第3話 まだ見ぬ世界とトテポ
「……おい、貴様突っ立ってないで、早くその面を見せるんだ」
(誰かの声が聞こえる。僕は何とか生きていたのか。言葉も通じるみたいだ)
「入りたいのだろう。それなら早く顔を見せろ」
(誰だろう? 顔を見せろって、今僕は
日向は頭に鞭を打って、重い体を上げる。なぜだか妙な倦怠感がある。壁に吸い込まれた影響だろうか?
「けったいな格好をしているな。だが……よし。問題はなしだ。どうぞ、お入りください」
(急に口調が変わった。この誰かさんは、何を基準に判断しているのだろうか? 知りたくても、まだ視界がぼやぁっとする。あ……でも、少しずつ見えてきた)
日向の視界を閉ざしていた白い光は少しずつほどけていった。日向の視界には笑顔を浮かべた、騎士のような人物が立っていた。
「ほら、どうぞ」
騎士に急かされて、日向は訳もわからないまま、巨大な門を渡る。
「……どこ、ですか?」
門をくぐった先、現れた街の景色は都会の喧騒とは無縁の、落ち着いた美しいレンガや石造りの景色だった。例えるならば、ヨーロッパのどこかの都市と言いたいところだが、明らかに違うことがあった。
街を繋げる石畳の道の上を歩く人々は人だけでなかった。まさに、ゲームの世界のように耳が長い妖精エルフや獣耳が一部人種に大人気である獣人など、行き交う人々の人種はそれはもうたくさん存在していた。
「場違い感がすごいんですが……」
日向は見事に注目を集めていた。なぜか? とても簡単な理由である。日向の格好は明らかにおかしいものであったからだ。どんな人種であろうと、ドレスで着飾ったり、甲冑や剣を携えていて、西洋に近いその街に適した格好をしているのにもかかわらず、シャツにパーカーに、ジーンズというあり得ないほどのラフスタイルは、すべからく好奇の視線を集めるに至った。
「あと、さっきから気になっているこれは、たぶん……そうだろうなぁ」
視線を集める中、独り言を呟いた日向は自分の格好を見直す。というより、腰に不自然に付けられた剣を見つめた。
身長170センチの日向の体にあった60センチほどの中長剣には、見事な装飾が施されている。白銀の鞘には蒼海のような濃い青の球形の粒が、柄に向かって等間隔で並んでおり、金色に輝く柄の中心にはゆっくりと渦を巻きながら、怪しく白く輝く球形の宝珠があしらわれていた。
「日本だったら、確実に銃刀法違反だろうけど、ここならまぁいいか」
亜人種の好奇の視線が日向を包む中、日向は恐る恐る剣の柄に手を添える。一瞬、人々に警戒の念が走ったが、日向の怯えた表情を見てすぐに弛緩した。
剣の柄を握ると、まるで体の一部であるかのように手に馴染む。握っていることが心地よいと思えるほどだった。
思わぬ感触に男の子の刺激を突かれた日向はそのまま鞘に入った剣を少しだけ引き抜こうとした。軽い力で引っ張ると、摩擦なく刃はその姿を覗かせた。その照り返すような白銀光は全てを切り裂くような切れ味と超越的な名工が造り上げた至高の一品のような風格を感じさせた。
「おぉ、これは、なかなかの業物」
日向の様子を見ていた、ジェントルマンが近づいてくる。日向よりも随分と低いその男性は、もじゃもじゃとした茶色い髭を口の周りに蓄え、その髭に似た茶色いスーツを着ている。だが、それは
「……何でしょう?」
「その業物の剣を私に譲ってはいただけないだろうか? もちろん、ただとは言わない。君が望むならば、いくらでも金を払おう」
身長120センチほどのドワーフはズボンに入った金用の布袋を取り出す。かなりの大金が入っているのだろうか、カラカラと音が鳴る。
「……待て。それは僕がもらいたい」
ドワーフを遮り、日向に近づくものが一人。男性にしては長く伸びた金髪を揺らし、二等辺三角形の長く尖った耳を見え隠れさせる亜人、
「ドワーフにエルフ! 何か嫌な予感がする」
普段あまりゲームをしない日向にもなんとなく想像がついた。この二族がそろうと
「私が先に言ったんだ。勝手なことをしないでもらえるかな? 若輩エルフ君」
風格漂う年配のドワーフが青年エルフに
「知能の悪いご老人は出しゃばらずに、譲ってもらえないですかねぇ。老いぼれドワーフさん?」
辺りに険悪なムードが漂う。二人は頭をぶつけて、顔を
「君、どちらを選ぶんだ?」
「もちろん僕に渡してくれるよね?」
亜人の二人は額を合わせながら、日向へと同時に向き直り、回答を迫った。
(ええ~、困るなぁ)
「……ええっと、これは大切なものなので」
ついさっき、手にしたものだったが、あの青年が与えてくれた力だと感じた日向は金よりもその剣を選ぶ。
「くれないないのかっ!?」
「話が違うじゃないか?」
(あげるなんて一言も言ってないんだけどなぁ)
日向は突っかかる二人の剣幕に
「こらぁ、何をしているっ!」
頼んでいる、いや絡んでいる二人にこの国の警察的存在の騎士が走って近づいてくる。数十人の騎士たちは皆剣と盾を装備し、重厚な鎧を纏っている。
「貴様ら、この国の理念に反する行為は取り締まる対象となる。今すぐその少年から手を放せ」
騎士は剣に手をかけ、そう威圧する。
「君、申し訳ない。私が早とちりをしたばかりに。どうか許してくれ」
「僕も悪かった。謝罪するよ」
さっきの剣幕は何処へ。ドワーフとエルフの二人は恭しく頭を下げながら、街の喧騒に溶け込み消えていった。
