05.生爪剥がし

 今日、わたしはとても大きな失敗をしてしまったみたいです。


 花を売っているとき、まちがって貴族さまの馬車に声をかけてしまいました。

 お優しい方ならよかったのですが、こんなゴミをわたすなんて、と手をおもいきりたたかれてしまいました。


 小さな花束にして売っているのですが、ただの野花なので、貴族さまからするとゴミにしか見えないみたいです。


 馬車から降りてきた女の人に、はやく起きて作った花束をぜんぶ地面にすてられて、ふまれてしまいました。


 お花が売れないと、ごはんが食べれません。


 その女の人はわたしの頬もおもいっきりたたきました。


 手もほっぺたも痛くてしかたなかったけど、泣かないでがまんしました。


 女の人はなんてナマイキな子なの!と叫んで、まちの見回りをしていた男の人を呼びました。

 大人の人はみんな、この人たちを"けいびたい"と呼んでいます。


 "けいびたい"の人は、わたしのうでをつかんで、このまちのだれも近寄らない、灰色の建物へつれてきました。


「そこへは近づいてはいけないよ。この街を救った方達がいらっしゃるところだけれど、父と祖父が殺されたところだから。」


 母はそう言って死にました。

 そのときはよくわからなかったけど、この建物はなんだかこわいです。


 建物にはいると男の人がいました。



「なになに。この子どうしたの。誘拐?駄目じゃ〜ん。拷問しちゃうよ?」



「違いますよ!」



 わたしをつれてきた男の人はひっしでしゃべっています。



「どうかしましたか?」



 おくからもう一人でてきました。

 ここの建物にいる人は、みんな黒くて長い服を着ているみたいです。



「ナアト〜ちょうど良かった☆」


「キモい死ね。……彼女は?」


「それが、スペンサー家のご令嬢に売り物の花を渡したところ反感をかってしまったようでして。」


「ああ!あのいき遅れねぇ〜。お嬢ちゃん随分運がわるかったなぁ。」


「今度お前がそう言っていたと、男爵に伝えておこう。」


「それはちょっと……にしてもどうするよ?あの家はちょっとやっかいだぜ。ただで帰しちゃあこのお嬢ちゃんの身が危ないしよ。」



 むつかしい話をしています。

 よくわかりません。


 わたしはどうなるのでしょう?

