


 ミミは日向の携える白銀の剣を一瞥して、そう答える。


「本当ですか!」


 日向は思わぬ答えに口調を高揚させた。


「日向君は今すぐお金が必要なんだよね~?」

「はい。できるだけ早くほしいですね」

「だったら、少し危険を伴うかもしれないけれど、魔獣討伐をするのが一番だと思うな~」

「魔獣?」


 知っていても、聞きなれない言葉が疑問を生んだ。


「魔獣っていうのは、人間に仇為す存在なんだけど、それを討伐することで宝珠ジュエルが手に入るんだ~。それはいろんな技術に活かすことができるから、高く取引できるの。今では、あんまり魔獣討伐をする人も少なくなったけど、たまに力のある人が金儲けのために魔獣を討伐して、一日で大金を手に入れた人もいるんだよ~。ぴったりだとは思わない?」

「僕、戦ったことないんですけど、死んだりしないですかね?」


 心配そうに桃色の瞳を見つめる。すると、ミミは笑って答える。


「確かに危険だけど、街の近くには熟練者もいるはずだから、死ぬってことはないと思うよ。それに、日向君のその剣があればたぶん大丈夫だよ~」


「そうですかね~?」

「何事も挑戦だよ~。街の近くなら弱い魔獣しかいないし、きっと大丈夫。それに、強力な結界もあるから」


 ミミはそう言って再び笑みを浮かべた。だが、日向には、その笑みには何か含んだものがあるように思えた。でも、確信も持てないので何も考えないことにするしかできなかった。


「……わかりました。行ってみます」

「うん。ここからなら、東方向に行くのがいいかな~。試すつもりで頑張ってきて」

「……いろいろとありがとうございました」

「また何かあったら、わたしに相談してねぇ~」


 ミミの微笑に見送られ日向はその部屋を後にした。

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