06.新人の考察

「初めてですよね。ナアトさんが私達を先に食事に行かせるなんて。」


「まあな。でもラッキーじゃね?あの女、死刑って決まってたろ?処理室でそのままやってくれるんじゃねぇかな。」


「そうかもしれないですけど……。」



 私は同僚のクイエと一緒に、夕食を食べるため食堂へ向かっているところです。

 初めはこのクイエとも反りが合わなかったりと大変でしたが、今ではそれなりに仲が良いと思います。



「よお!新人。あいつはどうした?」



 後ろから声を掛けてきたのはアズさんです。

 なかなか過激な拷問をすると有名です。



「お疲れ様です。ナアトさんは処理室です。先に食事に行っても良いと言われたので、早く食べて戻ろうかと。」


「ゆっくりしても良くね?やっと休憩できるってのに。ミカルはマジで良い子ちゃんだな。」



 クイエのそういうとこが嫌いなんですよ!

 私はただ職務をまっとうしようとしているだけなのに、それを一々!!



「処理室か……。だったら、クイエの言う通り、ゆっくりしたがいいだろうな。いや!むしろ噛み締めて時間をかけて食べろ。で、そのままシャワー浴びて寝るべきだな!ナアトには俺から言っといてやるよ。今日の夕食は硬い牛すじ肉が出たから食うのに時間がかかったってよ!」



 アズさんの言うことに、私達は二人揃って首を傾げてしまいました。



「その……アレっすか?処理室には戻るなってことですか?」


「一人で死体を運び出すのは無理でしょう?それなのになぜ戻ってはいけないような言い方をするんですか?」


「そりゃあな……。くっふふフフフ……。んんっ!食いながら話してやるよ!!腹減ったろ!」



 アズさん、ものすごく楽しそうな顔をしていますよ。

 アズさんは私達の間に入り、肩に腕を置きながら横一列で食堂へ向かいます。





 今日の夕食はひよこ豆と卵のスープに、アスパラとベーコンのバターソテー、鶏肉のトマトソース煮です。パンはライ麦のようです。

 ……牛ですらないんですけど。むしろ牛だけないんですが。



「ここの食事も豪華になったなぁ。昔は野菜の切れ端がちょっと入っただけのスープに、硬いパンだけだったんだぜ?」


「それを聞くと、やっぱり治世って大事なんですね。今の国王はお若いと聞いていますが、ここ何年かで随分変わりましたよね?」


「へぇ?俺はここに入って初めてこんなもん食ったから、腹壊すかと思ったぜ。」


「……クイエはほんとうに、今までどこでどうやって生きてきたんですか?聞いていると、よくそんな栄養バランスでそこまで成長できたのか、不思議でたまりませんよ。」



 四角いお盆を手に取り、均等に盛られた食事を取っていきます。

 パンはスライスされたものを二枚。

 クイエは欲張って丸々一つ。

 ……食べれるんでしょうか?



「ミカル!ワイン飲もうぜワイン!」


「白を下さい。赤は酸っぱくて苦手なんです。」


「そうなのか?だったらロゼなんてどうだ。最近流行ってるらしいぞ。」



 そこまで広くない食堂で、三人でテーブルを囲むように座ります。



「で、なんで処理室に戻ったらいけないんすか?すっげぇ気になるんすけど。」



 我慢しきれないのか、クイエが早速食い気味にアズさんに聞いています。



「まぁ落ち着けって。それにゃあまず、あいつがまだここに来て三年しか経ってねえのに、個室を持ってる理由を話さなきゃなんねぇ。」


「え。個室?ここって基本的にはルームシェアじゃないんですか?」


「個室ってマジでうらやましいんすけど……。」



 それはこちらのセリフなんですが?