 こわいです。


 わかりませんが、後からきた人についていかないといけないみたいです。



「まずは、私は君にとても痛いことをする。そのことは断言しておこう。ただ覚えておいて欲しい。結果として君の身の安全を図り、より良くしようと考えていることを。」



 どのくらい痛いのでしょうか。

 痛いのはいやです。でも、この人はあんまりこわくありません。



 たくさん階段をのぼったりおりたりすすんで、扉にはいりました。


 暗いけどきれいなお部屋で、ベッドとか大きなタンスとか本だながあります。


 その人はおくの扉をまたあけて、わたしをいれました。



「まずはその身体をなんとかしよう。使い方はわかるか?」



 そこまで広くないバスタブだったけど、わたしは自分でコックをひねったことがないので、首をよこにふりました。

 そうか。というと、その人は黒い服を脱ぎました。

 きれいな長い金のかみと、大きな青い目をした女の人です。

 半そでの服と短いズボンからみえる手足は真っ白です。



「服は自分で脱げ。……君の名前をまだ聞いていなかった。」



「ナターシャです。前はナターシャ・キャリントンでした。」



 女の人がバスタブのコックをひねると、すぐにあついお湯が出てきました。

 服をぬいだわたしを、女の人はだき上げてバスタブに入れます。

 せっけんを手にもって布でこすると、ふしぎなくらいあわだって、もこもこです。

 女の人は3回も、それであたまからつま先まであらいました。

 タオルももこもこしていて、いいにおいです。


 女の人は白いワンピースをもってきてわたしにきせます。

 ぬれたかみは気にせずに、そのお部屋をでてべつのお部屋にいきました。


 つぎのお部屋には、男の人がふたりいました。

 それから、イスがいくつかとつくえがひとつ。


 つくえの前においてあるイスにすわるように言われて、つくえの上にのっているいろいろな道具を見ます。


 先がほそいペンチと、長い針と、台に大きなつめ切りのようなものがくっついています。

 なにに使うのかまったくわかりません。



「まずは貴方の罪状……悪いことを読み上げます。それに対して罰がありますので、罰に耐えたらここを出ることができます。……おわかりですか?」



 なんとなくわかったのでうなずくと、男の人が近よってきました。

 男の人はわたしの左手を、大きなつめ切りの先が、爪の下にすこし入るように台にしばりつけます。

 指もしばりつけられるように、小さなベルトがならんでいます。

 男の人がはなれたとき、わたしの左うでと中指はうごかせなくなりました。



「貴殿はヒュー・ル・スペンサー男爵のご令嬢であるロザリー・スペンサーに無礼を働いた!よって貴殿、ナターシャに刑罰を行う!……ではそのまま、右手で黒いレバーを叩きつけて下さい。できるだけ思い切ってやらないと、もっと痛い思いをしますよ。」



 左の中指の爪に差しこまれた、大きなつめ切りの先につながっている黒いもののことみたいです。

 思い切りやらないと、もっと痛い思いをすると言われたので、思い切り右手をレバーにたたきつけました。



 みりぃっ。


 と音がしたような気がします。



「ひっ、ぎいっいいぃい!?」



 レバーをたたきつけると、中指の爪の先に差しこまれたつめ切りが上にはね上がって、爪を指からむりやりはがしました。



「いたい……ひぐっ、いた……。」



 半分だけ指にくっついたままの爪の下には、ピンクのひふと血がすこしにじんでいます。



「ペンチで残りの爪を剥がしなさい。やらなければ……。」



 こわい……こわい……。

 言われた通りにしなければ、どうなるのでしょうか。


 痛さとこわさで、手がふるえます。



「ひっ……。ひぃっ。」



 目の前がにじんできました。

 しばられたままの指先に、ペンチを当てます。



「--っ!!!?」



 あまりの痛さに、爪をはさむこともむつかしいです。

 ひっしで爪の先をはさんで力を入れます。



「ひぎっ、ひっうぅぅぅっ!」



 ういた爪を自分ではがさなきゃいけないなんて、ひどいです。

 いたいです。



「う、あああ゛あ゛あ゛っ!!」



 あまりに痛いと、けがをしているところだけじゃなくて、頭の中も痛くなるみたいです。

 力をこめた右手を上にふりあげたとき、頭が「ずくり」と痛みました。


 こうして、いちまい、爪がはがれました。


 また男の人が近寄ってきます。

 次はくすり指のようです。



「できるだけ深く先を爪に食い込ませろ。ペンチを使わなくてもよくなる。」



 勇気という勇気をふりしぼって、右手をレバーにたたきつけます。

 一度ではがすことができました。

 みちぃっ。という音は爪のねもとの肉がはがれる音だったみたいです。


 三まいめはひとさし指です。

 が、右手をふりあげたまま、動けなくなってしまいました。


(泣いてはいけない。情けをもらうことは恥である。)


 目の前が、にじんで見えません。


(逃げてはいけません。貴女はこの家の……)


 いろいろな声がきこえます。


(誇りを。気高い。立派な。気品を。忘れないで。生きて。いきて。いきるの。あなたは、たったひとつの--。)





 布を口に入れられます。

 ふくろを頭からかぶせられます。

 ダンッ!

 みちっ。

 ぴんっ。


 痛い指がふえました。


 小指です。

 ダンッ!

 みちっ。

 ぴしっ。

 さっきより痛いです。


 おや指です。

 ダンッ!

 べりっ。

 ほかの指よりはがれる感覚があります。

 爪のつけねがひっぱられました。

 きれいにはがれなかったみたいです。


 左手はやっと自由になりました。


 次は右手です。




 右うでをしばられたあと、ねむってしまったみたいです。




 なんとなくですが、頭をなでられていたような気がします。

 お母さまによくにた、においもしました。


 きれいなきれいなお母さま。

 わたしもいつかはお母さまのようにドレスをまとって、いろいろな人とお話してみたかった。ダンスももっとやってみたかった。



 "欲"はいけないことです。

 いまは、一つのパンとカップ一ぱいの水を……。

 また野原へいって、花を……。





 --。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る