「君、すまなかった。私たちがもう少し早く駆け付けられれば、穏便に済ますことができたのだが。それにしても君も災難だったなぁ。エルフとドワーフの間に挟まれるなんて」
騎士の男は日向の腰に携えられている装飾の美しい剣を一瞥する。
「確かに取り合うのもわかる仕上がりだ。君も気をつけなさい」
騎士はそう忠告すると仲間を引きつれ去っていく。そして、首を日向の元へと向けて、一言伝える。
「まあ、あまり羽目を外さずに、この国を楽しんでくれ」
騎士は笑みを浮かべて、どこかへ消えた。
「楽しめって、言われてもなぁ~。何したらいいかよくわからないし……」
日向は諦念にも似た溜息をついた。
(お腹すいたなぁ~。そう言えば、朝から何も食べてなかったっけ)
見知らぬ街を
日向が囲まれていた場所よりは随分と人の数は少ないが、それでもそれなりに人はいる。もちろん亜人も然りだ。
「クンクン。いい匂い」
ぷ~んといい香りが漂ってくる。お腹が空いているせいだろうか、鼻が過敏に反応する。匂いが漂ってくる方角に日向は導かれるように向かった。
住宅街の通りを進んで、十字路を左に曲がると、賑わいを見せるところに出てくる。
道の左右の傍らには屋台がずらーっと並んでいて、そこで食べ物を買った人間と亜人は、屋台前の木椅子に座ったり、立ち歩いたりしながら、食事を楽しんでいた。太陽がてっぺんを少し過ぎたぐらいの時間であるので、食事をする人々はなかなか多い。
「賑わってるなぁ~。食事は日本とそんなに変わらないみたいだから、大丈夫そう」
日向はそう呟いて、行列のできていない一軒の店に立ち寄る。大きな車輪のついた持ち運び可能な木の屋台の中には一人の屈強な男性が立っている。
「いらっしゃい。なににしやぁしょ」
「すみません。僕、ここに来て間もなくて……。ここでは何を売っているんですか?」
店前のショーケースに張られたメニューを見ても、見たことのない記号や文字の羅列なので、全く読めそうにない。仕方なく日向は店主に尋ねた。
「それは申し訳ない。こちらではトテポ料理を売っておりますぜ。トテポを揚げたものに、蒸かしたもの。どれも、絶品ですぜぇ」
店主の後ろにはそのトテポなるものが巨大な樽の中に溢れるほど積まれていた。日向はそれを一瞥すると、トテポなるものの正体が分かった。ごろごろとしたその丸いフォルムは間違いなくジャガイモである。
「ポテトフライじゃないんですか?」
「ポテト。何ですかい、それは? うちにあるのはトテポフライですぜぇ」
店主は不思議そうな面持ちでそう言った。
「なら、そのトテポフライを」
「ありがとございやす。200リエルになります」
(リエル? 聞きなれない単語だけど、仕方ないよね)
「じゃあ、これで……」
日向はジーンズのポケットに入った二つ折りの財布から、100円硬貨を二枚取り出し、店主に手渡す。
「ありがとうございま……うん?」
手の平に置かれた二枚の硬貨を見て、店主の表情は変わる。
「これはなんですかい?」
「……お金なんですけど……」
「舐めてるんですかい。偽ったところで俺には通用しませんよ。ほら、金がないなら帰った帰った」
店主は嘘のように相好を崩し、日向を手で振り払った。
(どうしよう……。お腹は減ってるし、休みたいなぁ~)
日向は落ち込んだ様子で、
「……あぁ、お客さん。そこまで、食べたかったんですかい?」
店主は俯く日向の後ろ姿に心を打たれたのか、日向を呼び止める。
「……は、はい。朝から何も食べてなくって」
店主は顎に手を当てて考え込む。そして、数秒後。笑みを浮かべて店主は答える。
「お客さん、これはツケですからね。今度、払ってくださいよぉ」
布袋に揚げたてのトテポフライを詰めて、店主は日向に手渡す。
「えっ、いいんですか?」
「お客さんにはうちを
豪胆な笑みを浮かべ、トテポフライを差し出す店主に日向は笑顔で感謝を伝える。布袋を開けて、湯気の沸き立つトテポフライを頬張ると、程よい塩気と共にサクッとした触感が心地よく歯を叩く。
「……美味しいです。とても美味しいです」
「そうですかい。それは俺もうれしいですぅ」
店主は本当にうれしそうに笑みを強めた。
「お金が手に入ったら、すぐに届けに来ますから」
「お願いしますよぉ、お客さん。その時は、手に余るほど買ってもらいますからねぇ」
「はい。もちろん、そのつもりです」
「そうだ、お客さん。もし、お金が欲しんでしたら、ギルドに行ってみてはいかがですかい。街の中央にある、人のたまり場ですから、何か見つかると思いますよぉ」
「本当ですか? いろいろとありがとうございます」
日向は九十度に頭を下げた。
「お客さん、頭を下げないでくだせぇ。ほら、見えるでしょう。あの王城のすぐ近くにありますから」
店主は指を差し示す。その先には街のシンボルである王城の姿があった。中央部近づくにつれて少しずつ標高の高くなる丘のような造りの街の頂上にある最も高く印象的な建造物。六つの四角柱状に伸びた低めの建物に囲まれた、一つの巨大な四角柱状の建物。そんな石で造られた王城と呼ばれるものは、とても荘厳な雰囲気を放っていた。
「わかりました。待っていてくださいね」
「えぇ、楽しみにしておきますぅ」
豪胆な笑顔に見送られ、日向は街の中央部へと歩を進めた。
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