 洗濯物や部屋の片付けは誰がしていると思っているのでしょう。



「それはな、あいつがまだここに来て二ヶ月やそこらしか経っていないときだ。そん時からまぁ、尋問に関してはプロとまではいかないが、それなりの腕を持ってた。」


「やはり!ナアトさんは優秀な方なのですね!」


「……まあな。でだ、ある日、その時はまだあまり出回ることのなかった肉の塊を、あいつは部屋に持ち帰って来た。ルームシェアをしている二人はおかしいと思ったが、毎日ちょびっとの野菜とパンだけじゃ満足できるわけがねぇ。大喜びで一緒に食べたわけだ。」


「それがなんで、個室を持つ理由になるんすか?」


「持って来たが問題だったんだよ。」


「え゛。まさか盗んできたとか……。」


「ナアトさんがそんなことするはずないでしょう。」


「ある意味、どっかから盗んだ物の方が良かったかもしれねぇけど。」



 アズさん私達の頭寄せると、小さな声で言います。



「それはな、だったんだよ。」



 一瞬


 思考が凍りつきました。



 自然と頭はクイエの方に向き、クイエも同じく、私の方を向いておりました。

 クイエはぽかんと口を開け、言葉を探すように目玉がぐるぐる回っています。

 おそらく私も同じでしょう。



「あの……質問ですが。」


「おう。なんだ。」



 何も考えていないまま口を開いてしまいました。



「ええっと。どうやって食べたのでしょう?」


「シチューと、焼いて食った。焼いて食うときは塩と胡椒をこれでもかと振って食べたと思うぜ。」


「そ、そうですか……。」



 いやそうではなくてですね。もっと肝心なことがあるでしょう!

 例えなくともそう!!



「人食うのって犯罪じゃないんすか。」


「そうですよっ。殺人……は私達の仕事ですけど。死体損壊……にあたります、か?」


「それがな、死刑を執行した後の死体の処分は、尋問官に一任されてんだ。しかも!『死体を食うな』なんて規則はどこにもない!ちなみにだが生きてる時に切り取った肉もおんなじで、後はってよ。」


「じ、じゃあ……今ナアトさんは死体を食べるために解体してるってことっすか。」


「ナアトさんが個室なのは、同室の方が間違って食べないように、ですか?」


「それもあるかもしれねぇけど、その時一緒に肉を食べた内の一人が熱心な信徒しんとでよ、ちょいと病んじゃった☆」


「気持ちは十分なほどわかるけどよ!」


「ちょっと!敬語が抜けてますよ!……もう一人の方はどうなったんですか?」


「ん?まだ尋問官やってるぜ。その内会うんじゃね〜か?」



 アズさんは「ぶふっ。」と吹き出して、食べ終わったトレーを返すとそのまま食堂を出て行ってしまいました。



「なぁミカル。結局誰なんだろうな。一緒にをくったのって。」


「さあ?意外ともう、出会っていたりするのかもしれませんよ。それにほんとうの話とは限りませんし。……パンは持って帰るのですね。」



 クイエはまだ半分はある大きなライ麦パンをくわえながら席を立ち、食器を返した後、ワインを一本持ってきました。



「部屋でのもうぜ。」


「……白ワインだったら飲めるだなんて、言わなければ良かった。グラスもお借りしましょう。」



 グラスを手に取ると、その奥からトマトとチーズが綺麗に盛り付けられた皿がにょきっと出てきました。



「よお、ジェーノス!今日のメシもうまかったぜ!」


「ありがとうございます。グラスとお皿は明日の朝お返しします。」



 料理番の"ジェーノス"さんです。

 いつも手だけが壁の隙間から出てきて、料理を器用に並べられる方です。

 手だけしか見たことがありませんが、かなり大きいので大柄な男性じゃないかと噂されおります。

 "ジェーノス"という名前もほんとうは違うらしいのですが、本人は全く口を利かないのでジェーノスで通っているそうです。



「ジェーノス!食い切れねぇって。ストップ、ストップ!!」



 みるみる内に色々な料理で台が埋まっていきます。

 夕食より豪華じゃないですか?

 テリーヌが美味しそうなのでもらっておきましょう。

 あれはカモでしょうか。いただきます。



「あーもう!真面目なお前まで何取ってんだ!止めろよ!」


「?お好きなのを取ればいいじゃないですか。余っても誰か食べますよ。」


「あぁ……そう。」



 その後、クイエは食堂まで往復して、食べきれないほどの料理を部屋に持って帰ってきました。


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